第16話:魔女は人の子がお好き?
「じゃあミコト。ちょっと一仕事してくるよ」
「はいっス! 頑張ってきてくださいっス!」
ミコトと軽い抱擁と接吻を交わし、俺は巨岩を見上げる。
既に日は登り、いつ魔女が現れても不思議ではない。
俺と愛ちゃんはその上で待機し、魔女が揃い次第、会議の接待を開始する手筈だ。
これまでの歴史上、魔女から何か話しかけられない限りは、飲み物や食事の配膳に集中していればいいらしい。
問題はどのタイミングでコースの配膳を開始するかだが、手始めに飲み物と軽い前菜を出し、それを彼女達が食べ終わり次第、2品目以降を運ぶという作戦で妥結した。
あとは不意に怒りを買うようなことをしなければ、生きて帰ることは容易いだろう。
風さんが言ってた「水っち」、「デスっち」、「時っち」……即ち水の魔女、死の魔女、時の魔女への態度に気を付けなくては……。
「せせせせ先輩……。ここに来て少し緊張してきましたよよよよよよ……」
日中にも拘わらず濃紺色の空へと伸びる巨岩を見上げた愛ちゃんが、思わず弱音を吐く。
「大丈夫だアイ。気合入れてけ!」と、先輩が彼女をギュッと抱きしめ、頭を撫でる。
なんか、大会前の選手とコーチみたいだ。
「よし! 愛ちゃん! 行くぞ!」
「ふーーーー! はい! ドンとやり遂げて見せます!」
そう言って両手を広げた彼女を抱きしめるようにホールドし、俺は飛行スキルを発動させた。
俺が飛び上がると同時に、騎士団の音楽隊が大それた曲を奏で始める。
うーむ……。
なんか、ノリが重厚過ぎる気がしなくもない……。
勇壮な音楽と
「雄一さん! 愛ちゃん! 頑張るっス~!」
「ユウイチ! アイ! 胸張ってけ!」
という声に押され、俺は巨岩テーブルの上に着地した。
ふと、全ての音が消えた。
……。
お早いお着きですね……。
「やっ! 久しぶりだね!」
気さくに声をかけてくる緑髪の女の人。
やはりと言うべきか、風の魔女さんは既に会場入りしていた。
腕の中の愛ちゃんの体が激しく強張るのが分かる。
(大丈夫だ愛ちゃん。この人は友好的な人だ)
小声で耳打ちすると、愛ちゃんの震えが少し収まった。
「久しぶりというか……半日ちょっとぶりくらいじゃないですか?」
「あれ? そうだっけ? 私ちょっとこの星二回りくらいしてきてたからさ! だいぶ経ったんじゃないかって思ってたよ!」
「だいぶ経ってたら大遅刻ですよ……」
風さんはフヨフヨと浮かびながら俺達の周りを回る。
愛ちゃんがその様子に「ひいいいいい……」と怖がっているのを見ると、風さんグイと肩を組み「なんだよ~。私別にそんな怖くないだろぉ~?」と、悪戯っぽい表情で尋ねてきた。
俺の腕を掴んでいた愛ちゃんの手は容易に解け、一瞬にして風さんの腕の中に持っていかれる。
風さんは愛ちゃんの体をグイと引き寄せると、足を謎パワーでM字に広げ、腰の位置でホールドした。
俗に言う駅弁スタイル……。
ちょっとそんな破廉恥な!
「いやぁ~。こういう可愛い怖がり方されちゃうと私面白くなっちゃうんだよねぇ! ちょっともうひと怖がりしてみる?」
風さんはそう言うと、愛ちゃんを羞恥的なポーズで抱えたまま、シュっと掻き消えた。
ああ……。
愛ちゃん……。
生きて帰ってきて……。
そう願うが先か、ドサッと愛ちゃんが足元に転がった。
……。
大丈夫。生きてる。
目を回して気絶してるが……。
「あっはっはっは! ちょっと大陸一周ツアーして来ちゃった!」
「勘弁してあげてくださいよぉ……。この子冒険者になりたてで怖がりなんですからぁ……」
「あっはっは! まあいい経験っしょ! 元の世界に居たらこんなこと経験できないからねぇ!」
「……。やっぱり知ってるんですね? 俺達の身の上」
「ん~? 何のことやら~? おっと、二人目が来たみたいだよ~」
そう言って風さんはまた謎パワーで愛ちゃんを起き上がらせると、口元にフッと息を吹きかけ、テーブルの周りに並べられた椅子についた。
その一瞬で、愛ちゃんは気絶状態から回復し、俺の横で何とか直立する。
「大丈夫?」と聞くと「死ぬかと思いましたが……何とか大丈夫です……」と、逞しい返事が返ってきた。
色々覚悟が決まったらしい。
「開始数時間前から随分騒がしいと思えば、また貴様、人の子をいたぶって楽しんでいたな?」
風さんに次いで現れたのは、いかにも堅物といった雰囲気の魔女さん。
水色のローブを羽織り、クリスタルに彩られたウィッチハットを被った魔女……。
氷の魔女だ!
