第20話:闇の魔女の返礼
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」
恐ろしい、地獄の底から湧き出たような声が巨岩の上に響く。
既に風の魔女さんが作り出した美しい特殊空間は消え、代わりに闇の魔女さんが新たに張った暗黒の結界が魔女会議会場を覆っている。
外から見れば、俺が何かやらかして大事が起きたと思うだろうか。
いやまあ……。
割とすごい事になってる気もするが……。
「もうちょい声抑えられないですか……? ウチの舎弟が怯えてるんですけど……」
「あら? そんなに? 貴方があまりにも上手だからちょっと深淵に入っちゃってたわ」
一体何が起きているのかというと……。
俺は今……。
闇の魔女の肩を揉んでいる……。
「うふふ♪ 上手よ」
上機嫌で椅子に座り、足を組んでリラックスする闇さん。
太腿とか胸元とかすっごくセクシーだ……。
まあ、うっかり下心出して触れようもんなら、瞬時に塵にされると思うと、エロい気分には全くならない。
……。
全く……ではないかもしれないな……。
「肩を揉んでもらえるかしら?」とか言われた時は、色々と意味が分からず困惑したが、こんな簡単な仕事で満足してもらえるのなら安いものである。
闇さん曰く、彼女達、魔女は“神に迫った罰”を負い、人以上神以下の、上位存在ならぬ“中位存在”にされてしまった元人間の破片。
不老不死、不死身、そしてほぼ全知全能という究極の力を得る一方で、12人に分割され、人とも神とも異なる階位で存在を固定されてしまった可哀そうな境遇の人たちらしい。
何をやらかしたらそんなことになるんだよ……。
「まあ、私達の大元になった人も色々考えていたのよ」
「は……はぁ……」
「ところで貴方、今回の昼食はすごく良かったわよ」
「あ……ありがとうございます」
「魔女会議の掟として、私達は接待役の仕事に満足したのなら、相応のお礼をしてあげないといけないの」
「そうなんですか……。あ、ひょっとしてコレはそのお礼品なんですか?」
俺がポケットにしまっていた魔女の秘薬を取り出すと、闇さんは「そうそう。それはあの子が接待役によく渡すお土産なの」と笑った。
命削る薬を定番の品みたいに扱わないでください……。
「私も普段はフウちゃんやデンちゃんみたいに、天候操作でお礼してあげるんだけど、貴方にはちょっと特別なものをあげようと思ったのよ」
そう言いながら、闇さんは椅子から立ち上がり、その超長身で俺を見降ろしてきた。
な……何です……?
「貴方、影を掴むことって出来ると思う?」
「影を掴む……それは無理ですね」
「そう。じゃあ貴方、私に触れることはできるかしら?」
彼女はそう言うと、体を真っ黒に変化させ、俺にズイと迫ってきた。
巨大な影の化け物が覆いかぶさってきたようなもので、そのあまりの威圧感に、俺は思わず手を体の前へと突き出して防御姿勢を取る。
…………。
………。
ムニュッ……。
「……ムニュ?」
「ふふっ……。影の触り心地は如何かしら?」
真っ黒でグニョグニョとした人型の物体の中から、闇さんの笑い声が聞こえてくる。
触り心地ってそりゃあ……。
えらく柔らかいですな。
「そうでしょう? 貴方がさっきからずっと触りたがっていたところよ」
そう言いながら影状態から人の姿に戻る闇さん。
俺の手が置かれていたのは、その巨大な双峰の上だったのだ!
これは……見た目以上のサイズ感で……。
じゃない!
慌てて飛び退こうとしたが、彼女の細腕が俺の手首を掴み、そのままますます強く、彼女の胸元に俺の手を押し付けてきた。
お……お礼ってコレなのか!?
お礼というにはあまりにも心臓に悪い!
あ……でも感触はこの世のものとは思えない極上の……。
「貴方は、影になった私の実体を捉え、そして胸を掴んだ。何故だか分かる?」
「い……いえ! 分からないです!」
「ふふふっ。それはね、貴方の“トリックスター”スキルに依るものなのよ」
「へ?」
トリックスタースキルがあるから胸を揉めたと……?
でもトリックスタースキルって判断力とか運とかスピードをブーストするスキルでは……?
………。
……。
「あー! ラッキースケベとかそういう」
「違うわ♪」
闇さんは俺の推理を即座に否定し、握っていた俺の手首を離した。
バランスを崩してひっくり返りかけた俺を見て笑いつつ彼女は話を続ける。
「トリックスター。それは時に神をも欺き、時代の潮流をも狂わせる存在……。トリックスターがトリックスターたる所以はね、ただ幸運ですばしっこいだけではないのよ」
「はぁ……」
「トリックスターのジョブスキルを備え持つ者は、幸運、知能、速度の上昇に加えて、“神欺スキル”を必ず兼ね備えているの」
「神欺スキル……?」
「そう。そして貴方は、その中の“真理掌握”“絶対欺瞞”を持っている」
何だ何だ……。
なんか無駄に大それたフレーズが出てきたぞ……?
「真理掌握は、あらゆる欺瞞、偽装を見抜き、物事の真理を掴む力。貴方が実体のない敵に攻撃を当てられたり、分身体の向こう側にいる相手にダメージを負わせられたのはその力のおかげ。そして、絶対欺瞞はその真逆。あらゆる嘘偽りを見抜かれることなく実行できる力よ。この力のおかげで、あらゆる読心術や掌握術を弾くことができていたのね」
「は……はぁ……」
「あら? 反応が鈍くないかしら?」
「いえ。本当かどうか確認したかっただけです。今、俺内心無茶苦茶衝撃受けてたので。『ああ! あの時のアレはその力のおかげだったのか!』って」
「……。あまり関心しない使い方ね」
これまでの会話の中で、魔女さん達には人の心を読む力があることは何となく理解していた。
それを逆手に取り、彼女の言っていることが本当かどうか試用させてもらったというわけだ。
だって読心持ちとか滅多に遭うことないもの!
「全く。そういうところ、これまでのトリックスター持ちの子と似てるわ……。ま、私のお礼はその情報くらいでいいかしらね。それじゃあまた」
「あ……! ありがとうございます! おかげで今後のクエストで色々生かせそうです!」
「あなたが今後それを使うのはクエストだけじゃないわよぉ♪ ま、続きは彼女から聞いてみなさい。バイバイ♪」
俺の言葉に軽く微笑みを返し、闇さんは去っていった。
さて……と。
「後で少しばかり話を聞こうか。愛ちゃん?」
「………」
俺は、会議が終わってからずっと気まずそうに立ち尽くしている愛ちゃんの方を向いた。
それと同時に、周囲を覆っていた闇の結界が消え、「雄一さーん!」「オイ! 無事か!?」という声が聞こえてきたので、俺はそちらへ向き直り、「万事OKです! 魔女会議は無事終了しました!」と大声で応えた。
少しの間を置き、集まっていた騎士団やお偉方の声と、音楽隊の盛大なファンファーレが、西日に照らされ始めた砂漠に木霊する。
だが、俺にはそんな音よりも、愛ちゃんが震えながら発した「ごめんなさい」の声の方がよほど大きく聞こえたのだった。