第12話:運命の場所へ
「さて、それでは出発致します。準備は宜しいでしょうか」
色々と準備をしていたら、早魔女会議一日前だ。
赤い絨毯で彩られたミガルーの船内。
ショタ陛下が帝国皇帝の正規軍服に身を包み、俺と愛ちゃんに目配せをする。
無駄に豪勢な椅子に座らされた俺と愛ちゃんは、変な緊張を覚えつつ、頷き合った。
乗り合わせるのは、分厚い礼服に身を包んだ法王サマ。
いつかのメガネ地味美人さん。
お馴染みの女小隊長。
そして先輩とミコトの合計8人だ。
「両翼保持甲板展開準備ヨシ! 係留ロープ解放ヨシ!」
甲板作業員の方々が「ピシッ、ピシッ」と美しい指さし確認をすると、タラップが船体に引き上げられ、防寒性に優れた分厚い扉が閉められる。
同時に、ミガルーの巨体を両側から支持していた専用甲板が左右に開き、白銀の鯨が空中へと浮かび上がった。
あれ?
操鯨師の人は?
「魔女会議ん時は、皇帝自らが飛行クジラを駆って会場に接待役を送るっつー伝統があんだよ。よく分からねぇけどな」
後ろの席から聞こえてきた先輩の言葉通り、皇帝陛下は自らミガルーの操舵室に入り、その舵、即ちテイムラダーにそっと手を添えた。
陛下が握った部分から柔らかな光がラダー全体へ行き渡ると、ミガルーがゆっくりと、しかし確実に前進を始める。
このテイムラダーとは、獣を操る技能者、即ちテイマーが使う笛とか杖とか鞭の凄い版みたいなもので、飛行クジラのような超大型の獣を使役することができる。
俺にはテイマー適性が殆ど無いので分からない世界だが、なんでも獣と自身の魔力を連結させて使うものだとか何とか……。
「陛下……! あいも変わらず素晴らしいテイムです……!!」
とか女小隊長が感涙を流しているあたり、相当凄いのだろう。
実際、殆どGを感じるでもなく、帝都の飛行甲板はみるみる小さくなっていく。
前に砂漠まで乗った時とは大違いだ。
雲を貫いて上昇中の飛行クジラは普通、結構揺れるのだが、陛下の操るミガルーはまるで風と一体となったかのような印象さえ覚える上品な運行である。
「陛下はその剣技、魔法もさることながら、テイムの才は過去最高と言われておられるのだ。幼少の頃より持っておられる“マナの声を聴く才”が、飛行クジラやヒポストリ、その他様々な生物達と接することでますますの磨きを……」
と、ベラベラ聞いてもいないことをレクチャーしてくる人が煩い以外は、かつてないほど快適な空の旅である。
国のお偉方が同席しているので、特に会話をするでもなく、穏やかな時間が過ぎていく。
ブランケットを腰まで掛けなおし、窓の外を見ると、天を貫く世界樹の枝葉が朝日を受けて瑞々しく輝いていた。
世界樹の横を飛んでるってことは、砂漠はもうすぐだ。
「皆さん! しっかり掴まって!!」
突然皇帝の声が船内に響いた。
なんだ!? と思う間もなく、機体(鯨体?)が激しく揺さぶられた。
うわぁ! 何、何、何!!?
チラリと見えた窓の外、黒い影がサッと通り過ぎた。
「ジェットワイバーンです!! 少しばかり揺れますよっ!!」
今度は体がふわりと宙に浮いた。
シートベルトなどないこの世界。
乗員は法王サマを除いて全員が椅子から放り出される。
どんな保持力してんだ!?
ていうか寝てねぇかこの人!?
そうツッコミを入れる間もなく、今度は雲を裂いて急降下を始めるミガルー。
灰色の雲しか見えなくなった窓の間近を黒い噴流がサッと通過した。
ワイバーンのブレスだ! 危ねぇ!!
ジェットワイバーン。
ジェット(黒玉)のような美しい艶を持つ飛竜。
極めて狂暴で人里や街を頻繁に襲う上に、鱗が装飾品として高価なことから優先討伐対象とされ、大陸では一部高山地帯を除きほぼ絶滅。
翼の内部に暗黒の魔力を蓄え、それを翼端から噴射することで高速飛行を行う。
口から放たれるブレスは飛行クジラを一撃で墜とす破壊力があると言われる。
「らしいっス!!」
「丁寧な解説助かる!」
モンスター図鑑を片手に俺の横まで滑り落ちてきたミコトを抱き留め、俺は手近な支柱と自分達の体を水汲みバケツ用ロープで結わえ付けた。
女隊長も地味メガネさんを庇って抱きかかえ、手近な支柱にしがみ付いている。
流石素早い判断力!
