幕間:4.5話 皇都水路のワニグチニゴイ
生物がその命を紡ぐ限り必ず腹が減るように、釣り人は生きている限り必ず釣り欲に苛まれる。
ちょっとお堅い雰囲気の場所に駐留させられている我らがシャウトパーティーだが、俺はそんな環境とは関係なく、釣り欲をコントロールできない…。
釣り人だもの。
皇都の全部を見て回ったわけではないが、他の街と同じように堀、用水路、地下水道等が通っていて、所々に魚の気配があった。
例えば堀には苔や水草が繁茂していて、カエルや小エビの姿が見受けられる。
水路の一部は近くの川から直接導かれていて、魚が入り込む余地がある。
下水を含む地下水道は、食材の切れ端などが流れていて、水生生物や、それを捕食する魚類、両生類を呼び込む可能性がある。
とまあ、釣学的な見地はさておき、魚が居るなら釣らねばならぬ。
釣らねば俺のメンタル、モチベーション、ひいては魔女会議に臨む士気さえも危うくなってしまう。
そう……。
釣らねばならぬのです。
お分かり?
「分かるような……分からないような……」
「あなた騙されてるわよ! そんな理由で女子宿舎のトイレを覗くわけありません!!」
俺の真っ当かつ極めて合理的な弁明をもってしても、尚も追及の手を緩めない三白眼の女騎士ちゃん。
いや、だから言ってるじゃないか、昼に見つけたいい感じの水路に行こうとフワフワ飛んでたら、たまたま女子トイレの窓の位置に顔が来ちゃったんだって!
それに覗き見ちゃったことに関しては謝ったし!
「ふん! あんな軽い謝罪誰にでも出来ます! 大体、こんなところで釣りなんて有り得ません! 魚はもっと清く広大な河川や海に泳ぐものです! こんな緑に覆われた用水路にいるはずありませんもの!! さあ覗きが目的であったと白状しなさい! そして土下座して詫びなさい!」
そう言ってフン!と鼻息を荒らげる三白眼の女騎士ちゃん。
いやいや、それは誤解というもの。
魚は完全に閉鎖された人工池でもない限り、水場があれば結構どこにでもいる。
流石にこんな事故で土下座の安売りはしたくないし、それに土下座して覗きでしたなんて認めたら、先輩にも迷惑がかかるし、ミコトにも不快な思いさせちゃうし……。
ここは実証して見せるしかあるまいな……。
「分かった。そんなに俺の言い分が信用できないなら、俺が魚を釣り上げる様を見せよう。もし何も釣れなければ、君の言い分通り、俺が釣れもしない魚を言い訳に女子トイレを覗きに来たと認めて土下座でも何でもしようじゃないか」
俺がそう言うと、相手はピクリと眉を動かした。
「む……しかし今はもう帰舎の時間。そんな理由での外出など認められませんし……」
おっと……コレはマズい。
そういう決まりごとにお堅い騎士の子だ。
それを理由に実証不能、俺の判定負けとされてしまってはたまらない。
あまり気の進むものではないが……。
ちょっとイキってみるか……?
「へぇ……俺の言い分が正しかったら都合が悪いのかい?」
とまあ、相変わらず俺のトリックスター舌は想像を超えてうまく回る。
自分でも演技とは思えないような口ぶりがスイと出た。
その名演技(自分で言うのも何だが……)をぶつけられた相手は「んなっ!?」っとその三白眼を見開いた。
「もし、俺の言い分が正しかったのに、君側の都合で実証は認めない、俺が完全な悪者ですなんて決めつけて土下座させたのなら、それは誇り高い騎士のやり方ではないと思うんだけど。それとも、君が背負う皇帝陛下の名ってのは、そんな行為を正当化するためにあるのかい?」
オイオイこれ大丈夫か……と、言ってる俺さえ不安になるような煽り文句がスイスイ出てくる。
逆上して斬りかかってこないよな……?
とか思っていると、女騎士ちゃんは一瞬険しい顔つきになったものの、すぐに冷静な表情に戻り
「確かにあなたの言い分はもっともです。公平公正こそが陛下と皇立騎士団の信条。ならば私もそれに則り、あなたの言い分の正当性を問いましょう」
と言ってくれた。
よし……。
一先ず最悪の事態は回避した。
あとは釣ればなんとかなる……ハズ……。
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「なんで5人もついてくるんだよ……」
「当然です。あなたの戦闘における実力は拝見しました。私一人ではあなたが力ずくの手段に出た場合対処できず、そのままあらぬ弱みを握られてしまう恐れがありますので」
「あらぬ弱みって何だよ……」
「そりゃもちろん暗いとこに連れ込まれて~」
「鎧を剥かれて~」
「乙女の清純を……うばっ……うばっ……」
「要するにスケベなことをされて、それをダシに脅迫されるって班長は言ってるんです」
「そこまでは言っていません!!」
ついてきた班員4人に変な妄想をバラされて赤面する三白眼ちゃん。
いやあの……ちょっとお静かに……。
しかし6人で行動とか見つかるリスク上がるだけなんだよなぁ……。
まあ、都の中にある皇都のこと、そこまで厳戒態勢というわけではないが、時々夜警の人は見かける。
今俺達がやっているのは、そんな夜警の人をかわしながら用水路まで進む、潜入ミッションのようなもの。
まるでゲームとかでたまにある、武器等を取られて身一つで悪の城を隠密探索する場面の再現である。
俺アレ苦手なんだよな……。
しかしまあ、俺は一応招かれてきている立場なので、事情と身分を明かせば基本的には問題ない。
