第58話:突然手持ち無沙汰
「はっ!! せい!!」
「えいっス! やぁっス!」
俺の双剣が閃き、ミコトの大剣が宙を裂く。
その度に、魔怪鳥・フォレストランナーがバタバタと倒れていく。
今日のクエストは、アルフォンシーノ近郊の村からの依頼。
街道傍の森で大発生したこいつらを討伐してくれとのことだ。
はっきり言って、かなり緩い。
いや、フォレストランナーは人の背丈よりもデカく、群れる上に狂暴で、馬やヒポストリでは振り切れないほど速く走れる危険度B級の魔物なのだが……。
これまでの経験や、ラビリンス・ダンジョンで得た膨大な魔力ポイント、所謂経験値で強化された様々な能力を持ってすれば、特に危うさを感じるでもなく倒せる敵である。
「雄一さん! いくっスよ! えい!」
「おっ! いい感じにキてるぞミコト!」
ミコトが大剣を持ち直し、持ち手の十字部分を天にかざせば、彼女が覚えたてのバフ魔法が発動する。
俺の身体が一気に軽くなり、同時に腕に力が漲った。
横合いから突っ込んできたフォレストランナーを余裕でかわし、すれ違いざまに双剣の二段斬りを叩き込む。
爪のある太い翼がバッサリと斬れ、断末魔の叫びをあげて倒れ伏す敵。
「今度は俺から! ミコト! 受け取れっ!」
俺は素早く剣を交差させ、柄に装着したマジックジェムに力を込める。
その輝きをミコト目がけて放てば、彼女は「はああああ! 雄一さんの熱い愛がキてるっスよおおおお!!」と雄たけびを上げる。
分かりやすくダブルバイセップスのポーズを取り、そのまま大回転切りへと移行するミコト。
大声を上げる彼女に引きつけられていたフォレストランナーの一群は、その一閃で物言わぬ鶏肉と化した。
「ナイスミコト!」
「雄一さんが熱いの注いでくれたからっス! えへへ~」
とか言いながら頬を染めるミコト。
お外で下ネタはやめなさいよ……。
仮にも君天使なんだから……。
襲ってきた敵が全滅したのを確認し、俺とミコトは向かい合う。
そしてお互い剣を構え、覚えたての回復魔法を発動させる。
あ~気持ちいいなこれ……。
「はぁぁ~いいっス~」と、恍惚とした表情でこちらを見つめてくるミコト。
なんだよその目……。
やめろよそういう気分になっちゃうだろ……。
俺はミコトの身体にそっと手を回した。
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とまあ……。
俺達がなぜこんな、クエストをこなしながら魔法の経験値稼ぎという、真っ当な中堅冒険者みたいなマネをしているかというと、二つの事情があるのだ。
一つ目は、俺達が本来従事するべきラビリンス・ダンジョン攻略の特務。
これが一時停止になり、時間が有り余ったこと。
というのも、肝心のラビリンス・ダンジョンが突如として殆ど出現しなくなったのだ。
コトワリさんが天界に戻り、ダゴンの企みを妨げてくれたのか、それとも他の要因かは分からないが、ここ3週間ほど、ラビリンス・ダンジョン発見の報は無い。
おかげで招集された特務戦力は全員手持無沙汰。
解散になるでもなく、他の特務を任されるでもないので、まぁ暇で暇でしょうがない。
俺すら危機感を覚えてクエストを回し出すレベルで、である。
もう一つは、コトワリさんが里帰りしてしまったことだ。
現在の我らがシャウトパーティは、俺と愛ちゃん、そして先輩の3人がアタッカーで、ミコトがアタッカーとディフェンダーの両刀、回復役不在というかなりの猪突猛進パーティである。
こういうパーティは、思いもよらぬ格上キラーになり得るが、崩れ始めると脆いったらない。
以前はコトワリさんがその綻びを上級の回復魔法、結界魔法、時に攻撃魔法で瞬時に修復してくれたのだが、もう彼女はいないのだ。
そこでシャウト先輩が提唱したのが、全員オールラウンダー化。
全員が攻、守、回復、バフ、デバフ魔法を習得し、お互いをフォローし合うのである。
