第60話:アルフォンシーノ地下水路の怪
アルフォンシーノの地下水道はデイスのそれの数倍巨大だ。
ただ、人口で10倍は下らないだろうから、むしろコンパクトに纏まってる方だろう。
今回見回るのは第2階層の生活排水路。
まあ、風呂とかキッチンとか、広場の噴水とかの排水が流れ込む下水だ。
さほど汚くは無いが、適度に青臭かったり生臭かったり……。
「レディーをこんなところに連れてくる神経を疑いますわ……」
「にゃぁ~。苦労知らずのお嬢様はそうとこあるにゃぁ~。だから友達できな……痛にゃあ!?」
俺の後ろに続く二人は、時々襲ってくる大闇ネズミや大闇蜘蛛を全く動じることなく捌きつつ、悪態をついたり、憎まれ口を叩いたり、ステッキで殴られたりしている。
そこはやはり特務戦力。
いつかの後輩パーティーとは大違いだ。
暢気に話しながらも、動きに全くの隙が無い。
このパーティーならあの半魚人達に遭遇しても普通に勝てそうだ。
ロケーションは悪いが、まったりした雰囲気の中、話はそこそこ弾む。
特に、二人の身の上話はなかなか面白いものがあった。
マーゲイのいる世界樹・エメラルダスは雲を貫いて尚余りあるほど巨大で、高度によって気候、住む人種、取れる作物、生息してる動植物が全く異なるらしい。
かつて魔王がこの世界を瘴気で覆い尽くした時、この巨木が聖なる雨を降らせてそれを浄化したそうだ。
街は光のマナに満ち溢れ、住む人間もたいそう高潔……と思いきや、住処も食べ物も一切不自由がなく、生きるだけなら温いことこの上ないため、住民が得た金は殆ど交際費に消えるという、宵後の金は持たない江戸っ子スタイルの生き方が基本だという。
ギルドの上位実力者達もそれに輪をかけて俗物ばかりで、特務に向かわせる冒険者選びは随分難航したそうだ。
結局、上位陣で一番貯金があり、最も生き方が高潔と言われたマーゲイが選出……。
「他の連中が来てたら今頃借金で身ぐるみ剥がれてたにゃ」と彼は笑っていた。
とんだ聖なる都市もあったもんだ……。
一方、ネスティの故郷はアルフォンシーノにほど近い旧貴族荘園地域。
彼女の家は、特権が殆ど廃された今となっても広大な土地を所有する名家だそうで。
ただ、天性の感知スキルや、優れた感受性を持って生まれた彼女は、周囲からの僻みや、古くから残る閉鎖的な空気を敏感に察してしまい、嫌気がさして家を出たらしい。
そしてその時彼女についてきたのが、幼いころからたった一人の遊び相手になっていた近隣農家の次男坊、フェイス……。
あらゆる下心や、負の感情なく接してくれたのは彼だけだったという……。
なんか無駄にドラマチックな生き方してるな君は。
そういう話をしながら、ちょうど今日の行程の半分あたりに差しかかる。
石積の回廊は変わらないが、生物の様相が少し変わってきた。
舞う羽虫はめっきり減少し、それに伴って蜘蛛が、そして蜘蛛を食うネズミが減る。
一方でゴキブリやヤスデのような地を這う虫が増えてくる。
そして、それらを食う小型のスライムが徐々に姿を現してきた。
スライムは剣による斬撃では分裂したり、再生したりでなかなか死なないという微妙に厄介な魔物だ。
しかし、対処法を間違えなければ強敵でもない。
俺は慌てず騒がず、双剣の表面に氷魔法を沿わせ、足元まで這い寄ってきたチビスライムを斬りつける。
ギチチ……という音と共に、俺がつけた裂創が凍り付き、スライムの動きが止まった。
はい、これで一匹討伐である。
サラナに習ったのだが、スライムは歩行細胞、捕食細胞、脳細胞が一定の規則で配列された体組織を持ち、それらを異なる周期で変形させることにより全身をくねらせて動くので、切り傷を凍らされるとその配列と周期が狂い、動くことが出来なくなってしまうのだ。
そして、凍結によって損傷した細胞を無理やり再生させようとするため生命力を浪費し、配列が乱れきった細胞が全身の結合力を失わせていく……。
たしかそんな話だったはずだ。
多分サラナに聞かせたらアレが違うコレが違うとツッコミが入ることだろう。
「あら、意外と形質変化がお得意ですのね」
自動追尾する火球魔法・ホーミングファイアボルトで天井のスライム達を焼き払いながら、ネスティが褒めてくれる。
シレっと高度魔法使ってるけど、本当に褒めてる……?
