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異世界フィッシング ~釣具召喚チートで異世界を釣る~  作者: マキザキ
2章:ダンジョン・アングラー 大陸中央迷宮変
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第56話:ビクトリークロス!




 さて、食事がすんだら今夜は通し釣りだ。

 なにせベッドは球体天使が占領してしまっている。

 先輩のベッドで添い寝というのも具合が悪いし、リビングのソファーは俺が寝るには狭い。

 ま、結局のところそんなものは口実で、運河の通し攻略がやってみたかっただけなわけで。

 あと、夕食の後色々あって、なんか愛ちゃんも通し釣りに同行することになったわけで。



「へぇ! なんかムーディーな雰囲気ですね!」



 ガス灯に照らされた運河の風景に、愛ちゃんが嬉しそうな声を上げた。

 こらこら、寝てる人もいるんだから静かにね……。

 「す……すみません……」と縮こまる愛ちゃん。

 いや、そこまで委縮しなくていい。

 実際、この街の運河筋の夜景は綺麗だ。


 まだ早い時間だからか、時折色々な人々が橋の上で足を止め、その水面とガス灯の列に魅入っている。

 それは如何にも冒険者という感じのパーティであったり、上品そうな紳士淑女だったり、恋人らしき二人組だったり、何か黒マントの怪盗的な人と、それを追う保安官みたいな人だったり……。

 3日間ビデオカメラ回してるといろんな人間模様とか撮れそうな場所だ。



「先輩、ここでは何が釣れるんですか?」


「キバスズキ。愛ちゃんは釣ったことなかったね」


「あ! 先輩が時々釣って来てくれるアレですね!? 私あの魚の塩焼き大好きなんですよ! 楽しみです!」


「ああ、でも今回は釣っても食べないよ? キャッチ&リリースってやつ」


「えぇ! あんなに美味しいのに!」


「まあ、釣ってたら何となく分かるさ」



 愛ちゃんにはベーシックなシーバスロッドにPE1号+フロロリーダー4号が巻かれた2500番のスピニングリールを召喚して手渡し、同じくベーシックなシンキングミノーをセットしてやる。


 潮は悪くない。

 濁りも少ないし、今日は排水口から生活排水の流入があるので、フィールドコンディションは抜群と言える。

 この子はキャスト自体はちゃんとできるから、巻き方と狙うポイントを教えてあげれば簡単に釣れるはずだ。


 ちなみに、この排水は断じて下水とかではない。

 野菜ガラが流れてくるあたり、キッチン排水だろう。

 汚水はデイスのように地下深くを流れ、排水塔を通じてどこか川に流すようだ。

 川にそのまま流すことはともかく、結構ちゃんと考えられた上下水道が備えられてて感心感心……。


 そのおかげで、さも現代の運河シーバスゲームのようなシチュエーションが楽しめるというわけだ。

 お前は何様だという自分ツッコミはさておき、愛ちゃんに運河の側面沿いにキャストするように指示する。

 排水口が絡む橋の袂や、橋脚が一級ポイントだが、まだ人の往来がある時間帯。

 ミスキャストで橋の上にルアー飛ばして、お偉いさんでも傷つけて打ち首獄門とかされては敵わない。



「こう……ですね!」



 と、相変わらず初心者とは思えない綺麗なフォームで投じられたミノーは、これまた綺麗に岸壁スレスレに着水した。

 おお、ナイスキャスト。



「後はただ巻きで巻き取って、それを何回か繰り返すといいよ」


「はい! この間の釣りと違って、いかにもルアーの釣り!って感じですね」


「まあ、確かにブラッキーの落とし込みは一応ルアーだったけど、一般的なイメージとはちょっと違ったかな。ていうかルアーの釣り見たことあるのかい?」


「ええ、一応。父が釣り好きだったので、土曜のご飯時は釣りの番組でしたよ」



 そう言って、少し寂しそうな顔をする愛ちゃん。

 おっとぉ……地雷踏んだぞ……。



「そんな父も、私が高校に上がる前に病気で死んでしまいました。いやはや、まさか父も娘が異世界で釣りしてるとは思いもしないでしょうね…」


「それは意外だな……。同じ境遇とは思わなかった」


「え!? 先輩もお父さんを……?」


「ああ。高校の途中でね。せっかく大学まで行かせてもらったのに、母さんには悪いことしちまったよなぁ……」



 排水に向けてキャストしたフローティングミノーをデッドスローでリトリーブしつつ、俺も身の上を語る。

 これに関しては、事故とはいえ本当に申し訳なかったと思ってる。

 姉さんが母を支えてくれるのを願うばかりだ。



「父さんたちは、いずれ元の世界で生まれ変わるんでしょうか」


「さあね……。まあ、死んだ後の魂は、いずれあるべき場所に還るんじゃないかな」


「私達の魂って、どこに還るんでしょうね……」


「それは俺達には分からないさ。ただ……俺の魂は輪廻を越えてでも、ミコトと共にありたいと思ってる。かな?」


「……そうですか」



 俺のド臭いセリフに、愛ちゃんは何やら難しそうな顔で俯いてしまった。

 いや、そこはツッコんでくれて構わないんだけど……



「先輩って……もし元の……」


「愛ちゃん!! 竿しっかり構えて!!」


「え!? うわぁ!」



 愛ちゃんが何か言いかけた瞬間、彼女のミノーの背後に黒い魚影が迫り、「バフッ!」という快音を上げて水面を割った。

 キバスズキ! いや、キーバスだ!



