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第20話:バーナクルの怪 閉幕




 正体不明の敵を撃破し、唖然とする俺達の部屋目がけ、ドタドタと何者かが駆けてくる。

 また敵かと思わず身構えたが、現れたのは見覚えのある金髪だった。



「大丈夫かお前ら!?」


「シャウト先輩!」



 俺達の姿を見ると、先輩は魂が抜けたようにその場でへたり込む。

 よく見ると汗をびっしょりとかき、いつになく息が上がっている。



「先輩!? 大丈夫っスか!」



 ミコトが慌てて駆け寄り、ポーションを差し出す。

 先輩は「オウ……あんがとよ」と言いつつそれをグイっと一気に飲み干すと、額の汗を袖で拭い、「良かった……」と部屋の椅子にドカッともたれかかった。



「お前ら……今すぐこの街から出てデイスに帰りな。この街にとんでもねぇ魔物が来てやがるぜ」


「えぇ!?」


「『ヤゴメ』だ。クラム湖の大魔封結界岩が誰かに壊されてやがった。しかも随分前から奴の目撃情報がこの街の近辺で出てたんだ。ギルドはなんでこういう情報見逃すかねぇ!!」



 と、言われてもチンプンカンプンな俺とミコトだが、エドワーズとコモモは顔を真っ青にして固まっていた。

 え、何。そんなヤバい魔物なの……?



「何だテメェ『ヤゴメ』も知らねぇのか!? ヤゴメってのはなぁ、魔王の瘴気から生まれた上級魔物だ。出産で死んだ女とか水子の呪怨やら霊魂を吸収して無限に強くなるクソ厄介な怨霊型で、滅ぼすことが出来ねぇもんだから限界まで弱体化させてクラム湖の大魔封結界岩に纏めて封印されたんだよ」



 なるほど……。

 確かに聞くだけでヤバそうな敵だ。

 特に死んだ妊婦さんやら水子なんてのは古来より強い霊魂になると言われている。

 思えば『ヤゴメ』という名も心なしか妊婦の怨霊「ウブメ」に響きが似ている。

 しかして……魔封結界岩とは一体……。



「あぁ!? 嘘だろテメェ!? それでも冒険者か!?」



 シャウト先輩に尋ねると、凄い剣幕で怒鳴られてしまった。

 エドワーズ達も「えぇ……」という顔でこちらを見ている。

 どうやらよっぽど基本的な知識だったようだ。

 仕方ないじゃん! 名ばかり冒険者の釣り人なんだから!



「ったく……。アタシはガキのお守やってんじゃねぇんだぞ……」



 と、愚痴を零しつつも、先輩は魔封結界岩について教えてくれた。

 魔封結界岩とは、かつてこの大陸を蹂躙した魔王「ダイバン」を封印するため各地に置かれた魔力を抑え込む岩である。

 以前魔王が砦を構え、闇の魔力と瘴気を発生させていた場所に設置されていて、それら魔王のエネルギー源の発生を妨げることにより、大陸のどこかに封じられた魔王の復活を妨げているらしい。



「クラム湖は魔王の瘴気に当てられちまってもう駄目だ。お前、ユウシチが報告したクラム湖の異変ってのはコレのことだぜ。少しばかり手遅れではあるが……お手柄だ」



 そう言うと、シャウト先輩は俺の頭を撫でてきた。

 もうそういうので喜ぶ年じゃないんだが、先輩の手の感触はやけに温かく、心地よかった。

 あと、俺はユウイチです……



「さて、こんなことしてる場合じゃねぇな。町の連中が騒いでるみてぇだし、既にこの街にヤゴメは侵入してるらしい。弱体化しきってるとはいえ、お前らが敵う相手じゃねぇ。後はアタシに任せてお前らは帰りな」


「ちょっと待ってください! 倒しきれない敵相手にどうやって戦う気ですか!?」



 エドワーズが食い下がった。

 確かにそれは気になるところだ。

しかし「お前らには関係ない話だ」と、その質問を一蹴し、先輩は部屋から出て行こうとする。

 突然その体がグラリと傾いた……!?

