プロローグ:夏の始まり
早朝、俺は上半身裸で自宅を飛び出す。
瑞々しい青葉をたたえた草木から立ちのぼる湿気が辺りを包み、朝焼けと混じり合って小さな森に幻想的な朝霧の風景を作り出している。
俺は立ち並ぶ木々の中から適当な一本に狙いを定め、手にした斧を思い切り叩き込んだ。
「ぜやあああああ!!」
力の限り叫びながら、斧を打ち付けること数十回。
腕に伝わる激しい衝撃。
初めは痛みでしかなかったこれも、今となっては心地良ささえ覚える。
木は徐々に傾き、バキバキと音を立てて倒れ始めた。
俺の方に……。
「フロロバインド!」
瞬発的に120号のフロロカーボンを召喚し、倒れてくる木をキツく縛る。
同時に周囲の木々を支柱に見立て、蜘蛛の巣のような形状にフロロカーボンのネットを展開した。
「ギギ……」という音とともに、木は宙で固定される。
ふう……。危ない危ない……。
ゆっくりと釣り糸を緩め、切り倒した木を地面に下ろす。
それをさらに切り分け、担ぎ上げて家へと運ぶ。
1ヶ月前に比べると、持ち上げられる木は二回り以上長くなった。
朝晩の筋トレの効果がだいぶ出てきているようだ。
「おりゃ! せい!」
持ってきた丸太を薪置き場に転がしておき、古い丸太を拾い上げる。
今度はその乾燥した丸太を斧で叩き割る。
俺は丁度良い長さに割ったそれを風呂のかまどにくべ、火をつけた。
「195……196……197……」
風呂が沸くまでの間は腕立て伏せと腹筋だ。
1回に10秒前後の時間をかけ、ゆっくりと筋肉に負荷をかけていく。
大体それぞれ200回程度終わる頃、風呂がちょうどいい温度になる。
全くこの世界は風呂を沸かすのも一苦労だ……。
「はぁ~……極楽極楽……」
しかし、朝の運動を終えて浸かる朝風呂は格別だ。
窓から外を見れば、太陽は既に上り、空には白く大きな入道雲が立ち上っていた。
今日もいい天気だ。
「おはようございまっス~。雄一さん今日も早起きっすねぇ」
寝ぼけ眼をさすりながら、ミコトが風呂に入ってくる。
湯船から湯が溢れ、風呂場を白い湯気が包み込んだ。
今日もいい日になりそうだ。
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「おっ! ユーチくん久しぶりだなぁ! 君しばらく見ない間に逞しくなったな!」
1カ月ぶりのデイス、1カ月ぶりのジールさん。
ヤゴメの一件のせいで、俺を雇おうとするスカウトやパーティーに入れてくれと頼んでくる連中、挙句の果てには『ファンクラブ』を名乗る謎の集団に付け回された俺は、しばらくの間この街やギルドと距離を置いていたのだ。
この街に足しげく通っていた頃は鬱陶しく思えたジールさんも、久々に会うと妙な親しみを覚える。
「なんだか最近魔王の復活を目論む連中……邪教徒とかいうのが暗躍してるらしくてねぇ。ギルドの人たちも対応に追われてるらしいよ。まあそれは置いといて、君相変わらずミコトちゃんに買い物や依頼やらせてるよねぇ? 体鍛えるのは感心だけど、もっとしっかり働かなきゃ……。あと都の騎士学校のスカウト断ったらしいけどなんでそんなことを……」
前言撤回……。
やっぱり俺この人苦手だわ……。
相変わらずの善意に満ちた絡みにうんざりしていると、見覚えのある金髪がデイス城門の内側から歩いてくるのが見えた。
「おいコラァ!! てめぇちょっと来いや!!」
1ヵ月ぶりの怒号と共に首根っこを掴まれ、俺は成すすべなく引きずられる。
気分は母ライオンに運ばれる子ライオンだ。
「先輩……ちょっと……そんな強く引っ張らないでください……!」
何とか抵抗を試みるが、シャウト先輩の握力たるやすさまじく、俺が1ヵ月の猛トレーニングによって得た腕力、握力をものともしない。
「てめぇはよぉ……! 人の気も知れねぇでよぉ!」と言いつつ、先輩はギルド本部へ向かって歩いて行く。
ミコトは「雄一さーん!」と大げさに叫びながらゆっくりと付いてくる。
なんか笑ってないかあいつ……。
ギルドに到着するや否や、シャウト先輩は壁の依頼書を1枚引っぺがし、受付のカウンターに叩きつけた。
「オイ! アタシとコイツらでこの依頼受けっぞ! いいな!?」
「ええ!? 俺何も準備してないっすよ!?」
「うるせぇ! んなもんそこらの店で買い揃えろ!」
いや、いくら何でもいきなりが過ぎるだろ!
ミコトも何か言って!
と、彼女に目で訴えかけてみたが……
「シャウト先輩と一緒にクエスト行けるんスか!? 楽しみっス!」
残念、ミコトはシャウト先輩方についてしまった。
そういえば最近クエスト行きたいって言ってたっけ……。
ミコトの頼みを無碍にしてきた罰があたったな……。
「で……なんのクエストなんすか?」
腹をくくり、シャウト先輩に尋ねると
「コンガーイール大山脈の先っぽの岬で起きてる幽霊船騒動調査依頼だ」
と、返事が帰ってきた。
心なしか、その声は少し震えているように思えた。