プロローグ:魔女のお誘い
「にゃあ!? どうするにゃお前!?」
「死んでしまいますわ! 生贄ですわこんなの!」
「皇室も議会も法王庁もー! こんな時に何やってるんだよー!」
昼下がりのアルフォンシーノギルド本部はいつになく大騒ぎだ。
騒ぎの中心にいるのは我らがシャウトパーティだが、俺を含めて全員がお通夜のような沈黙を保っている。
お通夜のような、というか、半分ガチお通夜というか……。
「嫌っス……」
唐突にミコトが口を開く。
その小さくも重い一言に、それまで青い顔でギャーギャー騒いでいた冒険者達がスッと静まりかえった。
「雄一さん死んじゃ嫌っスぅぅぅぅうぅぅぅ!!! 愛ちゃんも死んじゃ嫌っスぅぅぅぅぅぅ!!! うわあああああん!!」
古式ゆかしい、滝のような涙を流しながら絶叫するミコト。
俺も泣きたいよ!
何だよこれ!
「魔女会議接待役指名」って!!
俺達のテーブルに置かれているパリッパリの超上質紙には、「魔女会議接待役」「ヤザキ ユウイチ」「ミヤマ アイ」の名が達筆な字で書かれている。
その裏面には皇室と帝国議会、そして法王庁の印が並んで押されていた。
つまりは、この国の権力全てをもって、俺と愛ちゃんをあの恐ろしい魔女会議の接待役に任じたいという趣旨の依頼文だ。
いや、依頼というか、命令だろ!
拒否権皆無な感じの!
「普段は皇帝直属の騎士団あたりから選ばれるんだ。なんでよりによってお前らが……。何かの間違いだろ……?」
そう言って唇を噛むシャウト先輩。
そうですよね!?
何かの間違いですよね!?
こんな下々の、何でも屋以上傭兵未満みたいな輩が、高貴なる魔女様方のお接待など有り得ないですよね!?
「残念だがそれは間違いではない。そもそも、そんな変わった名前の者、他に聞いたことがないだろう。いい加減覚悟を決めていただきたいのだが」
その指名依頼文を持って来た皇立騎士団小隊長のお姉さんが腕組みをしながら言う。
かれこれ小一時間騒いだり沈黙したりを繰り返す俺達に痺れを切らしつつあるようで、言葉が刺々しい。
それを聞いた先輩が、ガタンと机を蹴って立ち上がった。
「んだとテメェ! 一歩間違えたらどんなエグい死に方するか知ってて言ってんのか!?」
「私も皇立騎士団員だ。そういった歴史は十分学んでいる。体を紙より薄く引き伸ばされた者、血も出ぬほどに乾いた肉塊に変えられた者、半身を他人と結合された者。この大陸の歴史上、2~3回に一度の割合で、魔女による接待役殺傷事例が起きているのは事実だが、しかし、その尊い犠牲者は皇室の碑に名を刻まれ永遠に……」
「んなもんクソくらえだ! アタシらは本来自由気ままな流離人。テメーらみたくガキに命捧げる名誉なんざ持ってねぇんだよ!」
「貴様! 陛下を侮辱する気か!」
「今や侮辱するほどの権威もねぇお飾り玉座だろうが! えぇ!?」
「ぐぬぬぬ……! 言わせておけば……!」
一触即発の先輩と小隊長。
もはや先輩はただの八つ当たり状態だ。
俺達が選ばれたことが相当堪えていると見える。
自分より緊張している人がいると緊張が解ける現象と同じように、自分より取り乱している人がいる中で段々と冷静さを取り戻してきた俺は、改めて依頼文を手に取り、再び目を通してみた。
一応俺達の後ろ盾である法王庁、及び法王サマが会議の危険性を承知した上でこの書類を通したということは、何らかの事情があるに違いないと思い直したのだ。
あまりのショックに見落としていたが、この依頼文は二つ折りになっていて、デカデカと書かれた主題を捲ると、見開きで細かい内容が箇条書きされていた。
お役免除の条件でもないかなと期待したのだが、生憎、それらしき内容はない。
ただ、気になる文面が一つあった。
この人選に関してだが、判をついた3者のうち、誰の推薦でもないらしい。
じゃあ誰が……。
あれ? なんかシールみたいなの貼られてる?