そして「総理! 大丈夫ですか!」とか声かけてる……。
え! その人が帝国議会の総理大臣なの!?
「オイ! ユウイチ、手ぇ貸せ! ミガルーを守んぞ!」
船室の梁に引っかかっていた愛ちゃんをロープで手繰り寄せていると、頭上から先輩の声がする。
見ると、既に先輩は後部の窓から身を乗り出して、飛来する飛竜目がけて電撃を放ち、応戦を始めていた。
「手ぇ貸せったって……。俺飛竜に有効打与えられるような飛び道具持ってないですよ!?」
「別にいい! オメーはアタシの指示に従っとけ! オラ! さっさと来い!」
そうこうしている間にも、陛下はミガルーを大きくロールさせ、ジェットブレスを間一髪で回避した。
最早四の五の言っていられる状況ではない!
ミコトの方を見ると、彼女はコクンと頷いた。
よし、任せろ!
俺は自分のロープを消し、飛行スキルを全開にして、先輩の待つ後部昇降口へと飛んだ。
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「絶対にビビんなよ。ビビったら皆まとめてお陀仏だかんな」
「了解っす……!」
ミガルーの体の上、ほの暗い雲海に沈む白い孤島の上に俺と先輩は立っている。
俺にロープでしっかりと固定された先輩は、少し動きづらそうに身を捩り、両手を宙へ掲げ、その掌に淡い電撃の光を灯した。
「おいガキ! 今から何があっても回避行動取んなよ!!」
先輩が操舵室目がけて叫ぶと、「了解」を示すベルの音と、「貴様あああああ!! 陛下に向かってガキだとおおおおおお!?」という轟音が返ってくる。
「ま、今のはいい撒き餌になったろ」
そう先輩が言うと、雲の向こうで黒い物体が怪しく光った。
来た……!
俺は先輩の体を挟むように両腕を伸ばし、黒く光る翼へと狙いを定める。
「大丈夫だ。死なせやしねぇさ。アタシのタイミングに合わせてくれりゃいい」
「はい」
雲の水滴が頬を濡らす。
風は恐ろしく冷たく、水と風のダブルパンチで急激に体の熱が下がっていく。
だが、今の俺にはその冷気が神経をより尖らせてくれる気さえしていた。
「ジャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
激しい咆哮と共に、黒飛竜が俺と先輩目がけて突っ込んできた!
そしてその口がガバっと開かれ……!
「今だ!!」
「アイスブラスト!!」
黒飛竜のブレスが俺の氷魔法と激突し、激しく爆ぜる。
威力ではあちらの方が数段上だろうが、連撃の腕輪の効果でブレスに対して二段ヒットするため、減退させて持ちこたえるだけなら必要十分だ。
飛行に特化したために、ブレス袋の容積を小さく進化させた飛竜種のブレスは決して長くは続かない。
やがて、襲い来る魔力の噴流が急速に衰え始めた。
あとは……先輩の出番だ!
「はあ!! サンダーナイフ!!」
俺が合図をする必要もなく、最適なタイミングを感じ取った先輩が、ナイフ形に形質変化させた雷を黒飛竜目がけて投げつけた。
「グギャアアアアアアン!!」
そのナイフは黒飛竜の口内に突き刺さり、敵は悲鳴のような咆哮を残してミガルーから急速に離れて行く。
「あばよ」
そう言って先輩が指を鳴らした直後、雲の向こうでピカピカと稲光が走り、バキバキと何かが砕ける音、そして黒飛竜の断末魔が鳴り響いた。
雲の中にある雷マナを掴み、ミガルーに害がない距離で電撃ナイフ目がけて雷が殺到するように操作したのだ。
すげぇ……。
「よくやったぞユウイチ。ほれ」
そう言って掌を俺に向けてくる先輩。
俺はそれに自分の掌をパシッと合わせ、軽いハイタッチをかわした。
その間にミガルーは世界樹の雲海空域から抜け出し、一気にまばらとなった雲の下には、広大な砂漠が広がった。
「今のがアタシら最後の共同戦にならねぇよう、しっかり頼むぜ? アタシはまだお前らと冒険続けてぇからな」
そう言って進行方向へと向き直った先輩の見据える先には、砂の海の中でキラキラと輝く小さな点が見えた。
あの湖が運命の場所だ。
不可解にも、その湖の上空だけは夜空のように濃紺色に染まり、星々が光って見えた。