第61話:地下水道の死闘! 恐怖のサメガエル
「な……何ですのこいつ!?」
現れた生物に、ネスティが驚嘆の声を上げた。
そりゃそうだろう。
この世界ではあまりにも馴染みのない生物だ。
いや、うちの世界でもこんなの見たことないぞ!?
グエェェェェ……。
と、周囲の声をビリビリと震わせるような威嚇音を発してこちらを睨むのは、デップリとした深緑色のサメ。
あまりにも特徴的なのはその半身だ。
逞しい筋肉を蓄えた四肢を広げ、水路の陸地に踏ん張っている。
サメ……ガエル……?
「グェエエエエエエエ!!」
「おわ―――!!」
瞬間的な超加速跳躍で飛び込んできたサメを間一髪回避する。
その一撃で、さっきまで俺達が歩いてきた歩道がごっそりと削り取られた。
リアリティの欠片もない強度の体……!
絶対ミコト作だろこいつ!!
それがラビリンス・ダンジョンの外に出てきてる……!
懸念してたことが現実になったか……!
俺は咄嗟にコトワリさんから預かったカードを投げた。
しかし、例によって弾かれてしまう。
やっぱり弱らせなきゃ駄目ってかい!
「狂暴な顔をしているようですが、所詮はカエル型魔物。戦い慣れてますわ!」
そう言って杖を振り、火球を次々と放つネスティ。
俺の背丈よりも直径がデカい火球が水路に漂い、敵の出現を待ち構える。
あんなサイズの火球を食らえば、あの巨体でもただでは済むまい。
勝ったな……。
とはいかないのがサメだ。
水面がボコボコと泡立ったかと思うと、白い泡の塊が次々に浮かび上がってきた。
ネスティの放った火球は、それに引き付けられて炸裂……することなく、「ジュウ……」と音を立てて互いに消えてしまう。
そして、残った泡が俺達目がけて次々に飛んできた!
「うおっ!?」
「危にゃあ!」
「嘘っ!? きゃあ!」
俺にはオートガードが発動してそれを弾き、マーゲイは身軽に跳びあがって躱したが、想像外の光景に怯んだネスティがその塊に捉えられてしまう。
泡はネスティの体を包むように凝結し、彼女の自由を完全に奪った。
「なん……ですの……! 力が抜けて……!」
彼女を捕らえた泡が怪しく発光し、ネスティが苦し気な声と共に倒れ伏す。
「ユウイチ! ネスティを助けるにゃ! 僕はアイツを炙り出すにゃ!」
「お……おう! 了解した!」
この状況下において尚冷静なマーゲイの指示に従い、俺はネスティの元へ走った。
何だこの泡!
固ぇ!!
ビクともしねぇ!
「う……うぁぁ……」
俺が手間取っている間にも、ネスティの血色はどんどん悪くなっていく。
魔力か生命力吸い取ってんのかこれ……!?
早く取らないとヤバい!!
でもこんな密着して固まってるものを刃物で斬ったらネスティまでザクっといくぞ!?
どうする!?
えっとー!
ええっと―――!!
……。
はっ! そうだ!!
「釣具召喚!!」
俺はクエ・底物用の瀬ズレワイヤーを、ネスティと泡の隙間に召喚した。
隙間というか、ネスティの肌を押しやる形だ。
彼女は「痛っ……!」と顔を歪めるが、ちょっと堪えてくれよ……!
ワイヤーを思い切り引き、左右に動かす。
その度に、ネスティは目に涙を浮かべて痛い痛いと呟く。
ごめん……!
もう少し頑張って!
「ユウイチ! まだかにゃ!? ちょっと僕もヤバいかもにゃ!!」
後ろではバシャバシャという音と共に、バキバキと木が割れるような音がする。
アイツはどういう戦い方をしてるんだ……!?
気になるけど今はネスティが先行だ!