「おおユウイチ。貴様、ようやくこの依頼を受ける気になったの……いびびびびび!!」
俺が依頼文を熟読しているのに気づいたのか、シャウト先輩とロックアップの姿勢を取りながら、小隊長が期待の眼差しを向けてくる。
その体が一瞬にして弓なりにのけ反った。
「誰が認めるか! あの腐れジジイどもの為に大事なメンバーの命を賭ける程今のアタシは腐っちゃいねぇ!」と叫びながら、先輩がビリビリハンドでの攻勢に出たのだ。
しかし、流石は才気溢れる騎士団の小隊長。
打消しの対抗魔法を詠唱しながら反った体を復帰させ、再び力強くロックアップした。
拮抗した状態のまま、二人は「「ぐぬぬぬぬ!!」」と唸っている。
コトワリさんがいたら止めてくれたのかもしれないが、俺が止めに入ってもボコボコにされるだけだろう。
とまあ、俺はそんな騒ぎをよそに、依頼文に貼られているシールのような紙を剥がしにかかる。
角に爪を立てて引っ張ると、それはまるで接着されていないかのように、スッと剥がれた。
魔法か何かで付いてたのか?
四角い紙を剥がしたところには、なにやら不思議な紋様が描かれている。
なんだこれ?
俺がその紋様に指をあてた直後、そこからブワッ!と黒い霧が噴出した!
瘴気か!?
俺は咄嗟にミコトの口元を塞いだが、彼女の体に異変は起きない。
瞬く間に黒い霧はギルド本部の一階を埋め尽くし、皆を漆黒の闇の中に閉じ込めてしまった。
何も見えない中、周囲ではパニックに陥った皆の悲鳴が巻き起こる。
誰かの「照明魔法が効かねぇ!?」という声も聞こえてきた。
まさに完全なる闇……。
あっと……俺余計なことしちゃった感じ……?
ふと、そんな闇の中で何かがぼんやりと光った。
それは、小さなペンダントのようなもので、黒い世界の中、怪しげな光を放っている。
光は段々と大きさを増し、やがて、2mはあろうかという巨大な人型を形成した。
そして、光の中から黒いドレスに身を包み、三角帽子をかぶった長身の女が現れる。
魔女だ……。
一発で分かるくらいに魔女だ。
しかも、なんかエロい。
「あなたが矢崎雄一ね?」
静まり返った闇の中、その魔女が俺を見降ろしながら訪ねてくる。
俺は身の危険を感じ、咄嗟に「いいえ」と答えた。
すると彼女は小さく笑い、俺の手をそっと掴み……。
その細腕からは信じられないほどの腕力で、俺の掌を彼女の胸に押し当てた!
ヒィ!!
あ、でもこれは……柔らかさと張りがあってとてもいいですね……。
俺が本能に抗えぬまま指先を動かしていると、魔女は満足げに笑った。
「完璧ね。あなたのような人を待っていたの」
あ……はい……。
そうなんですか……?
「ええ、今度は200年前よりも楽しめそう」
た……楽しむとは……?
「それは会議でのお楽しみよ♡」
そう言って彼女はドレスのサイドのボタンを上から外していく。
まるでドレスを脱ごうとしているかのように……!
魔女の魔パワーによるものなのか、そうやって露になっていく腋、横乳、くびれから俺は目を離すことが出来ない。
あら、なんて綺麗なお体……。
ち……チクショウ……。
これがこの世界における究極生物のパワーなのか……!!
「来て下さるわよね?」
「はい!!」
多分、嫌だと言った瞬間死ぬと思った俺は、致し方なく、本当に致し方なく彼女の依頼を引き受けてしまったのだった。
俺の返事を聞いた後、魔女はドレスをバッと脱ぎ捨てたかと思うと、姿を消した。
そして辺りの闇が一瞬にして溶け、ものすごい顔で俺の方を見つめるミコトとシャウト先輩、愛ちゃんの姿が現れる。
あ、あれ?
今のって見えてたの?
「デイスのフィッシャーマスター・ユウイチ 魔女の色仕掛けで接待役二つ返事」
ギルドお抱えの新聞記者がそう呟きながらメモを取ったのを皮切りに、過激なドメスティック・バイオレンスが始まり、冒険者達は目を背けながら足早に立ち去って行った。