 考えるより先に体が動き、気が付いたときには、俺は先輩を抱き支えていた。

 その体は想像以上に軽かった。

 そして、今まで気が付かなかったのだが、先輩の足元は異様に汚れ、傷ついていた。

 まさか……。



「んだよ……。余計な真似すんじゃ……ねぇ……」



 そう言って俺の腕から起き上がろうとする先輩。

 しかし足に力が入らないのか、小鹿のようにバタバタと足掻くばかりである。

 目もどこか虚ろで、いつもの威圧するような眼光は感じられない。



「先輩まさかクラム湖からここまで走ってきたとか……」


「悪いかよ……」


「なんでそんな無茶を!?」


「うるせぇ。いいから放……せ……」



 そう言ったっきり、先輩は意識を失った。




///////////////////////




 俺達は先輩をベッドに寝かせ、フル装備でその周りに陣取った。

 本来なら先輩を連れてこの街から逃げ出すのが最善だが、夜は飛行クジラ便も無い。

 病院に連れて行きたいが、先輩の話の通りなら、ヤゴメという恐ろしい魔物がこの街を徘徊しているので危険が過ぎる。

 先輩がギルドを通して指示を出したのか、普段ならまだ活気があふれているはずの大通りには人っ子一人おらず、全ての戸が閉め切られている。



「顔色もだいぶ良くなりました。脈も正常です。ただ……足が酷く腫れてますね」



 コモモが先輩の寝汗を拭きながら、足にポーション軟膏を塗っている。

 クラム湖から走ってきた先輩の足はボロボロだった。

 飛行クジラでも3時間はかかる道のりを、恐らく高速移動スキルを限界まで使って走ってきたのだろう。

 それも俺達の身を案じて……。



「先輩の目が覚めるまで、絶対守り通すぞ」



 エドワーズが両手剣を携えて呟く。

 俺もそれに短い返事をする。

 得物は短刀のみの俺だが、今回ばかりは釣具召喚スキルを攻撃に用いる覚悟を決めていた。

 先輩を何が何でも守り抜きたい気持ちもあるが、幽霊や怨霊の類には元の世界でも散々怖い目に遭わされているので、恨み辛み千万なのである。

 東京の運河筋では謎の水音、足音に付きまとわれ、伊豆の某堤防では波間から手招きされ、高知の某海岸ではウェーディング中に足首を掴まれてあわや溺死しかけたこともある。

 俺ほどでなくとも、釣り場で怪異に遭遇した釣り人は数多くいると聞く。

 釣り人全員の怒りをジェット天秤に乗せてぶち当ててやろうじゃないか……。

 そしてクエ用の極太ハリスで全身を縫い付けて、PEラインでミイラみたいに縛り付けて動きを封じてやろう……。



「雄一さん……。顔が怖いっス」



 釣り人にあるまじきイメトレに励んでいた俺の意識はミコトに引き戻された。

 いかんいかん……。

あくまでも今回は特例ってことを忘れちゃ駄目だよな。



「ところでエドワーズ。そのヤゴメってのはどういう見た目なんだ?」



 敵から身を守るにしても、外見を理解しなければ、警戒も見張りも出来まい。

 窓の外を眺めているミコトも「それ大事っス」と頷いている。



「あ、ああ。蜘蛛みたいに複数の腕があって、白く細長い体、目は血を滲ませたように赤くて、ドスの利いた雄たけびを発する。鋭い剣を腕の分だけ携えて、連続で切りかかってくる魔物だってウチの爺さんに教わったぜ」


「あ~……。あのさっき襲って来たやつみたいな?」


「そうそう! さっき襲って来たやつみたいな」



 俺達の間に一瞬の沈黙が流れた。

 その後、俺達の驚嘆の声が宿屋を揺るがすほどの勢いで響いたのは想像に難くないだろう。

 その轟音に飛び起きたシャウト先輩にキツい一撃をお見舞いされてしまったが、その事実を話すと、先輩もまた、俺達4人分よりもデカい声で驚きの声を上げていた。

 

 かくして、俺達臨時調査パーティーは、思わぬ大金星を引っ提げてデイスへ帰ることになったのである。


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