「うわ!! ちょちょちょちょ!! 凄い引きです!」


「結構大きかった! 慎重にファイトするんだ!」


「は……はい!」


「それと、俺にも掛ったから、君は独力で頑張ってくれ!」


「えぇ!?」



 なんというタイミング。

 愛ちゃんのヒットとほぼ同時に、俺のミノーにもキーバスがバイトした。

 こっちもそこそこのサイズに見える。

 どうやら、今日は良いサイズの群れが入っているらしい。


 竿を寝かせ、エラ洗いを回避する。

 キーバスのエラ洗いはラインブレイクに直結する要注意ファイトである。

 愛ちゃんは盛大にエラ洗いさせているが、俺の竿の構えを見て、穂先を水面に近づけた。

 おお。

 流石飲み込みが早い。



「絶対ダブルで釣るぞ」


「ひゃいい!! そ……その心は……!?」


「やりたいことがあるんだ」


「うひゃあ! な……なんかよく分かりませんけど、了解しました! うわわわわ!!」



 愛ちゃんがえらく大声でファイトするので、橋の上にギャラリーが並んでしまった。

 「あれってギルド新聞に載ってた子?」「あの人、デイスから来た釣りの達人じゃない?」などという声が聞こえてくる。

 思ったより俺達有名人……?


 そうこうしている間に、愛ちゃんがキーバスを縁まで寄せてきている。

 お、70はあるぞ。

 俺はすかさずタモ網を召喚し、彼女の魚をランディングした。

 そして返す刀で、俺が寄せた魚もタモに誘導する。

 どうよどうよ。

 俺の隠し技、ダブルタモ入れよ。

 こっちも70アップだな。


 歓声! とまではいかないが、パチパチと小さな拍手が橋の上から降ってきた。

 気のいいお兄さんが「よっ! デイスのフィッシャーマスター!」などと茶化してくる。

 俺はその声に応えるべく、愛ちゃんがキーバスを持つ手に腕を絡ませる。



「うわ! 先輩何ですか!?」


「ダブル60アップサイズには、このポーズを取るのがシーバサー……いや、キーバサーの掟なのさ。はい!」


「えっと……。こうですか? はい!」



 俺はいつか釣り番組で見たダブルキャッチのポーズ“ビクトリークロス”を披露した。

 そしてささやかな拍手を受けつつ、2匹のキーバスは運河へと帰って行ったのだった。

 いやはや……だいぶ満足……。



「ところで愛ちゃん。さっき元の云々って言いかけてたけど、何?」


「え……!? あ! いえいえ! 何でもないんです! さーて! もっと大きいの釣りますよー!」



 そう言って愛ちゃんは、人が捌けていった橋のシャドウ目がけて、再びミノーをキャストし始めた。

 なんか気になるが……。

 まあ、しんみりした雰囲気は吹っ飛んでいったし、いいか。

 まだまだ夜はこれからである。


釣り用語解説のコーナー


通し釣り

夕方から翌朝まで夜通し釣ること。

夏の連休などは、車の中で仮眠など取りつつ、朝まで竿を出す方々が数多く見られる。

釣り場で一夜を越すことへの高揚感から、羽目を外し過ぎないように気を付けなくてはならない。

また、港の治安情報と心霊情報は必ず仕入れて行こう。

特に後者は、本当によく調べて行こう。

謎の赤い海面が映し出された魚持ち写真が撮れたり、何者かに耳元でブツブツブツブツ呟かれたり、カーナビが突然固まって謎のビープ音がスピーカーから聞こえて来たりしてからでは遅いのだ。


デッドスローでリトリーブ

呪文のようだが、「リトリーブ」の意味を知っていれば分かりやすい。

訳すと、死ぬほどゆっくりリールを巻いてルアーを動かすことである。

ナイトシーバスゲームの基本テクニックだが、実は案外、腕とルアーの基本性能が問われる一面がある。



ビクトリークロス

某人気釣り専門チャンネルの、某人気シーバス番組の名物技。

2匹同時ゲットという難易度の高さから、ショアゲームではそう簡単には再現できないが、ボートなら案外簡単にできたりする。

「所長」という肩書に憧れた少年少女の視聴者は数知れない。

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