第11話:幕間 武器のエレメンタル強化をしよう
「ほう! これは珍しい! 氷竜塊じゃないか!」
「氷竜塊……?」
「ああ。なかなかのレアものだ」
俺は初めての指名クエストで討ち取った冷凍カジキ、もしくはゴールデンマーリンの解体素材をギルドの換金所に持ち込みに訪れていた。
これと言った指示がない限り、獲物から剥ぎ取った部位は倒した者が自由にしていいというルールがある。
冒険者の重要な収入源だ。
魔女会議の一件で莫大な恩賞もらったし、指名料も随分弾んでたし、今は別にこんなことしなくてもいいんだけど……。
なんでも、二つ名になったからと、こういうことをしなくなると、「あいつは二つ名になってお高く留まってる」とか後ろ指を指されるとか……。
かといって、駆け出しの頃のように剥ぎ取った傍から何もかも換金しまくっていると、今度は「二つ名になっても貧乏暮らしだなんて!」とか、二つ名ブランドに傷がつくとギルドから物言いがつくとか……。
めんどくさいな二つ名って!!
まあ、そんな理由から、俺は骨とか、体内から出てきた奇麗な結晶とか、運びやすい部位だけを選りすぐって来たわけだが、何やらレア物が紛れていたらしい。
「氷竜塊っていうのは、大陸の北方で稀に漂着する氷のエレメンタル素材でね。武器を鍛えるのに使えるのさ。言い伝えでは北の暗黒大陸を統べるドラゴンが吐き出したマナ結晶だとされてきたが……。まさか魚の体内から出てきたとはねぇ……」
そう言いながら、換金所のおじさんは何やら小難しい書類にアレコレ描いた後、俺に指印を押させ、ギルド行きの書類箱に放り込んだ。
この報告が、素材に関する研究の後押しになるという。
そりゃ名誉なことだ。
「いや、失礼失礼。これも仕事でね。しかしどうだいユウイチくん? これは売ってしまうにはもったいないぞ。君の双剣はインフィート鋼だろう? エレメンタル素材との相性は抜群にいいから、氷竜塊でエレメンタル強化してもらってはどうかな?」
換金所のおじさんは、氷竜塊をデカいヤスリでゴリゴリと削り、白濁した部分を取り除くと、皮の袋に詰めて返してくれた。
……。
エレメンタル強化って……何です?
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「ほう! こりゃ堪らなく良い氷竜塊じゃねぇか! どうだい? これで婚約指輪作ってくれりゃ、アンタの女になってやってもいいぜ!」
「それは勘弁してやってください……」
「ジョーダンダだよジョーダン! ったく二つ名様は生真面目でいただけねぇな! さーて! んじゃ一つ打つか! ちょいっと待ってな!」
ビキニのような独特すぎる鍛冶着をまとい、魅惑的な濃褐色の肌を露出しまくった魔法鍛冶屋の女主人が、氷竜塊を何やら特殊なハンマーにセットすると、ゴウゴウと音を立てる特殊な炉へと俺の双剣の片方を差し入れた。
インフィート鋼は熱に対して異常に強いため、普通の炉では赤熱させる前に炉が崩壊するらしい。
ドワーフとエルフの血を引くという女主人は、ドワーフの精錬技術、高耐性に加えて、エルフの魔法制御能力を兼ね備えているそうだ。
エレメンタル素材による武器の強化。
それすなわちエレメンタル強化が行えるのは、女主人のように特異な体質や、才能を持つものだけだ。
そのため、デイスのような地方都市では一般的ではなく、俺が知らないのは道理。
まあ、シャウト先輩は当然のごとく知ってたんだが……。
職や肩書に対する向き合い方ってこういうとこで出るよね……。
そんなことを思いつつ、俺の剣が差し込まれた炉を見ていると、白銀に輝いていた刀身が、真っ赤に光っている。
凄まじい高熱を放つそれが、鍛冶場の空気をも赤熱させ、ものすごい熱気が吹き付けてきた。
女主人はそれを引き抜くと、氷竜塊入りのハンマーを勢いよく振り下ろす。
キィィィィィン!という、異質な快音が響き、ハンマーが青白く光った。
その光が打ち付けられた面を伝い、俺の剣へ流れていく。
「ハァッ!!」と、先ほどまでの下世話な雰囲気とは打って変わり、勇ましい声を上げながら、真剣にハンマーを振るう女主人。
人類では皮膚や肺が焼けてしまいそうな熱源をものともせず、女主人はハンマーを振るい続ける。
褐色の肌に汗が伝い、彼女の逞しい四肢を艶やかに彩り、赤熱した刀身の輝きが、その姿を赤く照らし出す。
……美しい。
あまりにも妖艶な姿ではあるが、高貴な気品に満ちていて、そこに性的な感性を持ち込むことさえ憚られる。
ひたすらに美しい。
その美しさに見とれている間に、女主人は俺の剣を、白く光る粉を溶かした水が張られた石桶へ差し込んだ。
ジュウ!という音が鍛冶場に響き、赤い刀身が一瞬で白くなった。
それを再び炉に入れ、焼き戻しを行いながら、女主人はハンマーを上に掲げ、何やら詠唱を始めた。
それ杖兼用なんだ……。
鍛冶場の地面に彫り込まれた魔法陣が光り、炉に青白い光を導いていく。
そして、ひときわ強く輝いた後、煌々と輝いていた炉が、一瞬にして鎮火した。
うおぉ……!?
間髪入れず、女主人は剣を炉から引き抜き、水車の動力を利用してグルグルと回っている円盤状の巨大砥石に剣を押し当てる。
シャーという快音と共に、俺の剣が青白い輝きを纏っていく。
そして、削り粉にシャリシャリとした氷の粉が混じり始めた。
女主人は研磨した剣を、獣の皮が巻かれた藁束へ振り下ろす。
その一閃で藁束は抵抗なく真っ二つに切り裂け、さらに、切断面が凍り付いている!
うおおおお!
すげえ!
「ふー! ほらよ。あーいい仕事したぜ! どうだいこのまま火照り鎮めがてら一発……」
「気品の落差凄いなアンタ!!」
「仕方ねぇだろ~。アタシは今180歳の結婚適齢期なんだよ~。昂って仕方ねえんだよ~」
なんか異様に欲望を曝け出してくる女主人から、エレメンタル強化された剣を受け取る。
すごい……。
剣が青白く光ってる。
表面がコーティングされたようなものではない。
金属そのものの色が変わっている。
これが神秘の魔法鍛冶技術か……!
「エレメンタル強化した武器はお前の魔力を使って冷気を放つぜ。ただ、魔物でもヒトでもそこらの動物でも斬るたびに魔力を食い、蓄えて強くなるから、定期的に吐き出させてやらねぇと属性暴走起こして周り凍らせるから気をつけろよな。まあ溜まったら出さねぇとヤバいのは野郎の剣と似たようなもんだわなガハハ! なぁ……」
などと下品な話をしながら、ただでさえ凄い露出度の鍛冶着を脱ぎ始めたので、俺はお代を置き、戦略的撤退した。
「ちぇー。しょうがねぇ今夜はこの金で不夜街でも……」とか背後から聞こえてきた。
腕は確かなんだろうが、あの人欲望に一直線すぎる……!