「ええ。二つの魔法を同時使用した形質変化をそれだけ無造作に行うのは魔法学科の専攻生でも難しいことですのよ。貴方も特務戦力らしいところありますのね」
「そりゃ、どうも……」
「ネスティは人を褒めるのも下手なんだにゃぁ……。熱っいにゃあああ!!」
火球を尻尾に命中させられたマーゲイの悲鳴が水路に響き渡った。
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「さっきから嫌な匂いしないにゃ?」
突然シリアスな口調で耳打ちしてくるマーゲイ。
そりゃ臭いはするだろ。一応下水なんだから。
ていうかお前の尻尾の先じゃないの?
「いや、そうじゃないにゃ。これ多分、人の死臭にゃ」
「え!?」
俺も嗅覚に意識を集中させてみるが、全く分からない。
猫獣人の嗅覚は、人の倍。
獣人の中では鈍感な方だが、それでも人には分からないような微妙な臭いを嗅ぎ分けられる。
「危険な気配はないですわ。その臭いのする先へ急ぎ向かいましょう」
「にゃっ」
え、普通に嫌なんだが……。
とも言えず、俺は彼らの先に立って道を照らしつつ、小走りで進む。
すると、少し幅の広がった空間が現れ、そしてそこに……。
見るも無残な死体が3つ浮かんでいた。
「うおぁ!! グロっ!!」
「何言ってますの! まずは黙祷ですわ!」
お……おう……。
ネスティに促されるまま、俺は彼らに手を合わせる。
マーゲイもまた、彼の宗派なりの黙祷を捧げていた。
こういうとこはしっかりしてんな……。
しかしこれは……。
ただの死体じゃねぇぞ……。
下半身はズタズタで、上半身も傷だらけ。
まるで何かに引きずり回されたかのようだ。
そして、彼らの体の下に、何か浮力材のようなものが……。
「ん!? こいつら……」
マーゲイが彼らの顔を覗き込みながら声を上げた。
まさか……。
「そのまさかにゃ。こいつらあの時のチャラい輩連中にゃ。来ないと思ったら……死んでたにゃんて……」
「輩とはいえ、手厚く葬って差し上げないといけませんわ。ユウイチさん。あなた飛行スキルを持ってましたわね?」
……。
致し方ないか……。
俺は狭い地下空間で宙に浮き、虐殺死体を水から引き揚げた。
血なまぐさいが、腐敗はしていない。
この人たちが死んだのは昨日今日というところだろう。
「この方々に、天の救いがあらんことを……」
ネスティが彼らの冒険者タグ、カード、そして残っていた武器を遺品として回収し、葬送魔法で荼毘に臥す。
聖なる光が彼らを包み、魂なき肉体が光の粒子となって消滅していく。
ゾンビやアンデッドモンスターに用いられる魔法だが、こういう使い方もできるのか……。
しかし……。
犯人は一体何者なんだ……。
それにあの浮力材は一体……。
「!! 何かが来ますわ!!」
ネスティが叫び声を上げ、杖を構えて立ち上がった。
遅れること数十秒。
俺の感知スキルに、激しいピークが立つ。
カン! カン! キキン!!
警鐘のようなピーク……。
かなり強く、敵対的な存在が接近してる!
「逃げるか!?」
俺はいつでもテレポートが出来るように身構える。
「待つにゃ」
マーゲイが落ち着き払った声で言った。
「きっとアイツらの仇にゃ。仲違いしたとはいえ、同じ稼業の仲間にゃ。世界樹ギルドの冒険者たるもの、仲間の仇は逃がさないにゃ」
そう言いながら、両手に手甲鉤を装着する。
緑色の魔力がツタのように鉤爪に伸びて行き、鮮やかな光を発し始めた。
「そうですわね。人か、魔物か……。いずれにせよ、とり逃がしてはギルドの恥ですわ」
ネスティは光源魔法を複数放ち、辺りをライトアップする。
これなら地上と大差ない視界で戦えるだろう。
……。
そうだな……。
俺もデイスギルドの名を背負って来た一人。
ここで一人逃げたらデイスの皆に顔向け出来ない。
俺もまた、双剣を構え、感知音の響く先を見据える。
漆黒の闇の彼方、水路に白波が立ち、特徴的な影が水面に踊った。