コトワリさんの域には遠く及ばないものの、2人ないし3人で複合発動させれば、ある程度はカバーできるというわけだ。
俺達がさっきからテレポートや飛行スキルを封印し、あまり必要性のないタイミングでわざわざ不慣れな魔法を使っているのもそういう理屈である。
付け焼刃だが、現状致し方ないだろう。
だって……。
募集かけてもシャウト先輩を怖がって全然来ないし……。
仮に来ても、俺達の無茶振りに耐えられずに辞めちゃうし……。
いや、あの駆け出しプリーストの子には本当に悪いことしたとは思う……。
「なーに考え事してるんスか~?」
ミコトが乱れた鎧を着なおしながらジト目で見上げてくる。
「私以外のこと考えてたっスね~!」と、膨れるミコトはさておき、俺は倒したフォレストランナーの角や爪、羽毛をはぎ取りにかかった。
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「おう、お疲れさん」
ギルドの食堂に戻ると、クエスト帰りのシャウト先輩が早くも一杯ひっかけていた。
ここ最近、分かれてクエストを回すことが増えたが、食事は極力パーティ揃って食べることにしている。
「アイのやつまだ戻らねぇな……」
そう言ってクエスト受注カウンターを眺めている先輩。
そわそわしながら愛ちゃんの帰りを待つ先輩がなんだか面白かったので、「俺達をパーティに誘ってくれた後も、そんなふうにそわそわしてたんですか?」と言うと、電撃を纏った回復魔法が飛んできた。
しびび!! あ……回復……。
そんな新技を披露されながら待っていると、夕刻の最終飛行クジラ便が戻ってきた。
降りてくる雑踏の中に、彼女の姿が……あ! いた!
今日のパーティを引き連れて、颯爽と報酬を受け取る彼女。
既に俺達より貫禄ある気がする……。
ミコトが彼女に手を振ると、凛々しかった彼女の表情が一瞬で柔らかくなり、自分の取り分もそこそこに、こちらへ小走りで向かってくる。
と、その前に数人の男が立ちはだかった。
あらら……ナンパされてら。
いかにも素行の悪そうな感じの冒険者連中に絡まれ、困った様子の愛ちゃん。
バチバチ……とすぐ傍から物騒な音が聞こえるので、ここは俺が助け舟を出しに行こうかな……。
俺が急ぎで席を立った時、愛ちゃんとナンパ冒険者達との間に割って入る者が現れた。
あら、マーゲイじゃないか。
彼はニヤニヤと笑いながら男たちをいなし、愛ちゃんを俺達の方へ行くように促している。
マーゲイの方を心配そうに見つめながら、彼の指示に従ってこちらへ歩いてくる愛ちゃん。
マーゲイはナンパ男たちに囲まれながら、本部の外へと歩いて行った。
振り向きざまに、俺へピースサインを見せつつ、である。
「先輩! マーゲイさんがナンパの邪魔したとかで喧嘩売られてます!」と、愛ちゃんは焦っているが、大丈夫。
彼無茶苦茶強いから……。
そのあとすぐ、マーゲイは何事もなかったかのように戻ってきて、カウンターでイチゴミルクを飲み始めた。
何だあのイケメン。
愛ちゃんは彼の様子を見てホッと息を撫でおろし、俺に向き直って「先輩! 今日は私、ブルリザードをひとりで3頭倒したんです!」と、依頼達成書を見せてきた。
へぇ! ブルリザードと言えば危険度C++の、駆け出しキラーである。
パーティも皆駆け出しって感じだったし、そんな中で単独3頭ってのは大したものじゃないか。
そう言うと彼女は「えへへ……。褒められちゃいました」と笑い、シャウト先輩とミコトの待つ席へと走っていった。
さて……俺もさっさとご飯にありつきますか。
今日のオススメメニューは確か……。
と、食堂の看板に目をやった直後、「キン……」という、感知音が聞こえた……気がした……。
驚いて辺りを見回しても、それ以上の音は聞こえない。
どっかで食器の落ちた音でも聞き間違えたか……?
まあ、たまにあることだ。
俺は気を取り直し、今日のディナーメニューを人数分注文すべく、給仕係さんを呼び止めた。