第62話:封印不能!
柔らかい……。
後頭部にはムチッとして程よく締り、それでいてしっとりと柔らかい感触。
そして、肩と唇には、プニップニフワッフワの幸せな柔らかさ。
唇に当たる柔らかい感触からは、酸味のある液体が絶えず送り込まれてくる。
それが全身に染みわたり、魔力の切れた身体に力が戻っていく……。
まるで愛ちゃんに膝枕をされながら、ミコトにイエローポーションを口移しで飲まされてるような感覚……。
「あ! ミコト先輩! ユウイチ先輩の目元が動きました!」
「本当っスか! よっしゃもう一瓶いくっス!」
薄く開いた視界の端で、ミコトがイエローポーションの大びんを思い切り口に頬張り、パンパンに膨れたフグのような顔を近づけてくる。
うおぉ……!?
す……凄い圧……!!
「ふんっス!!」
「おぼぼぼぼ!? ゲホッ! ゲッホゲッホ!!」
高圧洗浄機かと思う程強力なイエローポーション噴射を口内に撃ち込まれ、猛烈に咳き込む俺。
溺れる! 回復アイテムで溺れ死ぬ!!
「お前殺す気……むふう!?」
上体を起こすと、今度は柔らかさに体を包まれた。
ミコト……?
「心配したっス……。無事で良かったっス……」
そう言いながら、俺を強く抱きしめてくるミコト。
クエストから半日経っても戻らない俺を心配して、探しに来てくれたそうだ。
……ごめん。
心配かけた。
見ると、マーゲイのパーティーメンバーやフェイスも来ていて、それぞれ介抱にあたっている。
意外にもあの女たらし野郎、メンバーは全員男である。
「うう~……ユウイチが羨ましいにゃぁ~……。ボクも膝枕されて回復薬口移しされたいにゃぁ~……」などと呟いている。
そして「分かりましたマーゲイのアニキ!」と、ショタ斥候くんにイエローポーションを口移しされ、「んんんんん―――!!!」と悲鳴を上げた。
あの様子なら大丈夫だろう……。
ネスティは……。
なんかフェイスに抱きかかえられて手を握り合っている。
薄いタープ一枚の美少女が、顔に添えられた美少年の掌から与えられる回復魔法に切なげな表情を浮かべる様は、やたら美しい。
「全く……。リーダーはすぐに無茶をしますね」「ごめんなさい……。やっぱり私にはあなたが居ないと……」とか言い合ってる。
まあ、あっちも問題なさそうだ。
全員の無事を確認して、一安心だ。
いくらサメが出たとはいえ、こんな低難易度のクエストで死んだとあっては冒険者の恥もいいところ。
それも特務戦力3人喪失とあっては、受注した俺だけでなく、シャウト先輩の名にも盛大に傷が入ってしまうだろう。
「ったく……。こんな低難易度クエストで全滅しかかってんじゃねぇぞオメーはよぉ」
と、危うく二つ名に泥を塗られるところだったシャウト先輩が、凍り付いたサメの後ろから現れる。
「まあ、流石にこんなん出るとは想定しねえだろうが、事前に能力とスキル、役割の共有はしとくもんだろ。こいつだってそんな無茶しねぇと倒せねぇ魔物じゃねぇぞ?」
そう言って凍ったサメをカンカンと叩く先輩。
すんません……仰る通りでござんす……。
俺がオートガードとテレポートで回避タンクに徹し、マーゲイがバフをかけたネスティの魔法で攻撃という基礎的な戦法を取っていれば、こんな窮地には至らなかっただろう。
「まあまあ、皆さん無事だったわけでスし、そう怒らないであげて欲しいっス!」
「そうですよ! それにこれ先輩がやったんですよね? 凄いじゃないですか! こんなでっかいサメがカチンコチンですよ!」
「そ……! そうそう! 俺遂に先輩の雷ビームみたいなの会得したんですよ! ほら!」
俺は指を水路に向ける。
そして、さっきと同じようにウォーターシュート、アイスブラストを細く、細く収束させていく。
「見てください! 俺の! 冷凍ビーム!!」
俺の指先から強力な冷気を帯びた水流が勢いよく水路に注ぎ、そこをカチカチと凍らせていく。
が、直後、細かった水流が激しく拡散し始めた!
飛び散った凍結液が水路に、壁に、そして俺達目がけて降り注ぐ。
うおおおおお!?
「バカ! さっさと止めろ!」
「しびびびび―――!!」
先輩が咄嗟の放電でそれを撃ち落とし、俺にビリビリチョップを撃ち込んでくれたおかげで大事には至らなかったが、危ねえ……。
マジ危ねぇ……。
「当然ですわ。さっきは私が収束の制御をしていたんですもの。あなた一人ではまだ完全なコントロールは出来ませんわ」
と、フェイスの腕に抱かれたネスティが呆れたように言った。
「へへへ……。だそうだぜユウイチ? もうちょい鍛錬が必要ってこったな」
そう言って笑うシャウト先輩。
妙に嬉しそうだな……。
まあ、そんな一朝一夕に必殺技が会得出来るわけもないか……。
「さ! こんな生臭ぇとこさっさと出るぞ!」と、シャウト先輩が言って俺を背負ったので、俺は慌てて封印カードを取り出し、サメガエルに投げつけた。
が、そのカードはサメガエルを封印することなく、弾かれて戻ってくる。
え!?
ど……どういうこと!?
ミコトの方を見ると、彼女も信じられないという顔でこちらを見ていた。