第14話:ウィスター湖のオアシスアンコウ 前代未聞の泳がせ釣り
大砂漠地帯に穿たれた青い三日月。
それがウィスター湖だ。
遠浅の砂泥がしばらく続いた後、水深がズドンと数十m下へ落ち込んでいる。
地殻変動で開いた割れ目に雨水が溜まったのだろうか?
それとも、遥か地下を流れる水脈が砂漠の底の岩盤を今なお削り続けているのだろうか?
この湖の誕生には様々な要因が存在するのだろうが、生憎、俺は地質学者とかではないので、そういうのは全く分からない。
俺が調査できるのは、魚が居るかどうかだけだ。
「おっとと……。これは意外と足を取られるな……」
遠浅の水域に一通りシャロ―ランナーを通してみたが、何の反応もないので、俺はウェーダーを装着し、立ちこみにシフトした。
水底の砂泥は結構粘土質で、歩くだけでも一苦労だ。
ドロアンコウが生息している、フラウンド森林の泥沼を彷彿とさせるゆるく、深い泥。
膝下辺りまで泥で埋まり、身動きが取れなくなったので、飛行スキルを部分使用し、ホバー移動で進む。
良質な泥と水を湛えた恵みの湖だが、同時に命を飲み込む恐ろしい大自然トラップでもあるようだ。
実際、所々に大型獣のそれと思われる背骨や頭蓋骨が沈んでいる。
こういうとこもあそこの沼っぽいな…。
ドン深のカケアガリを目前に、俺は奇妙な光景を目にした。
青く暗い水底へと続く、断崖絶壁のような急斜面に、木が生えているのだ。
流されてきた流木とかではなく、青々とした葉をつけ、赤く大ぶりな実をつけた、明らかに生きている木……。
ほほう……。
厳しい環境では変わった生存戦略を取る生物が多いと聞くけど、この木もそういう感じなのかな?
赤く大きな実は、動物とかに食べさせて、タネを遠方へ運んでもらうため……とかだろうか?
もしかしたらコレを食う魚……マリクイアゴダイみたいなのも生息してるかも……?
そんなことを考えながら、赤い実を穂先でツンツンと揺らしていると、突然、脳内で感知スキルのピークがけたたましく鳴り響いた。
同時に、眼前で眩い閃光が走り、視界がホワイトアウトする。
な……なんだ!?
「テレポート!!」
俺は咄嗟にテレポートで数十m上空へ飛び、迫っていた何かを回避した。
眩む目を労わりながら、眼下を見降ろすと、俺が立っていた場所に青黒い大穴が空いている……。
いや違う!!
青黒い、湖の水底とそっくりな色の魚が浅瀬に乗り上げてるんだ!!
その体形は完全にアンコウの類。
胴体を振って視界を動かし、消えた獲物を探し回った後、不貞腐れたように深みへ潜り、再びその疑似餌部分を浅瀬へと伸ばした。
うわ……危ねぇ~……。
少しでもテレポートが遅かったらあの大口に飲まれてた……。
よくよく見ると、似たような木がいくつも湖面に点在している。
それらは主に浅瀬、もしくは巨岩の石柱たちの根元に見受けられた。
似たような実をつけた木々が陸地や小島、石柱の中腹に存在しているのを見るに、それらを主食とする生物をおびき寄せて捕食するらしい。
あの閃光は近づいた生物の動きを止めるための特技だろう。
何を光らせてんだ……?
まあ、それは釣り上げれば分かるだろう。
問題はどうやって掛けるか、だが……。
木の実に似せた赤い球体への刺激に反応して襲い掛かるものと仮定し、安全そうな距離から赤い球体にメタルジグをぶつけてみたが、何の反応もない。
やはり、水中から獲物のシルエットくらいは見ているのだろう。
となると、置き竿にして、俺があの赤い球体を突いて、出てきた瞬間竿の元にテレポートしてフッキング……とかか……?
いくらなんでも危険すぎるよなそれは……。
その辺の草食動物に針をつけて、疑似餌までけしかけるとか……?
