第17話:開催!魔女会議 【前編】
「ではこれより、会議を始めるとしよう」
どうやら司会進行役らしい、時の魔女さんが重々しく口を開いた。
その目は強い怒りを感じさせ、うっかり見つめられたらその場で爆発四散してしまいそうだ。
「遅ればせながら。と言うべきだろうな」
そう言う彼女の、恐ろしい視線は闇の魔女さんへ向けられている。
我ら人の子なら即死しそうな眼光を食らっても、闇の魔女さんは「てへへ」と舌を出して笑っていた。
まあ、この会議を招集したくせに、ただ一人遅刻してきたんだからそりゃ怒られるだろう。
うん。
もっと怒られろ。
「はぁ……。今回の招集は闇の魔女、接待役の指名は闇の魔女と風の魔女によるものだ」
そう言って俺達に目線を向けてくる時の魔女さん。
や……ヤバい!
これは挨拶していいのか……?
しかし俺がなんか言ってる間にあっちが話し始めたら、無礼だって言われて永久時止め&水落ち不可避だ!
どうする……! どうする……!
(あーいーさーつー)
困惑する俺に口パクで助け舟を飛ばしてくれたのは、大地の魔女さんだった。
うわ超助かる!
彼女のアドバイスに、俺は前に半歩前進し、深く頭を下げた。
愛ちゃんもそれに倣い、頭を下げる。
やや長めに頭を下げた後、俺は「本日接待役のご使命を賜りました、矢崎 雄一。そして……」と言って愛ちゃんに目線を送る。
愛ちゃんは一瞬息を大きく吸った後「あいっ……! 深山 愛ですっ! よよよよろしくお願いします!!」
と、ガチガチになりながらも自己紹介を済ませた。
自称、人の子ラヴ勢は軽く手を叩いたり、「いやん、可愛いん♡」などと言ってフォローしてくれたが、人の子に厳しい勢、即ち時の魔女さん、死の魔女さん、水の魔女さんは無表情でジッと見つめてきた。
怖いんですけど……。
「久方ぶりの全員再会だ。まずは闇と風がオーダーした午餐を皆でいただこうではないか」
時の魔女さんが視線を戻し、ウィッチハットと手袋をスッと取った直後、頬を風が撫でた。
風の魔女さんがくれた前菜提供サインだ!
俺は即座にテレポートし、キッチンテントへと飛ぶ。
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「おおユウイチ!! やっと始まったか!?」
飛んだ俺を、砂と汗にまみれたシャウト先輩が迎えてくれた。
キッチンテントの周りはもう文字通り戦争だ。
輪形陣を組んで護衛する騎士団員達が、次々襲ってくる魔物達を千切っては投げ、千切っては投げしている。
無論、テントには強固な結界と風魔法障壁が張られ、魔物の侵入だけでなく、その体液や砂も完全にシャットアウトされていた。
いわばここは本作戦のバイタルパート。
何ならお偉方の席よりも守りが硬い。
絶対に落とされてはいけない場所なのだ。
その中で、給仕部隊の団員が血眼になりながら料理をしていた。
「はい! ユウイチ殿! 前菜12人前です!!」
三白眼ちゃんが凄い表情でフカヒレサラダを運んできたので、俺はすぐにその料理が乗ったキッチンワゴンごと岩の上へとテレポートした。
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「ヒゲウバザメのフカヒレと香味野菜のサラダでございます」
「へぇ! これは確かに初めて見る食材だねぇ! あはは! 頼んだ甲斐があったよ!」
配膳された料理に、真っ先に声を上げたのは風さんだった。
キラキラと輝くフカヒレに負けないくらい、その深緑の瞳を輝かせている。
他の魔女さん達も、物珍しそうに料理を見つめていた。
おっと早速掴みは上々か?
