第5話:カラスが来る
騎士団の連中との手合わせは、貴重な経験だった。
ほんの数日間に過ぎないが、これほど多数の相手と一騎打ちをしたことはかつてない。
初めは騎士団で学んできたであろう基礎に忠実で画一的な戦法だった彼らだが、日を追うにつれ、それぞれの独自色を出して俺に挑んできた。
魔法で牽制して斬りかかって来たり、普通に怪我しそうな威力の魔法を連射してきたり、拘束魔法で縛ってきたり、魔法に頼らず腕力だけでひたすら突進を繰り返してきたり……。
俺の戦い方に合わせて学び、変ってくる相手と幾度も手合わせをするのは相当手応えが……いや、手ごたえどころかかなり追い詰められたりもした。
やはり彼らは皇帝の名のもとに集うだけあって才能に恵まれ、戦闘におけるセンスは抜群に高い。
俺は彼らに勝る経験と、二つ名持ちに褒められた勘、そして文字通り天より与えたもうた能力を生かし、彼らの攻略の手をひたすらに躱し、受け流し、あしらい続けた。
そして日が暮れたら彼らの寄宿舎や鍛錬場にお邪魔し、時に食事に混じりながら、時に剣を素振りしながら、他愛のない話や、自分の遍歴を互いに語り合ったり、時にこっそり帝都前の水路で釣り糸を垂らしたりした。
普段何気なく見つめていた川の中から70㎝オーバーのワニグチニゴイが上がってきた時の彼らの顔と言ったら忘れられない。
愛ちゃんは騎士団の女の子達と仲良く話したり、座学に参加したり、一緒に稽古をつけてもらったりと随分充実しているようだし、ミコトが毎日作って持ってくる差し入れは好評だ。
シャウト先輩も、小隊長や他の隊長格と割といい関係を築けている。
なんでも皇立騎士団や皇宮上層部は、俺達が来てから若い連中の雰囲気が活気づいたと喜んでいるそうだ。
あのショタ陛下も大層お喜びとのことで、魔女会議が終わっても顧問として残ってくれないかとか言ってるらしい。
エリート部隊と聞いて、嫌味な連中かと勝手に想像していたが、才気と知性に満ちた、誇り高くも温厚で理知的な彼らとの時間はあまりに心地よく、いっそ皇帝陛下のお言葉に甘えて、このままここに居付いても良いかな、とさえ思い始めた頃、それは突然訪れた。
「ユウイチ様! 空が!」
「おいおい……。このタイミングでそういう騙し討ちは駄目だろ……騎士として、人として」
それは丁度、あの最初の子と騎士団100人斬りの大記録をかけた最終勝負を行っている最中だった。
緊張張り詰めた中で相手がいきなり上を指さしだしたものだから、俺は騙し討ちかと思ったが、周囲の空気が異様なことに気付き、一旦剣を下ろして、空を見上げてみた。
黒い。
そうとしか言えない光景だった。
暗雲とかではない。
黒いペンキをぶちまけたように、黒色が空を覆っていくのだ。
「か……“カラス”です!!」
誰かが叫んだ。
そう、それが「カラス」だった。
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カラス。
まさしく無限とも思われる数の漆黒の翼が空を覆い、中天に輝いていた太陽の光を完全に遮る。
姿こそ鳥のようだが、羽ばたきのたびにその体は不定形に揺れ動き、それがまともな生物ではないことを体現している。
その悍ましい翼が辺りを闇に包んだ時、凄まじい重圧に体が揺さぶられた。
“ナナタビメノ ヒガ チュウテンヨリ サバクノミズウミテラストキ コメンニ ツドエヨ”
“ナナタビメノ ヒガ チュウテンヨリ サバクノミズウミテラストキ コメンニ ツドエヨ”
“ナナタビメノ ヒガ チュウテンヨリ サバクノミズウミテラストキ コメンニ ツドエヨ”
“ナナタビメノ ヒガ チュウテンヨリ サバクノミズウミテラストキ コメンニ ツドエヨ”
声ではない声が、空から降り注ぐ。
そう、声ではない、何か得体の知れないものが、魂を直接揺らしている。
これが……。
魔女会議の号令……!!
カラスはその後幾度も号令を発した後、霧が晴れるかのように消滅し、元の青空が戻ってきた。
壮絶な光景を目の当たりにし、俺は呆然と立ち尽くしていたが、次第に腰から下がひどく重いことに気が付き、目線を下に落とした。
「ゆ……ユウイチ様……」
そこには真っ青を通り越して真っ白な顔でガタガタと震えながら、俺の腰にしがみ付く騎士少女がいた。
「100人斬りは一旦お休み、だな」
俺はその額を人差し指でトン!と突き、彼女を正気に戻しながら言った。
さて、と。
場所は砂漠の湖か。
「先輩! 今の聞きました!?」と駆け寄ってきた愛ちゃんに向き直り、俺は「行くか、オーダーを伺いに」と応えた。





