第8話:料理の釣人
早朝に馬鳥車を回してもらい、俺達は借家へと向かう。
朝靄に包まれた皇都はいつにも増して荘厳な印象を受ける。
だが、その外観に反して、辺りを駆ける人々はいやに騒々しい。
皇立騎士正式鎧に身を包んだ騎士団員や、皇立腕章をつけた補佐団員達が忙しなく駆け回り、多数の戦闘用馬鳥車が城壁の外へ繰り出して列をなし、普段は隅っこの一つしか稼働していない炊事場の煙突が凄い勢いで白煙を噴き出している。
昨晩、あの子が言ってた通り、皇立騎士団の数部隊と土木部隊が先鋒として砂漠へ旅立っていくのだ。
俺達の馬鳥車は、丁度彼らが整列している広場をぐるりと迂回するように走っていくので、その全容や、人々の動きがよく見える。
よく目を凝らすと、手合わせをした人らも何人かいた。
叱咤激励するお偉いさんの言葉に耳を傾けているのだろうか、俺達に気付く様子はない。
砂漠は大型モンスターの宝庫と聞くし、皆無事で任務を終えてもらいたいものだ……。
俺は連撃の腕輪に装着された指輪を指でなぞりつつ、あの子の、そして彼らの武運を祈った。
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「何だその妙な物体は……?」
俺達が借家から持って来た食材を、怪訝そうな表情で見つめる小隊長。
彼女の後ろに並ぶテーブルには、この大陸で手に入るであろう、最高級の食材たちが山と積み上げられている。
なんかこう……。
意味もなく一つ手に取り、齧ってしたり顔をしたり、怪しい笑みを浮かべながら鉄人を召喚したくなるね……。
「これはフカヒレってものでしてね。最近東方の暗黒大陸から侵入してきた、この大陸における新種の魚からしか取れない食材なんですよ」
「なんだと!? それではこのオーダー、勝ったも同然というわけか!」
「ええ、ただ俺と同じ暗黒大陸からの渡来者達がネックではありますが、正直コレ、目が飛び出るほど高額な物なんで、連中で食べたことある人はまずいないかと」
そう、ウバザメのフカヒレ「天九翅」(テン ジウ チー)は極めて希少で、恐ろしく高価だ。
俺も展示されているものを見たことはあるが、食べたことはない。
まあ念には念を入れて、これを使ったメニューをいくつか作っておけば、最悪どれかは「誰も食べたことのない料理」の条件を満たせるだろう。
「うわ~……。コレ全部使って良いんスか? 腕が鳴るっスねぇ」
ミコトは早くも積まれた食材たちの物色を始めていた。
各地の最高級食材だけあって、調理前の段階から既に旨そうだ。
畜産品や農作物はまだ品種改良途上で、色々と至らない部分はあるが、キノコ類や山菜類、そして魚介類の品質は素晴らしい。
これらとフカヒレを合わせれば、素晴らしいランチメニューが出来上がることだろう。
「早速フカヒレメニューを……といきたいとこっスけど、これ戻すのに1日かかるんスよね……。とりあえずフカヒレ入れるスープとかソースとか作るっスよ」
そう言いながら、ミコトは沸き立った湯にフカヒレを投入し、丸鶏の塩揉みを始めた。
俺も根菜やキノコ、香草を手に取り、刻んで鍋に投入し、弱火でそれらを煮込みながら灰汁取りをする。
横を見ると、ミコトが丸鶏を太い鉄串に刺して、豪快に火で炙り、余分な水分と脂を落としつつ、香ばしい風味をつけにかかっていた。
ミコトが炙った丸鶏を俺の鍋に投入すると同時に、鍋の面倒見をバトンタッチ。
俺は鉄鍋にランプレイ産の油を熱し、スパイス、香草、刻んだ干しオオビーナス貝、刻んだイノシシの干し肉、カニミソとカニの内子、干しエビ……、そして持参した手間味噌に自家製魚醤、ターレルにもらったキージャ・マを投入してじっくりと炒める。
うおぉ……。
ものすごいうま味を含んだ湯気が立ち上ってくる……。
即席とはいえ、いい感じのXO醤が出来上がった。
「雄一さん、こっちはもういけるっスよ」
「ああ、こっちもいい感じ」
俺が即席XO醤をスープ皿に入れると、そこへミコトが少し白濁した丸鶏と野菜のスープを注ぐ。
白かったスープが赤茶色に代わり、フカヒレ料理の基礎となるスープが出来上がった。
うん! いい香り!
「フカヒレはこのまましばらく漬け置きっス」と、ミコトはフカヒレの鍋を煮零し、冷水を注いで保冷庫にしまいに行った。
その間に、俺は小麦麺をさっと茹で、葛粉でとろみをつけたスープに合わせ、海鮮の具を沿えてちょっとしたあんかけそばに仕上げる。
「お待たせしました、フカヒレの代わりに小麦の麺を使ったあんかけソース麺です」
そう言いながら、客席の3人に配膳すると、皆がキョトンとした顔で俺の顔を見上げてきた。
ん?
何か……?
「いや、なんつーか、お前らの動きがいよいよ完成されてきたなって……」
「凄かったです……。もうなんか、全ての動作に無駄がないというか、お二人の連携精度が高すぎるというか……」
「相当時間が経過しているのに、全く待たされた感がない……。恐るべき技術だ……」
とか、言ってくる。
ふと壁に設置された振り子時計を見ると、調理開始から1時間近く経過していた。
マジか。
集中しすぎて気がつかなかった……。
まあ、今そんなことはどうでもいいことだ。
お味の方はいかほどで?
「おお!! これは美味だな! こんな麺料理は食べたことがないぞ!」
早速一口食べた小隊長がカッと目を見開き、感嘆の声を上げる。
しかし、その一方で……。
「ああ、こりゃ旨いぜ。ちょっと奥行きが足りないかもしれねぇが……」
「ですね。口に含んだ瞬間は無茶苦茶美味しいんですけど、飲み込む瞬間には少し味気が寂しく感じます」
と、ウチのパーティーの反応は少し鈍い。
どれどれと俺も麺を啜ってみる。
………。
……。
うん……。
確かに一口目はXO醤とスパイスや調味料の風味、鳥のブイヨンの風味がクワっと迫ってくるけど、麺を噛み、喉を下らせる時には寂しげな麺の風味だけになってる……。
保冷庫から戻ってきたミコトに食べさせても、同じ反応が返ってきた。
足りてない……。
何かが足りてない!
とろみをつけていないスープを啜ってみるが、やはり、喉に流れていくまでに味が薄れていく。
フカヒレには味がない。
つまり、このスープこそが料理の決め手となるわけで、このままの何かが欠けた味でお出しするわけにはいかないのだ。
困惑する小隊長をよそに、無駄に舌が肥えてしまった我らがシャウトパーティーは食材の山を見つめながらああでもない、こうでもないと思案を始める。
魔女会議開催6日前の太陽が、早くも西に傾き始めていた。





