第10話:伏せられた一矢
「なんか、ガランとしちゃったな」
「そうですね」
愛ちゃんに誘われて訪れた鍛錬場。
ほんの数日前までは皇立騎士団の面々が熱気あふれる修練を行っていた場所だが、今では人っ子一人いない。
魔女会議開催まであと3日。
騎士団は隊ごとに区分けされて南西の砂漠へと次々出発し、皇都にはあの女小隊長と、ごく僅かな防衛部隊を残すのみとなっている。
防衛部隊は老練な方々が主体なので、鍛錬場を使うのは俺達くらいだ。
「あ、急な鍛錬にお付き合いいただきありがとうございます」
そう言って思い出したように頭を下げる愛ちゃん。
律儀だな君は。
「いやいや、別にいいさ。ミコトも先輩も忙しそうだしな」
そう、ミコトと先輩は今手が空いていない。
ミコトは皇宮の料理人方からレシピを教えてほしいとの要望が殺到し、今は炊事棟で料理教室を開いている。
シャウト先輩は女小隊長と共にアルフォンシーノギルドへと、魔女会議当日の協力者を募りに行っている。
先輩には「オメーらは当日までしっかり体休めとけ」と言われているのだが、流石に何もせずグータラ過ごしていては、騎士団の皆に示しがつかない。
そんな責任感に駆られた愛ちゃんは、最後まで鍛錬を怠らないことを決めたようだ。
無論、その責務は俺も感じている。
誘われるまで水路に釣り糸垂らしてたが、間違いなく感じている。
「ルールは何でもありで良いですか?」
そう言って、彼女は武器召喚スキルを使い、木刀をその手に出現させる。
左手にはあの魔法弓「モンスター・ジャック」が握られていた。
どうやら、ガチ模擬戦をする気らしい。
「いいけど、死ぬようなことするなよ?」
俺も使い慣れた双剣と同じくらいの木刀を選び、腕輪、指輪を完全装備で臨む。
一応、俺は2年先輩。
そう易々と縮められる経験値差とは思っていないが、彼女は堕落しがちな俺とは違って努力の人だ。
いつ土をつけられてもおかしくはない。
「流石に全スキル全開で行ったら俺が勝つだろうから、君が俺を追い詰めるごとにスキルをアンロックしていくよ」
「むっ……。余裕シャクシャクじゃないですか……。では、このコインが落ちた瞬間から一回戦開始でお願いします」
そう言って彼女がトスしたコインはクルクルと小気味よく回転し……。
よく整備された鍛錬場の床で軽快な金属音を立てた。
直後、眼前に短い木刀が飛んできた。
うわ! 初っ端から容赦ねえ!
飛行スキルを足へ部分展開し、高速横滑りで回避する。
愛ちゃんはその先を読むように、魔法弾を射ってきた。
可愛げの欠片もない連続攻撃に、俺は早くも防戦一方だ。
しかし、俺の役割は本来これ。
避けて、避けて、避けて避けて避けまくって味方の攻勢をアシストする前衛回避タンクが最も得意とする戦法なのだ。
愛ちゃんは俺に反撃の機会を与えまいと、魔法弾、召喚木刀投げの波状攻撃を仕掛けてくるが、今更そんな攻撃を食らう俺ではない。
彼女の攻撃を掻い潜りながら接近し、双剣を打ち込む。
「きゃっ!」
連撃の腕輪が生み出す右腕の2連撃が、彼女の手に握られた剣を吹っ飛ばす。
普通ならここでほぼ勝負ありだが、武器召喚が出来る彼女にそのルールは通じない。
すぐさま木刀を召喚し、俺に投げつけてきた。
俺は双剣でそれを弾き、一歩後退する。
その隙に愛ちゃんはバックステップで大きく下がると、今度は木ナイフを召喚し、それをモンスター・ジャックに沿わせるように構えた。
ん?
なにかする気だな?
と、思うが先か、炎を纏った木ナイフが凄い勢いで飛んで来た!
俺はそれを速射のウォーターシュートで撃墜する。
今の当たったら普通に怪我するやつだろ!!
その間にも、2発目、3発目が飛んで来る。
たまらず俺はオートガードをオンにして、その猛攻を弾く。
強固な魔法障壁に妨げられた召喚剣は消え、火の子だけが辺りにぱらぱらと飛び散った。
「どうですか先輩! 私も日々強くなってますよ!」
俺から飛行スキルに続き、オートガードを引き出したことを嬉しく思ったのか、彼女は目を輝かせながら微笑む。
君ちょっと怖いな!!
しかし、ここまで危ない攻撃を仕掛けてきたからには、君も多少理不尽な攻撃に遭う覚悟があるんだろうな……?
何でもありと言ったのはそっちだぞ……?
あまりムキになる方ではないが、流石にこうも攻められっぱなしでは面白くない。
俺もギアをひとつ上げていく!
「アイススモッグ!」
「ひゃあ!?」
俺の両手から放たれた冷気の塊が空中で爆発し、辺りを冷気のミストが覆う。
飛び散っていた火の粉が瞬く間に消え、白い蒸気となってさらに濃い白霧を形成する。
愛ちゃんは火炎魔法や長木刀による切り払いで霧を消そうとするが、生憎、冷気を晴らすことができるのは風魔法だ。
そして彼女はまだ風魔法を会得していない。
大人げないが、勝負は勝負。
俺は形質変化飛行スキルで音もなく動きながら、フロロバインドを発動させた。
「ひうぅ!」という悲鳴と共に、霧の向こう側で影がクネクネと藻掻き、倒れる様が見える。
よし、勝負は決した。
俺はその影にそっと近づき、首筋に木刀を這わせる。
そして、「勝負あった。な?」と、横たわる愛ちゃんに勝利を宣告した。
随分と多彩なスキルを引き出させてくれたが、天下の宝刀であるテレポートまでは引き出せなかったな……。
ものすごい追い上げだが、戦力としてはまだ俺の方が一日の長アリってところだ。
まあ、先輩としての格は保てただろう……。
そんなことを考えていると、突然、キン!という感知スキルのピークが立った。
同時に、俺の足元に転がる影が小さな火花を散らしながらグズリと崩れる。
!!
「くっ……! 隙……ありです!!」
彼女が俺の背後から放った魔法弾は俺のいた場所を大きく逸れて通過し、霧の向こうへと消えた。
「今度こそ勝負あり……」
俺はテレポートで愛ちゃんの背後に回り込み、木刀で肩をトンと叩いた。
さて、今の技のトリックを教えてもらおうか……。
そう思った矢先、愛ちゃんは全身の力が抜けたかのように、ふらりとよろめき、俺の方へと倒れてきた。
おっと!!
危ない危ない!!
荒い息をする愛ちゃんを抱き留めながら、俺は彼女が見せた異様な姿を脳内で反芻する。
愛ちゃん……今の……。
俺前に見たことがあるぞ……。