第1話:はじめての指名依頼 中継地アーチンの街にて 上
「出征港ねえ……なんか変わった名前してんな」
「んにゃ? ユウイチお前知らないのにゃ? 暗黒大陸出身ならこの港についてると思うんにゃけど」
「ああ、俺達は遠方に人をテレポートさせる魔道具で飛ばされてきたんだ。そういう妙な伝統のある街でな」
「そりゃ随分変わった街だにゃ……」
飛行クジラの中で、大陸地図を見ながらマーゲイと雑談する。
流石に銀級の指名依頼では、ミガルーは使わせてくれない。
出征港までは中継地での1泊を挟み、約18時間の飛行予定となっている。
「出征港ってのはだにゃ。この大陸の人が暗黒大陸へ旅立つときに使われる港にゃ。今の季節は、西方と南方の暗黒大陸に渡る船団が組まれてるにゃ」
「船団! そんな大規模に行くもんなのか?」
「そうにゃ! 暗黒大陸移民はみんなの憧れにゃ! 豊穣と安寧の地を捨て、新たな大地を開拓しに危険な大冒険へ飛び込んでいく勇猛果敢な連中にゃ! 冒険者の男児たるもの……これに燃えないやつはいないにゃ!」
しかし……。
魔女さんに聞いた、北の暗黒大陸の人の子が全滅したという話が思い出される。
それを知っている身としては、正直、複雑な気分だ。
今の伝達技術では、暗黒大陸に挑んだ者たちが大きな被害を受けているという事実は伝わらないのだろうか……?
今は巨大魚の出現で停滞しているそうだが……。
俺がこれを解決してしまったら、命の無駄遣いともいえる無謀な出征が再開していくのか……。
一応法王庁や政府に報告はしてあるんだが、止める気はないらしい。
「お前にゃに気難しそうな顔してるにゃ? にゃ! さてはユウイチ、故郷の名前聞いてちょっとホームシックになってるにゃ? 大丈夫にゃ……今夜は僕が慰めてあげるにゃ……」
「あーはいはい」
「にゃがー! みんな僕に冷たいにゃ! ひどいにゃ悲しいにゃ……。今夜は一人寂しく歓楽街へナンパしに行くにゃ……」
このスケベキャッツは常時盛りが付いてるのか……?
結構高潔な奴が多い特務戦力において、マーゲイの俗っぷりは逆に貴重だな……。
////////////////////
「おおー! 中継地なのにそこそこデカい街にゃー!」
マーゲイが雄たけびと共に飛行クジラのタラップから飛び降り、「明日の出発までには戻るにゃ! んにゃ、そういうことで!」と、夕日に照らされた街へと駆けていった。
自由な奴……。
まあでも、ああいう冒険者は結構多いがね。
「ユウイチくん。マーゲイくんはあんな感じだし、私たちは一緒にご飯食べに行きましょうよ。ね♡ ミコトちゃん♡」
「ハイっス♡ 私にもっとちょうだいっス……♡」
俺とマーゲイが話している間、後ろの席でレアリスによる手作りお菓子責めを受け続けていたミコトは、すっかり彼女に懐いてしまっていた。
うう……俺はなぜこうも飯で嫁を寝取られるんだ……。
とまあ、冗談はさておき、とりあえずギルド支部に行くことにする。
冒険者の肩書を持つものが町の情報を仕入れるには、ギルドの案内所が安心安全だ。
まあ、万一ボッタクリや悪徳商法の店に遭遇しても、二つ名タグをかざして現行犯逮捕も可能なんだが……。
流石に巨大魚に挑む一日前にそういう騒ぎを起こすのはよろしくない。
しかしこの町、確かにデカい。
大きさも、人の数も大陸西方最大の都市、デイスの倍はあるだろう。
大陸西方が田舎だってのは知っていたが、地方都市の中でも小さい方だったんだなぁ……。
うわ……ギルド支部まで1㎞だって……。
そしてこの町……。
北の方だけあって寒い……。
デイスは晩秋まで割と温かったけど、ここはまだ初秋で体感5℃くらいだ。
俺は薄手のウィンドブレーカーを二人分召喚し、ミコトに羽織らせた。
「はぁ~。アーチンまで北上すれば、流石に涼しくていいわねぇ」
そんな中、薄手のワンピースに、これまた薄手のシャツを羽織ったくらいで、悠々と歩くレアリス。
そうか……アンタ高原出身だから寒さに強いのか……。
「それもあるけど、一番は私が持ってるハイエルフの血のおかげかもしれないわね。成人ハイエルフは氷点下を下回っても全裸で過ごせたって言うわ」
「先祖なのに伝聞なのか?」
「ご先祖様って言っても、相当遠いわよ? ハイエルフが健在だったのはもう200年以上だし。純血の人たちは人魔大戦の頃、ダークエルフロードに滅ぼされて、その時逃げ延びた混血の一族が東方高原に定着したの。そしてそれが私の直系の先祖ってわけ」
「それじゃ、もうハイエルフの血は相当薄まってるのか」
「そうね。もう寿命も普通の人より少し長いくらいだし、精霊の声が聞こえない人も半数くらいだしね」
「末裔も末裔なんスねぇ~」
「ちょっと高めの背丈と、尖った耳くらいに名残があるくらいね」
そう言って髪をかき上げ、耳を見せてくるレアリス。
その耳は……。
うーん?
尖ってるような……尖ってないような?
「あはは……。私はまだ若いもの。長く尖りだすのは寿命の三分の一過ぎてからよ」
「不思議な体質だな!」
「昔はその長さで一族の中の強さを見計らったり、長さ比べで恋人の取り合いとかしたらしいわよ」
コブダイみたいな生態してたんだなハイエルフ……。
元居た世界でエルフと言うと、冷徹で高慢で他種を見下して、あり得ない規模の魔法で戦うような印象があったが、この世界の彼らはとても平和的な種族だったようだ。
そんな種を滅ぼしたダークエルフロードとやらは、いったいどんな恨みを抱えてたんだ……。
そんな話をしているうちに、この町のギルド支部に到着した。
ギルド前の定番である噴水広場には、デイスのそれと同じく、屋台が立ち並び、スカウト待ちや、情報交換目的の冒険者達がたむろしている。
「おい……あいつもしかして……」とか、「デイスの釣神・ユウイチじゃねぇか?」とか、「意外とカッコいいかも……」とか、ひそひそ話が聞こえてきた。
うーん……。
……。
いやはやこの感じ……。
案外悪くないな!
ワハハハ!
そうです! 俺が二つ名冒険者・釣神のユウイチです!
俺が仄かな承認欲求をくすぐられながら、キメ顔をしつつ、肩で風を切りつつ、俺の方を見ている若手冒険者達にかっこつけたハンドサインを送りつつ、支部の扉を颯爽とくぐろうとして……。
う……!
体が前に進まん……!
まるで屋台で旨いものを見つけたミコトに肩をガッチリ掴まれているかのように……。
「雄一さん! ここはお芋が名産品みたいっスよ!! 串揚げ芋餅食べるっス!!」
そんな声と共に、屋台の方へ引きずられていく俺。
ひそひそ声が笑い声に変わったのは言うまでもない。