いや、それは難易度が高すぎる。
迂闊に反撃食らって怪我でもしたら困る。
うーん……。
どうしたもんか……。
オアシスアンコウ(即席命名)の疑似餌を見つめながら唸っていると、後ろから「せんぱーい! 砂風呂空きましたよー!」という声が聞こえてきた。
……。
ああ。
そう言えばあの子丁度いいスキル持ってたな。
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「「うぇぇぇ……本当にやるんですか~?」」
「いいじゃん、いいじゃん。スキルは使えば使う程魔力の消費量が減るし、性能も上がって応用が利くようになるんだからさ。こういう時に練習しときなよ」
「「練習って……こういう用途で使って練習になるんですかぁ~?」」
そう言いながら、襟首にサメ用の巨大針をセットされているのは、愛ちゃんの分身。
彼女の分身スキルを使い、人という生餌を使った、前代未聞の泳がせ釣りをしようという寸法だ。
本体は今、俺の隣で同じような動きをしつつ、同じ言葉で文句を言っている。
分身スキルを本体の挙動から完全に独立して動かすには、相当の慣れとスキルのレベルアップが必要なようで、愛ちゃんはまだまだ鍛錬が足りないらしい。
「「じゃあ……行きますよ? 一回きりですからね?」」
その言葉を最後に、愛ちゃん本体は「ふん!」と息み、分身はロボットのような動きで前進を始めた。
低レベルな愛ちゃんの分身は、本体よりも大幅に軽い。
泥の中で沈み過ぎることもなく、確実に疑似餌の方へ走っていく。
やがて、分身ちゃんは俺を襲ったあの疑似餌の前まで辿り着き、手に召喚した長い棒で赤い実をツンツンと突き始める。
すると、赤い実をつけた疑似餌がゆらりと揺れ、直後、銀色のスクリーンのような器官を備えた大口が湖面から浮上し、バチッ!!と激しく発光した。
マジか!
あれ口の中から閃光放ってたのか!
「きゃああああああ!!」
愛ちゃん本体が悲鳴を上げて腰を抜かすと、分身ちゃんも同じように腰を抜かし……。
ああ!!
胴体からバクッといかれた!!
ありがとう分身ちゃん!
君の犠牲は無駄にしないよ!!
俺は渾身の力でアワセを入れ、アングラースキルを全開で発動させた。
ショアジギングロッドが満月のように曲がる。
うおおおおお!!
凄い重量感!!
体長は多分7~10mくらいだ。
サメ連中に比べたら大したことじゃない!
全身に力を籠め、ファーストランを耐える。
ドロアンコウと同じく、遊泳力はあまり高くないようで、引き出されるラインの量は大したことはない。
だが、激しい首振りで体が揺さぶられる。
ぐぬぬぬぬ!! なんのなんの!
パワーだってヒゲウバザメのが凄かった!
全然獲れる!
ファーストランを耐えた後、俺はすかさずリールを巻き、深みに逃れようとするオアシスアンコウを浮かせにかかった。
湖面がグワッと盛り上がり、深い水底と同じ美しい濃紺色の背中がベージュ色の浅瀬に浮かび上がってのたうち回る。
よし……。
あとはこのまま空気を吸わせて大人しくなったらずり上げるか……。
等と、俺は既に勝った気でいた。
が、砂漠の生物は想像以上に強かだった。
何と、腹びれが進化したものと思しき2本1対の“足”で遠浅の砂地に立ち上がり、こちら目がけて突進を始めたのだ!
「嘘っ!?」っと、思わず声が出た。
俺はそれでもリールを巻き、糸ふけを取って竿を横に倒して突進を制しようとした。
幅広な巨体が右側に大きく傾き、バランスを崩して砂泥にめり込むように転倒する。
よし! あとは止めを……!
が、相手もさるもの、大口を開け、その上下左右に付いている銀色の膜を展開し、あの閃光攻撃を連発しながら、ズリズリと後退していく。
そうはいくか!
俺は偏光グラスを目元に召喚して閃光を防ぎながら、ロッドを立てて片膝をつき、指先をオアシスアンコウへと向ける。
大きく息を吸い、魔力の流れを収束させていく。
一応、皇宮の魔法使いさんに色々指南を受けて、ある程度はモノにした技だ。
前みたいに情けない放射はしない……。
大丈夫……!
多分……!
と、思っている間に、冷凍ビームが発射された!
うわ! ちょっと早すぎだろ!!
想定よりも早く放たれた冷凍ビームは、まず魚体を大きく逸れた先に着弾し、湖面を凍結させた。
攻撃に驚いて暴れ出したオアシスアンコウの引きを再び耐えつつ、今度は確実にその頭部へ光線を撃ち込む。
ビクビクビク!と魚体が激しく痙攣し、やがて、動かなくなった。
冷気が脳と神経に達したのだ。
ふぅ―――!
取り込みと同時に神経氷締めまで出来ちゃうとは……。
この技便利過ぎる……!
「わぁ! 凄いです! ていうか先輩、冷凍ビームあんなに早く出せるようになったんですね! 驚きました!」
「ああ、ありがとう。多分コレのおかげだと思う」
餌になるというかつてないアシストをしてくれた愛ちゃんと軽くハイタッチを交わしつつ、女騎士ちゃんがくれた魔法速射の指輪を指でなぞった。
そういえば彼女もここに来てたはず……。
ああ、そうだ。
せっかくだし、このアンコウでも御馳走しようかな。
俺はオアシスアンコウにロープを結び付け、飛行スキルの形質変化を使ってキッチンテントまで引き摺って行った。