第4話:はじめての指名依頼 シマビラメと食いしんぼうネコ
「日が暮れたにゃ……」
「なかなか上手くいかないわね……」
「寒くなってきたっスねぇ……」
1日目の日が暮れる。
結局、あの魚が港内に入ってくることはなかった。
何度か竿が曲がることはあったものの、上がってきたのはハリバットを思わせる大型のヒラメの類のみ(名をシマビラメと言うらしい)。
これはこれで楽しかったが……。
毎回アイツがかかった、バリスタを撃つだ撃たないだ、と漁港を大騒ぎにしてしまった。
申し訳ねぇ……。
「まあこんな日もあるさ。我々もヤツの討伐がそう簡単にいくとは思っちゃいない。じっくりでいいから、確実に頼むよ」
港湾ギルドの理事長はそう言って居住区に戻っていった。
理解のある方で助かります……。
流石に一日目で「役に立たん! クビだ!」とか言われたらたまったもんじゃない。
まあ指名依頼に関してはギルドも信頼のおける相手からしか受けないとも聞くし、ろくでもない人が依頼主ってパターンはそうあるまい。
依頼主は帰ってしまったが、魚釣りは夜だろうと関係ない。
仕掛けにケミカルライトをセットし、さらに、活き餌の頭にもケミカルライトをセットする。
光を嫌う習性のある魚でなければ、日中よりもヒット率は上がるはずだ。
「雄一さん。そろそろ夕飯にするっスよ。流石にお昼のソウダのお刺身だけじゃ体がもたないっス」
「そうだな。せっかくだし、あのヒラメ使ってあったかいもの作ろうか」
俺はクーラーボックスからシマビラメを出し、召喚したキャンプテーブルの上で捌きにかかる。
焼いたり煮たりする分にはぶつ切りでもいいが、肉厚で骨の大きな魚なので、ちゃんと切り分けないと食感が悪くなるだろう。
まず頭から尾まで、背骨に沿って切り込みを入れ、そこからアラと4枚の切り身に分ける。
ヒラメ系の魚特有の5枚おろしだ。
「雄一さん火起こしできてるっスよ~」
「お、ナイスアシスト」
俺が召喚しておいたバーベキューコンロでは、既にミコトが起こした火がパチパチと燃えている。
俺はそこに一口サイズに切ったシマビラメの半身と根菜類、ハーブ類、干しきのこと水を入れたダッチオーブンを乗せた。
火加減はミコトに任せ、俺は次の品に取り掛かる。
さっきのは一口大に切ったが、今度はサクに取り、骨を丁寧に抜いていく。
この時、冷凍魔法で手から冷風を出しておくと、身が痛まないので便利だ。
骨抜きにした切り身に塩と胡椒、そして乾燥ハーブ粉末をかけてしばらく置き、下味をつける。
その間に大き目のスキレットを4個召喚して油をひき、先ほどの切り身に小麦粉をまぶしてから入れ、バーベキューコンロに乗せて焼いていく。
最初は火の弱い場所で皮側をゆっくりと焼き、ほどよく焼き目を付けたらひっくり返して、バターと共に加熱していく。
おお……。
バターと香草の香りがふわっと……。
こりゃ絶対旨いぞ!
溶けたバターをスプーンで掬い、皮に回しかけて風味をつける。
そして仕上げに白ワインを少量注ぎ、水で戻した干しキノコを入れ、蓋をして軽く蒸した後で身とキノコを取り出す。
スキレットに残った汁に、キージャ・マと乾燥ニンニクっぽい根菜粉末を入れて焦げ付かないように煮立てれば、異世界ガーリックバターソースの完成だ。
仕上げにそのソースを焼いた身にかける。
よし!
シマビラメのムニエル ガリバタ白ワイン風の出来上がり!
「雄一さん! こっちもオッケーっスよ!」
丁度ムニエルが焼きあがった頃、ミコトに任せていたヒラメ汁も出来上がった。
いや……ムニエルの付け合わせに“汁”は無いな……。
ヒラメスープだな。
「お前ら冒険者より料理人とかのが向いてるんじゃないかにゃ……?」
「時々言われるよ」
「はーい、シマビラメムニエルとシマビラメと根菜のスープっスよ~」
「やーん♡ ミコトちゃんの手作りディナーだなんて嬉しい!」
4人でキャンプテーブルを囲む。
相変わらず、そして我ながらクエスト中とは思えない食事だ。
まずはムニエルを一口……。
お! 旨い! やっぱガリバタのうま味はすげぇな……。
明らかに大味なシマビラメの味を強力に下支えしてくれている。
しかもこのシマビラメ、身の味は少々物足りないが、身質は間違いなくいい。
弾力があって、それでいて細かくほどけるおかげで、食感が素晴らしいな。
デカいエンガワはホロホロと崩れ、うま味のある脂がジワっとにじむ。
うーん! 旨い!
お次はスープだ。
この魚、大味なくせに結構な脂を湛えている。
スープの表面に脂が浮き、湯気が出ないほどだ。
ちょっとしつこいか……?
と、一口啜ってみると、ん?
お?
おお!
脂のうま味に、なんか適度な辛みと酸味があって旨いぞ!
「えへへ……。驚いたっスか? 脂が多いと思ったスから、乾燥レモンペッパーとスティックレモン皮パウダー、それに辛めのスパイスを入れたんスよ。クドさが消えていい感じっスね!」
さすがミコト。
火加減だけじゃなく味の調整までしてくれるとは……。
「旨いにゃあ! 旨いもの食ってるパーティーとは聞いてたにゃけど、こりゃ下手な店より旨いにゃ?」
「このスープちょっと辛いけれど美味しいわミコトちゃん! あんまり私たちの地元にはない感じね」
「東方暗黒大陸ではエスニック風~なんて言い方するっスよ。本当は生クリームとかエビ油なんかも使うんスけど、これでも十分美味しいっスねぇ」
「ミコトちゃんおかわりもらえるかにゃ? ボク美味しい魚料理はいくらでも食べれるにゃ」
「いいっスよ! 大物だったからたっぷり食べてほしいっス!」
「あ……凄い……。いっぱい食べてる……」
なんか盛り上がっている他のメンバーを横目に、俺はスープ2杯で食事を切り上げ、残っていたヒラメのアラを切り分けて塩をたっぷりまぶし、クーラーボックスに入れておいた。
「お! ユウイチもしかしてまだあるにゃ?」
と、食いしん坊ネコが聞いてくる。
「こりゃ夜食用だよ」と言うと、「あにゃ……? もしかして今夜は……」と、なんか意外そうな表情を浮かべた。
いや、当然徹夜だが。
そう答えると、「にゃあ~ ボク夜更かし苦手にゃあ~」とか弱音を吐きだした。
「んじゃマーゲイだけ夜食なしかぁ……。これも絶対旨いのになぁ……」と言ってやると、「うぐっ……。頑張るにゃ……」と、拗ねたような顔をした。
コイツ意外と愛嬌あるな……。





