第2話:はじめての指名依頼 中継地アーチンの街にて 下
ギルドで仕入れた美味しいお店情報をもとに、俺たちは町の中心街へ向かう。
町の規模が大きい分、客引きも相応に多い。
経験上、客引きがあまりに熱心な店は、そこまで美味しくない。
ここは割と万世界共通なのかもしれない。
色々と工夫して客を得ようとしているのは分かるが、まずは本業を磨かないとね。
ギルドの紹介券を手に入った店は、にぎやかながらも、どこか品のある大衆酒場だった。
テーブルの上で足を組んでるオッサンとか、給仕さんに悪絡みする輩とかは見当たらない。
お勧めの料理を尋ねれば、“オオビレカワカマスの開き焼き“という答えが返ってきたので、それを3人分注文した。
「そうそう。だいぶ遅れちゃったけど、魔女会議成功おめでとう。ユウイチ君」
「ああ。ありがとう」
レアリスが樽ジョッキを差し出してきたので、俺もそれに応え、自分のジョッキをコツンと合わせた。
思えば、いろいろと祭り上げられすぎて、ギルドにあんまり顔出せてなかったもんなぁ。
「ミコトちゃんも、魔女会議お疲れ様。又聞きだけど、大型魔物の単独討伐数がシャウトさんに次ぐ278体だったらしいじゃない」
「てへへ……。雄一さんにいいカッコ見せたかったっスもん。まあ大地の魔女さんのバフが凄かったっていうのもあるんスけどね」
「それでも凄いわよ。皇立騎士団の隊長格に匹敵する戦果だったって、ギルドマスターが大喜びしてたもの」
「てへへっス……」
「あ~! 私も参加したかったなぁ、魔女会議の護衛。ミコトちゃんの雄姿をこの目で見たかったわ!」
そう言って、ジョッキをグイと傾けるレアリス。
あの会議の護衛に、冒険者ギルド勢が殆ど参加していなかった理由。
それは、最近出番の減った皇立騎士団への配慮……というわけではない。
魔女会議が近づくと、各地で魔物の活性化が起きる。
各地の都市には緊急事態体勢が敷かれ、拠点は防壁を閉ざし、村々は最寄りの砦へ避難し、自警団や冒険者ギルドが魔物を迎え撃つ体制を整えなくてはならない。
特務戦力の皆は、それに伴って各々の拠点へ一時帰省し、防衛戦に従事していたのだ。
あの砂漠での激戦は、大地の魔女さんが大幅なバフをかけてくれたおかげで、俺達の大勝利に終わったが、それ無しでオーガやワイバーン、ドラゴン、サーペント等の強力な魔物と対峙した各都市は、どこもそこそこ大きい損害を受けたと聞く。
怪我をして特務戦力から離脱した者も、少数ながら出た。
大陸西方の皆は大丈夫かな……?
魔女会議に伴って郵便が一時完全ストップしてたから、彼らの安否は不明だ。
まあ、連中に限って死にはしないだろうが……。
「東方高原は大丈夫だったんスか?」
「ええ。もともと谷と山に囲まれた自然の要塞みたいな場所だしね。ワイバーンが少しキツかったくらいで、オーガなんかはハナビで簡単に撃破できたわ」
「ハナビ……!?」
「ええ。 こういう感じの筒から、爆発する火薬玉が飛び出すのよ。 大昔に魔王を封じた勇者パーティーが東方平原の村々に伝えたものらしくて、それが高原の砦防衛に今でも使われてるの。都の拠点防衛や、正規軍とか騎士団の装備にも使われてたはずよ」
ああ~!
確かに騎士団の人らが持ち込んでたわこれ!
しかしハナビて……。
明らかに例のサムライ転生者の仕業だろそれは……。
そのお侍さん、俺より現代知識(当時)使いこなしてんな……。
「あ! 料理来たっスよ!」
ふと、ミコトが声を上げた。
その目線の先、えらく巨大なヒレを称えた魚が、給仕台に乗ってこちらへ迫ってくる。
おお! その姿、まさしくオオビレ!
「お待たせしました。“オオビレカワカマスの開き焼き”です」
テーブルの上にドン! と置かれた1m級の魚。
顔はパイク系だが、体は太く、雷魚とかに近い印象を受けた。
そして、意外だったのはその調理法。
“開き焼き”っていうので、てっきりカマスの開きみたいなのをイメージしていたんだが、モノとしてはアナゴの焼き物に近い感じだ。
3枚におろされた身が、骨を挟んで片方はフワフワとした白焼き風、もう片方はスパイシーな香りがするタレを塗って焼かれた……イラク料理のマスグーフみたいな焼き物になっている。
「面白い焼き物ですね」
「はい。ウチの名物なんですよ。それぞれ人気があるカワカマスの白焼きと、スパイス焼きを一皿で食べられるようにしたんですよね」
そう言いながら、給仕係さんが身を取り分けてくれる。
よく見ると、どちらも骨斬りがされていて、“ハモの落とし”のような表面になっていた。
ほえー……荒々しいように見えて結構丁寧な仕事……。
俺はまず、白焼きの方を一口サイズに切り分け、口へと運んだ。
おお!
美味しい!
薄めの塩味に、柑橘系の風味がほんのりと香り、白身の淡白な味を際立たせている。
こんがり焼かれた皮と身の間にある脂に少しクセがあるものの、それも野趣があっていい。
骨斬りされた身が、フワフワで、かつ、細かく裁たれた軟骨のサラサラとした食感が面白い。
ミコトも「これ美味しいっスよぉ~」と、幸せそうな表情で白焼きを次々食べていく。
レアリスはそんなミコトの姿に目を輝かせつつ、白焼きを細かく切ってチョコチョコと口へ運んでいた。
本当に小食なんだな……。
さてさて……。
では俺はこのスパイス焼きの方を……。
……うん。
見た目ほどスパイスは効いていない。
だが……旨い!
スパイスは、淡白な身の味を殺さない程度に留まっていて、甘みを強く感じるタレが、脂の臭みを隠しつつ、うま味を際立たせている。
うーむ……。
どっちも捨てがたいぞこれは。
確かに、これなら二つの味を同時に楽しみたい需要は多そうだ。
流石人気店。
需要に対する見事なアプローチだ。
「雄一さん~ これどっちもすごい美味しいっスよぉ~」
「いいわぁ~。ミコトちゃんの食べっぷりも、この料理の味も……」
ミコトもレアリスも、どちらも大層満足そうだ。
マーゲイも来ればよかったのになぁ……。
などと思っていると。
「にゃふん……ユウイチぃ……僕この町嫌いにゃあ……」
と、背後からゲッソリしたマーゲイが現れた。
うわ!
びっくりした!!
「そういうお店が全然にゃいと思ってたら、この街には所謂“夜の町”が全然ないのにゃ! にゃんでも代々お堅い一族が長をやってるとかで、そういう産業が許可されてにゃいらしいにゃ! うにゃあああああん!! もう今日は性欲を食欲で紛らわすのにゃあああ!」
と言って血涙を流しつつ、レアリスが食べきれずに残していた魚の身に食らいつくマーゲイ。
その様子を見て、レアリスは「マーゲイくん……意外とアリかも……」と、頬を赤らめた。
食いっぷりで惚れる人初めて見た……。