だがこの5人は、見つかったら団の規則違反でお仕置き部屋行きだそうだ。
女騎士のお仕置き部屋とか、俺に襲われるとかより、よほど妄想捗りそうなもんだが。
まあ俺が煽ったわけだから、サクッと釣って宿舎に返してあげよう。
「釣具召喚!」
釣れそうな雰囲気のある、いい感じの水路に到着したので、早速6ftのベイトバスロッド+小型ベイトリール(フロロカーボン12lb巻き)を召喚すると、彼女達は不思議そうに見つめてきた。
釣りに関する知識はあまり無いものと見える。
まあ、そういう人にこそ、見せ甲斐があるというものだ。
「魚は見たことがないかもしれないけど、カエルの鳴き声を聞いたり、炉端でカニやエビが干からびてたりしたのを見たことはあるだろう?」
俺はそう言いながら、ストレートワームのジグヘッドワッキーリグ2gをショートキャストした。
子場所でネチネチ探るには、このセットが意外と面白い。
それに、水の抵抗を大きく受けて、くの字に曲がりながら舞うワームのボディーが、ザリガニやエビがハサミを振りかざしてバックステップする様や、カエルが足をバタつかせて泳ぐ様もイミテートできる……気がする。
「そういう生き物を食べに、潜んでる魚はいると思うんだ。ここの水路は外から引き入れられた川と直接つながってるみたいだからね」
初めはワームを沈めずに、表層を探る。
穂先をチョコチョコと動かして、水面に波紋を作っていく。
水底に繁茂する水草の森から見れば、カエルやエビの類が弱々しく泳いでいるように見えるはずだ。
多分……。
しかし、水面でのバイトはない。
今度はワームを中層まで沈めてみる。
弱った水生生物が水面から沈下し、そして力を振り絞りながら水面へと向かおうとする姿をイメージしながら、リフト&フォールで攻めていく。
2投、3投、4投……。
バイトはない。
マズいな……。
このままだと覗き魔の肩書を背負わされてしまう……。
俺はさらに沈める層を深くし、水深1.5mほどの水底、水草の森の中へとワームを潜行させてみた。
初投で盛大に水草を拾って来たので、大きめのガードが付いたウィードレスジグヘッドに換装する。
次は、水底をカエルが這うように、エビがハサミを立てながら後ろに下がっていくように……。
そんな姿をイミテートしながら、ゆっくり、ゆっくりと誘い続ける。
すると、フワッとワームの重量が穂先から消え、ドン!という衝撃と共に激しい首振りが手元に伝わってきた。
おおおおおおお!
ほら! いたでしょ!
突然大きく曲がった俺の竿に驚き、そしてまさしく固唾をのんで見守ってくる女騎士5人組。
「これが……魚が釣れている状態なんですか……?」と、三白眼ちゃんが聞いてきたので、「そうだよ。いただろ? 魚」と返した。
魚のファイトは首振り主体。
それだけで言えばキバスズキを彷彿とさせる。
が、重量感に対して、パワーが少し弱い。
弱体化したシーバスのようなファイトをする魚と言えば……この世界にもアレに該当する魚がいるのか?
「おー。 上がってきた」
ジト目のクール系女騎士ちゃんが指差した先で、白銀のスリムな魚体が水面を割った。
そのまま一気に寄せ、崩れてスロープ状になっている水路の淵を使い、ずり上げる。
釣り上げた魚はニゴイのような銀色の体に、パイクのような口を備えている。
これは……。
ワニグチニゴイとでも言おうか。
サイズは70㎝くらいだ。
「うわー! こんな大きい魚いたの~!?」
「気付かなかった~!」
「口……すごい怖い……」
双子の褐色金髪女騎士ちゃん達と、気弱そうな銀髪女騎士ちゃんが近くに寄って来て、その魚をまじまじと見つめている。
おっと、あんまり触ってると口が危ないぞ。
夜光ルアーチャージ用のミニLEDライトを召喚して魚を照らしてみると、なるほど、白銀の魚体に対して、その背中は上から見えにくい濃緑色をしている。
下向きに傾斜して付いたワニ口から察するに、川底の生物をその強力な顎で捕えてバリバリ食うような生態をしているようなので、何気なく見ているだけでは気付かないだろう。
「ね? 水場があれば意外と魚はいるんだよ」
そう言って三白眼ちゃんに向き直ると、彼女は何やら服を脱ぎ始めている。
いや!? いやいやいや!!
何やってんの!?
「騎士団の信条を守らず、善良な市民にあらぬ疑いをかけ罵倒した無礼! 全裸土下座でお詫びします!!」
「いや!! そんなんいいって! 分かってくれたならそれでいいって! 俺も事故とはいえトイレ覗いちゃったのは事実だし!!」
「しかしそれでは騎士団の誇りというものが!」
「誇りとか言うなら服脱ぐな! うわ! なんでもうそこまで脱いじゃってんの!?」
鎧のインナーをつけていた彼女は、早くも下着一枚になっていた。
あ、でも、この子胸意外とあって腰も足も適度に太くて素敵……。
じゃない! 服着ろ!
君らも班員なら止めてあげて!
ついてきた4人の女騎士ちゃんズに助けを求めたが、彼女達は皆同じ方向を向いて固まっている。
顔を青くして……。
ん……?
「き……貴様ら……何を破廉恥なことをやっているんだ―――!!」
無駄にセクシーな寝間着を着た、あの女小隊長が窓から飛び降りて走ってくるのが見えた。
三白眼班は助かるまい。
明日はお仕置き部屋だろう。
俺は小隊長のドロップキックで水路に沈みながら彼女らの武運を祈った。