第7話:約束の指輪
「どうする……! どうするどうする!!」
俺からの報告を聞いた小隊長が動物園の熊のように部屋をグルグル回る。
騎士団上層部や帝国議会の対策委員会、皇宮も判断に困っているらしく、何の指示もないまま、カラスの号令の後最初の1日が終わろうとしていた。
「まさか魔女達は実現不能なオーダーを出して、それを理由に破壊活動を行うつもりなのか……? 愉快犯的な事件は確かに過去何例かあるし……。 くっ!! 貴様たちも少しは焦ったらどうなんだ!?」
そんなことを言いながら、思い思いにくつろいでいる俺達の方をビシバシと指差してくる小隊長。
そう、俺達は意外と冷静。
帰りのミガルーの中でよくよく考えてみたのだが、俺達には有力な手札が結構あるのだ。
というより、おそらく魔女の方々はそれも見越して俺と愛ちゃんを選んだのだろう。
「大丈夫です。何とかしますから」
「明日、朝一でアルフォンシーノの借部屋まで馬鳥車出してくれ。アタシらはボチボチ寝るぞ」
「ほ……本当に大丈夫なのか!? そんな素振りで逃げるなど許さんぞ!?」
小隊長はそう言い残すと、素直に部屋から出ていった。
いやぁしかし……。
しんどい思いしてダンジョン潜ってた甲斐があったってもんだ。
今日は暑かったり寒かったりで随分体に疲れがたまったので、俺は軽く温浴場で体を清めた後、早々に部屋へ戻り、寝床につく。
毎晩尋ねてきては、眠くなるまで一緒にゴロゴロしているミコトも、今日は大あくびで自室へと直行していた。
何はともあれ、魔女会議自体は何とかなりそうでよかった……。
よかった……。
夢現の中で、保冷庫に吊るされた最終兵器を用いたレシピを思案していると、ピシリ、ピシリと奇妙な物音が聞こえてきた。
木製家具やベッドの軋む音ではない。
ガラスに何かが当たるような……。
「敵か!?」
こんな小さな物音でも、まどろみの中から即復帰できるとは、我ながらなかなかの成長だろう。
俺はベッドから飛び起きると即座に身を屈め、音のする方、即ち部屋の窓ガラスの向こうに目をやった。
ピシピシと音が聞こえる向こうからは、拳大の影が浮かんだり、消えたりしている。
感知スキルを集中させてみたが、敵意は感じない。
これでおびき寄せて矢で眉間をガスンとかそういうのではなさそうだ。
誰かが俺を呼んでる……?
俺は恐る恐る立ち上がり、窓から外を見てみた。
すると、人影が窓枠の下からスクっと立ち上がってくる。
うわっ!? と、声を上げそうになるのを堪えてその人影をよく見つめると、あの100戦目を戦った女騎士ちゃんだった。
「ユウイチ様。夜分に申し訳ありません」
「君は……。こんな時間に出歩いてたらお仕置き部屋行きになるぞ……?」
「ええ。それは覚悟の上です」
と、無駄に意志の強そうな表情で頷く女騎士ちゃん。
そんな覚悟で俺に会いに来てくれるとは、俺も随分モテるようになったもんだと自嘲気味に返すと、彼女はクスクスと上品そうに笑った。
「実は、ユウイチ様にお渡ししたいものがありまして」
そう言いながら、彼女は小箱を差し出す。
中に入っていたのは、二度目の手合わせの時、彼女が装着していた魔法速射の指輪……。
「これは……」
「この指輪を、しばらく預かっていてほしいのです」
「ほ……ほう……その心は?」
「武運を祈るお守りみたいなものです。私たちの騎士団には、親しくなった者、もしくは好敵手と認めた者が戦地に赴くとき、互いの装飾品を交換し合うことで、無事を祈り合う習わしがあるんです」
ふむ……。
俺達が冒険者カードを見せ合って無事を祈るのと似たようなものか……。
皇立だけあって、俺達のより随分と豪勢な願掛けじゃないか。
しかし魔女会議はまだ数日先なのに、随分気が早いね君は。
「いえ、私達の部隊は明日より、魔女会議の会場設営部隊防衛任務のため、一足先に砂漠へと出発致します。今夜くらいしか機会がないと思いまして」
「えぇ!?」
「しっ! 声が大きいです! 帰ってきたら100戦目ができるように、武運を祈っていますからね……!」
そう言って、彼女は身を翻し、走り去ろうとした。
俺は咄嗟にその手を掴み、引き留める。
そりゃそうだ。
これじゃ習わしに沿ってない。
俺からも彼女に何かを託さなければ……。
と、自身の持ち物を物色してみたところ、ポーチの底から金色のプレートが2枚出てきた。
あ、これは法王サマから貰った“魂を守る札”。
片方は俺の、そしてもう片方は「天使には即死攻撃も魂への呪縛も効かん」と豪語していたコトワリさんからその場でもらったものだ。
持ち主が決まらないまま忘れられていたわけだが、丁度いい。
「ほら、これが俺からの武運祈願のお守りだ」
そう言いながら、プレートを彼女の手に握らせる。
彼女は呆気にとられたような顔をした後「これで100戦目は約束されたも同然ですね」と笑った。
俺も「ああ、それまでにせいぜい実戦を経験して強くなるこったな」と返し、二人で息を潜めて笑い合う。
そしてほんのすぐ後、見回りに来た守衛の目を避けるように、彼女は自室へと帰って行った。
そうだよな……。
小隊長が言ってたように、これは国の一大行事で、俺達の裏では、いろんな人たちが動いてるんだ。
あの子に、そしてこの会議に挑む全ての人たちに見せて恥ずかしくないよう、この大役、全力で全うさせてもらおう。
俺はLEDランタンの明かりを頼りに、その指輪を連撃の腕輪に結わえ付け、再び寝床につく。
窓の外に浮かぶ青い満月は、どこからか流れてきた暗雲に覆われつつあった。