「悪魔が持ち込んだ天界の魚。気に入りませんわね」
が、そんな中、水の魔女さんがポツリと不満を漏らした。
「あの忌々しい蛙鮫。貴方たちが持ち込んだも同然ということは、自覚してらっしゃいます? その上でそれに類する魚の料理を出してくる姿勢に品性を疑いますわ」
しかもかなりのガチ目なやつだ……。
いや、まあカエルザメもヒゲウバザメもミコトが作った魚だし、それをこの世界に解き放つような真似をしたのは多分、同郷の人っぽいんだけど……。
やっぱり水を司るだけあって水辺の環境乱す人には厳しかったりする……?
あれ、これもしかして俺達死ぬやつ……?
俺は蛇に睨まれたカエルの如く硬直した愛ちゃんの前に歩み出て、彼女の魔女の攻撃にオートガードが耐えられるか、テレポートで回避できるかなど、無駄な足掻きを脳内で巡らせる。
「水ちゃん。そこまでにしておきなさい。仮にも私が指名した接待役よ。それに、彼らはこの世界に異界の魚が持ち込まれるのを防いでいる側だってことは貴方も知っているでしょう?」
「人嫌いなのは分かるけど、そりゃー八つ当たりってやつだよ水っち」
と、闇と風さんが、殺意をちらつかせて睨む水さんを嗜めてくれた。
「フン……」とそっぽを向く水さん。
い……一品目から生きた心地がしないんだけど……。
「あら~♡ なかなか美味しいじゃない。このコリコリフワフワした食感は初めてねぇ♡」
「おおおおおお!! こりゃ確かに食ったことのねぇ味だなぁ! なあ! 死!」
「喧しいぞ、生。 しかし、風のオーダー通りの料理であるな。これならば、彼らは約定違反による死は回避した形だ」
俺が生死の境を彷徨っていた間に、他の魔女さん方は和気あいあいとサラダを味わっている。
一応好評っぽくて良かった。
これでマズいから世界滅ぼすとか言われたらどうしようもない。
ミコト……給仕部隊の皆……俺達の料理は究極生命体達に通用してるぞ……!
ありがたいことに、今回俺達に対して不快感を露にしてきたのは水さんくらいで、他の皆さんは好意的ないし、無関心。
2品目の冷製トマトスープ、フカヒレ握りを食べながら、楽しそうに談笑してくれている。
あんだけ怖かった水さんも、魔女仲間と話す時には普通に清楚系お嬢様みたいな雰囲気なんだよなぁ……。
ところで、魔女の雑談なのだが、まあ、スケール感がおかしい。
あの大陸で火山を噴火させて火のマナをどれくらい増やしたとか、大地を何百km伸ばしたとか、極北の海底に深さ数百mの断裂を作って海流と水のマナを調整したとか、誰の行動で未来像がこう分岐したとか……。
しかも数年が昨日今日の扱いだ。
「ああ、そうそう」で「ちょっと前に北の暗黒大陸からついに人類が原生種に駆逐された」とかいう言葉が出てくる雑談なんか俺聞いたことない……。
まあ、時折水さんの視線が怖いのと、光の魔女さんが時々湿り気を帯びた視線を送ってくる以外は、特に問題なく食事の提供は進んでおり、この調子なら生きて会議を終えられそうだ。
下を見ると、相変わらず人と魔物の激しい戦闘が続いているが、人間側の戦力に全く衰えが見えない。
大地さんが展開してくれた人類強化バフが相当強力なのだろう。
マッチポンプ感は否めないが、助けてくれるだけ有情と考えよう。
俺は皆の冷製スープが無くなったのを確認し、食器を下げ、次の料理「フカヒレの焼き餃子」を運ぶべく、テレポートしにかかった。
ふと、耳に、「そう言えば、異世界からの渡来者の子達なんだけどさ」と、闇さんの声が聞こえてきた。
俺は一瞬、その雑談に耳を傾けようと思ったが、今俺が為すべきことはその盗み聞きではないと判断し、そのままテレポートを敢行する。
ほんの一瞬、視界にとらえた闇さんの視線は、俺ではなく、愛ちゃんに向けられていた。
そういえば、俺を指名したのは風さんだった。
ということは……愛ちゃんを指名したのは……。
何か不穏な気配を感じつつも、俺は今の職務を全うすべく、キッチンテントへ降り立った。