「ん……ぐぐぐぐぐ!! よし! 切れた!」
切断面に指をねじ込み、強引にこじ開ける。
彼女の肌には、線上に血が滲んでいた。
ごめんよ……!
彼女が着ていた軽量鎧ごと泡を取り外す。
今これを鎧から剥がしてる時間は無い。
申し訳ないが、ちょっと裸でいてもらうぞ……。
ネスティの周囲をタープで囲み、バケツロープを網状に張り巡らせて目隠し兼泡ガードを施す。
これなら敵に狙われまい。
回復魔法もかけれるだけかけておこう。
俺の低レベル極まる回復魔法を照射し続けていると、段々彼女の顔に血色が戻ってきた。
呼吸が安定したのを確認し、イエローポーションを飲ませてやる。
よし、これで生命の危機は脱しただろう。
「マーゲイ! ネスティは救護した! どうだ!? イケるか!?」
「大見得切っといてダサいけど、僕一人じゃ厳しそうにゃ!」
振り返ると、マーゲイの周囲はすごいことになっていた。
大量の木が水路に散乱し、ビーバーの作ったダムのような様相だ。
そしてその上でのたうつ蛙ザメ。
コレお前が出したの!?
「大神樹ギルド特産の樹海の種にゃ! 勿体ないけど、こういう時が使い時にゃ!」
網のように展開した木が、サメの体を絡め取って動きを封じているが、それでも尚、サメは激しく泡弾を噴き出して反撃をしている。
身軽なマーゲイも、泡の飽和攻撃には流石に危うい様子だ。
「ユウイチ! 僕が引き付けてる間に強烈なの頼むにゃ!」
「強烈かどうかは分からんけど! 特大・氷手裏剣!!」
俺の背丈ほどのサイズの手裏剣を形成し、飛行スキルの形質変化を使って思い切り投げつける。
ヒュヒュヒュヒュヒュ……と風を切る音と共に巨大手裏剣がサメの肉体に直撃し……。
割れた!!
ダメだこりゃ!!
だったら双剣でっ!
テレポート・三連斬りっ……。
うぐおぉ……!!
皮膚固ぇ……!!
ええい!!
アイスブラスト!!
これでカチンコチンニなっちま……嘘だろ全然凍らねぇ!?
上級魔物には基礎魔法が効かないことがあるって聞いたけど、こんなに効かないもんなの!?
「ユウイチィ!! もっと強烈なの頼むにゃ!! ていうかお前、まさかフィニッシュスキル持ってないにゃ!?」
「悪い! アイスブラストが最上位魔法! 身体能力はB+!」
「お前それでよくラビリンス攻略出来たにゃ!? にゃぐわっ!?」
「マーゲイ―――!!」
とうとう泡弾を食らってしまったマーゲイは俺の眼前を滑るように吹っ飛んでいき、水路の壁に体を強かに打ち付けた。
泡は瞬く間に硬直し、そのまま壁に磔にされてしまうマーゲイ、
最初は何とか逃れようと身を捩っていた彼だが、「う゛にゃぁ……。力が……抜けるにゃ……」と、いった後ガクッと項垂れた。
同時に、サメは木の網を食い破りながら脱出を始めた。
明らかにマーゲイの方へ向かってる!
ヤバい!
マーゲイが食われる!
どうする!?
どうするどうする!?
釣具!?
でも釣ったところで倒す算段無いぞ!?
しかも回復魔法使い過ぎて3人テレポート出来るだけの魔力が残ってねぇ!
「形質……変化よ……」
不意に後ろから声をかけられ、驚いて振り返ると、タープを体に巻いたネスティが這いつくばっていた。
まだ回復していない体を無理やり動かし、俺の元へと這ってくる。
「基礎魔法が効かなくても、形質変化させた攻撃魔法なら、魔力防御を突破できることがありますわ……」
「でもあいつ氷手裏剣全然効かなかったぞ……!?」
「あんな低強度の氷じゃ効かないのは当然ですわ……。あいつかなり強固な肌を持っていますもの……」
「じゃあどうにも……」
「大丈夫ですわ……。私がお手伝いして差し上げますから、貴方は言う通りに魔法を発動致して……」
そう言ってネスティは、俺の背中に体を密着させ、手を握ってくる。
そのまま俺の手をサメの方へと伸ばすように促した。
こ……こうか?
