第15話:魔女の追い風
「ユウイチ様!! これすごく美味しいです!」
「ああ、そりゃ良かった」
女騎士ちゃんが、椀に注がれた汁を美味しそうに啜っている。
顔なじみの騎士団連中も、旨い旨いと嬉しそうだ。
ミコトはまた料理の腕を褒め千切られ、顔を赤く染めて照れ笑いをしていた。
嫁の実力が認められて俺も誇らしい反面、なんか……。
ミコトが俺以外の人相手に照れてる様子を見てジェラシーを覚えそうになる……。
……。
いかん、あいつの嫉妬癖が移ってしまったか……?
まあそれはそうと、俺が釣り上げたオアシスアンコウは無事、魔女会議前日の少し早い夕食となった。
ここの所干し肉と保存食続きだったというのもあり、皆大層喜んでくれている。
近似種と思しきドロアンコウと違って、無茶苦茶綺麗な水で育ったオアシスアンコウは、七つ道具全てを味わうことができ、しかも臭みがまるでない。
大型の獣やオオイワカニモドキ(石柱を這いまわってる大型甲殻類)をしこたま食った身は、強いうま味があり、肝もかなりデカかった。
それならば、と、ミコトがこしらえたのはオアシスアンコウのドブ汁。
アンキモを鍋で軽く炒った後磨り潰し、それに香味野菜やキージャ・ソを和え、酒や水などで溶かして、身や炙った骨、内臓、エラや皮、ヒレ、そして野菜、根菜などを煮込んだ汁なわけだが、まあこれが絶品。
特にフワフワシャキシャキの胃袋が個人的にベストヒットだ。
「速射の指輪、お役に立てたようで幸いです」
「いやまあ……。こんな使い方で良いのかい?」
「ええ、ユウイチ様の身を守る形で使われたのなら、その指輪も、私も本望というものです」
そう言って微笑む彼女が俺に託してくれたもの。
速射の指輪はこのオアシスアンコウ戦でとてもいい仕事をしてくれた。
使い慣れていて、既に発射に要する魔力の練り上げ時間が短縮されきったアイスブラストやウォーターシュートでは実感できなかったが、高難易度魔法、それ即ち冷凍ビーム放出の時は、そのクールタイムを大幅に縮めてくれたのだ。
これまではどんなに頑張っても、放出まで10秒を切ることができなかった冷凍ビームだが、指輪があると5秒弱にまで短縮できる。
相手が強ければ強いほどこの差は大きいだろう。
「まだ返さなくていいのかい? 俺の渡したそれ、正直そんな役に立たん気もするんだが」
「いえ。これがあればユウイチ様がいつも私を守ってくれているような気分になるんです。そうすると、不思議と力が湧いてきて……。そうです! 私、この間大型魔物のサンドバイパーを一人で倒せたんです! ユウイチ様のおかげですよ……」
そんなことを言いながら、俺が預けた金属プレートを優しく握り、俺の方を見つめながら、プレートをそっと唇に近づける女騎士ちゃん。
おっとぉ……。
それ以上すると視界隅のミコトほっぺたバルーンが破裂しそうなのでストップだ。
何か話題でも振ってプレートキッスを避けようと瞬間的に脳を高速回転させると、俺は
あることに気がついた。
「ああっと! そうそう! 君の名前聞いてなかったね。何て呼べばいいんだい?」
「アッハッハ!! 私はねぇ、風の魔女って呼ばれてんだ」
瞬間。
空気が変わった。
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世界が違う。
比喩表現ではない。
俺のいる場所が、全く知らないどこかに変わっている。
どこまでも広がる緑の地平線、青い空、そして一本のリンゴの木……。
周辺の騎士団の皆やミコト、シャウト先輩や愛ちゃん、そして目の前にいたはずの女騎士ちゃんの姿が消え、それに代わって緑髪でウィッチハットを被った女の人がこちらを見つめて佇んでいた。
あ、はい。
完全に魔女ですねこの人は。
「風の魔女……さん?」
「そうそう。私が風の魔女」
そう言いながら一瞬で俺の横に移動した彼女は、心地よい風を纏いながらグイっと肩を組んでくる。
うわ!
例によってこの人もすげえ力!!
このまま軽く捻られたら多分俺の首吹っ飛ぶ!
「あのー……魔女会議って明日だったと思うんですけど……。ちょっとお早いお着きじゃないですか?」
「そんなん私には関係ないよー。別に先に着いたって悪いことはないでしょぉ?」
「ま……まあそうですけど……。何を思ってこんなに早く……?」
「アッハッハッハ! それはもちろんコレをいただきに!」
風の魔女はそう言うと、どこからともなくドブ汁入りの器を取り出した。
「あ、私空間とか自由自在なわけ」とか言いつつ、汁を啜り、「あー旨いねぇこれ!」と大声を上げる。
何なのこの人!
つか黒い人もそうだけど、魔女ってこんなフランクで良いもんなの!?
「君らが随分旨そうなもの食べてたの見てからさぁ、ずっと食べてみたいって思ってたんだよね。それで私が君を指名したんだ。ちなみに今回のメニューとかは私のオーダーだよ」
「アンタか! あの無茶振り犯は! あ、いや、アナタサマでしたかあのお無茶振り犯様は……」
「アッハッハッハ!! そんなかしこまんなくたっていいよぉ! 私は別に礼儀作法とかうるさい奴じゃないしぃ! まあ、水っちとかデスっちとか時っち相手だったら真面目に喋った方が良いかもね」
「え……? ああ、もしかしてヒント的なモノくれてます?」
「そうそう! 私は君らの味方ってわけ!」
そう言いながら、風の魔女は俺の肩を離し、空中で胡坐をかいてフヨフヨと俺の周りを漂い始める
ていうか味方!?
めっちゃ心強いけどなんで!?
「私はさ。今の風が好きなんだよね」
「は……はぁ」
「アイツら風を変えたり汚したり壊そうとしたりしてるからさ、私は君に勝ってもらいたいわけ」
「アイツらって……それって転せ……」
「あーっと待った! あんまり教えるとデスっち達に怒られるからさぁ。ここまでってことで」
「ちょい!!」
「アッハッハ!! ゴメンゴメン! でもまあ、この世の風は君たちの味方ってことだけは覚えといて。明日のお昼も楽しみに待ってるからさ! アッハッハッハッハ!!」
そんな大笑いを残し、風の魔女と美しい景色は消え、ミコトの膨れっ面がドアップで現れる。
あ……あの……。
なんか味方の風とか吹かせてくれませんか……?
「ぷーっス!!」という雄たけびと共に放たれたミコトブレスは、俺の味方ではなかった。