「全く、お前たちも災難だな。風は少しばかり悪ふざけが過ぎる」
そう言って大人しく席につく氷さん。
良かった……。
この人も穏健って雰囲気だ……。
「そう言う氷にゃんも、冬になったらヤンチャする癖にぃ!」
今度は床からピンク色のローブを纏った褐色の魔女が岩の床からニョキニョキと生えてきた。
大地の魔女……!
「やーん! 今回の子もめっちゃ可愛い~ん♡! ねえ君たちさぁ。お姉さんの胸に飛び込んで来てん♡!」
とか言って、凄い力で抱き着いてきた。
そ……そっちから来るんかい……!
大地さんは「へぇ~ すっごいねぇ♡! 君本当に全然読めない♡。トリックスターなのねぇん♡!」とか訳の分からんことを言いながら、この世のものとは思えない、花のようないい香りのする髪や頬を擦りつけてくる。
ちょっと……待って……苦し……!
あ……でもいい香り……。
ちょっと桃源郷見える……。
「やめろ大地。人の子は脆い。そのままではひしゃげ死ぬぞ」
と、その猛烈な圧殺アロマハグを止めてくれたのは、黄色のローブを着た電気の魔女さん。
あ……ありがとうございます。
「フン。お前たちの為ではない」
とか、テンプレのようなツンデレムーブをかましてきた。
「うふふ……でも君たちよかったねぇ♡。今回は人に優しい魔女が一足先に勢ぞろいしちゃった♡」
俺達を天国のようなハグから解放した大地さんが足元に草花を生やしながら舞い踊る。
え。そうなんですかこの人たち?
「そうよぉ♡ 私は人の子大好きだしぃ~。ヒョーちゃんもデンちゃんもフウちゃんも人の子LOVEなのよぉ♡ 特にフーちゃんなんか毎回何日も前からスタンバっちゃってさぁ! 大好き過ぎるわよねぇん♡」
「ああ……それは……ありがとうございます」
「あっはっは! 会場に着いた途端にデスっちと鉢合わせて機嫌悪くして一家一族巻き添えに死んじゃった子とかいるからねぇ! せっかく呼んだのに殺されちゃったんじゃ可哀そうさ!」
「幾度となく繰り返した氷の時を耐え、生き残り続けた種の一つである人の子には、私も少々愛着があるのでな」
「我は別段人の子が好きというわけではない。ただ自然界において破壊と恐怖そのものであるはずの電気を魔法という形でその手中に収め、自らの生きる糧としようとした人の子の姿には感心するべき部分はある。時の魔女や君たち異なる世界よりの渡来者によれば、遠からぬ未来において人の子は電気の力を解き明かし、思いのままに操るようになると聞く。そのような絶え間なき努力、生への意志、種として未来を掴まんとする姿勢に我は敬意を表さねばならぬと思っている訳であって、決して情に絆されているわけではない。」
ああはい。
よく分かりました……。
しかし、これだけの魔女さんらが明確に俺達のことを想ってくれているというのは心強い。
人の形をした災害とは言ったものの、確かに彼女達が司る事象は人にとって有益でもある。
ていうかこの人たちに限るなら、害よりは利益の方がよほど多いんじゃないかな?
等と、軽く安堵していると、袖をクイクイと引っ張られた。
「あの……なんか会場の外凄い騒ぎになってますけど……」
愛ちゃんに耳打ちされて下を見れば、うわ!!
なんか魔物めっちゃ湧いてるけど!!
ゴブリン系からワイバーン系からワーム系まで多種多様な魔物が、駐屯地周辺に集まってきている。
キッチンテント周りでは、シャウト先輩のそれっぽい電撃とか、ミコトの大回転斬りっぽい光も見える。
「あー。ゴメンゴメン。私らこの世界の魔力の源でもあるからさぁ、集まると魔物すごい湧いちゃうんだよね。多分大陸各地で魔物が活性化してると思うけど、まあ頑張ってもらってよ」
「人の子のカッコいいとこ見せてよねぇん♡ この辺の大地に人の子バフかけといたからぁ♡」
「む。あの電撃使い見覚えがある。腕を上げたものだな」
「やはり人の子は逆境のなかでこそ美しい……」
とか言って談笑する面々。
……。
やっぱ災害寄りだわこの人ら……。
ていうか早く全員揃って!!
こんな激闘一日中続けてたらミコトも先輩も騎士団のみんなも持たないぞ!?
俺と愛ちゃんの願いも虚しく、太陽が中天近くなるまで、残りの魔女達は現れなかった。