「いいですこと? 貴方は今から、アイスブラストを極限まで収束させ、同じく極限まで絞ったウォーターシュートに乗せて放ちますのよ……」
「お……おう……」
「指一歩分の細さがあれば十分ですわ。とにかく、細く、細くを意識して……。拝見した限り、貴方なら出来ますわ……」
ネスティに促されるまま、彼女の指に俺の指を沿わせ、サメの方へ向ける。
細く……細く……。
レーザー光線のように……。
俺は脳内で、いつか見た特撮ヒーローの額から出る極細レーザー光線をイメージする。
あれを指から出す感じで……。
細く……細く……。
「いい感じ……。貴方の魔力が細く収束していくのが分かりますわ。後は私と呼吸を合わせて……」
ネスティの掌から、温もりと、螺旋状の魔力流が伝わってくる……。
「行きますわよ……? 準備はよろしくて?」と、彼女が言うので、俺は意識を乱さないよう、小さく頷いた。
「貴方のタイミングに合わせます。さあ、お願いしますわ!」
「了解! いくぞ! 冷っ!! 凍っ!! ビ―――――ム!!」
俺の指先から青白く光る光線が放たれた。
なけなしの魔力に、吸われて尚強力なネスティの魔力が上乗せされ、およそ自分が放ったとは思えない勢いで飛んで行く冷凍ビーム。
その反動に、狙いが逸れそうになるが、ネスティの手が一層強く俺の手を握り、それをアシストしてくれた。
俺も負けじと、指に渾身の力を込めて光線を制御する。
「グゲェェェェェ!!」
触れるものを瞬時に凍結させる光線が、サメの後ろ脚、即ちカエル部分に直撃した。
見る見るうちに白濁し、固まっていくカエル半身。
だが、敵もさるもの、ひと際大きく吠えたかと思うと、体が発光するほどの魔力を纏い、冷凍ビームを無力化しにかかった。
徐々に、白く濁った凍結面が減少を始める。
ダメ……か……!!
「ユウイチさん! 魔法は最後は気合ですわよ!! もっと力と声を出してくださいまし!! はああああああ!!」
「おっ……おう!! てやああああああああああ!!」
コントロールのため、思わず無口になっていた俺だが、ネスティに言われるがまま、思い切り声を出してみる。
俺達の叫び声と、サメの咆哮がまるでその大きさを競うかのように響き渡る。
「「はあああああああああああああああ!!!!」」
「ゲエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェ……!!」
競り勝ったのは俺達の声だった。
サメの咆哮はゆっくりと収まり、同時に冷凍ビームによる凍結面が敵の全身へと広がっていく。
「あと一押し……です……わ……!!」
俺の背中でネスティがぐったりと項垂れる。
ネスティ!!
もう後は俺一人で頑張るしかねぇ!!
魔力の急速な枯渇で視界がぼんやりとしてくる。
そんな視界に浮かび上がったのは、ミコト……。
シャウト先輩、愛ちゃん、コトワリさん。
エドワーズ達……レフィーナ達……ホッツ先輩……。
そうだ!
ここでへばってたらデイスギルドのフィッシャーマスターの名が廃る!!
魔物とはいえ、サメとはいえ、釣り人が魚に負けちゃいられないんだよおおおお!!
「く……ぬ……ああああああああああ!!」
俺の体中の魔力と気合を全て指に流し込み、俺は冷凍ビームを放ち続けた。
―――――――――!!!
――――――!!
―――!
…………!
………。
……。
けたたましく響いていたサメの声が、ある一瞬を境に完全に止まった……。
やった……の……か……?
駄目だ……俺の……意識も……。
――――――――――。