第55話:先輩の在り方
「ホントですか! 行きます行きます!!」
愛ちゃんを夕食に誘うと、彼女は二つ返事でホイホイついてきた。
口うるさくて堅物の同居人がいなくなり、彼女も少し寂しいようだ。
「明日から朝起きられるか心配ですよ~」と笑ってはいるが、しきりに家の中を振り返り、彼女がひょっこり戻って来ないものか、期待している風である。
前なら飯に誘われたとあれば、あの人が「何っ! 私もご一緒しようじゃないか!」と出てきたからねぇ。
彼女を引き連れ、すっかり夕闇に包まれた街へと繰り出す。
まだそこまでこの街に詳しいわけではないが、ギルドお勧めの店ガイドを読めば、ボッタクリやガラの悪い連中の店を避けることが可能だ。
味の方の保証はイマイチだが……。
言い方は悪いが、損せず腹が膨れればいい冒険者向けのガイドと言えよう。
まあ、愛ちゃんにマズいもの食わせるわけにもいかないし、今日は安パイ、あの店で行こう。
あの、3人でコスプレして大恥かいたあの店だ。
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「あら? ユウイチさん今夜は愛人さんとご来店ですにゃ?」
「違うわ! ただの後輩ですよ」
「にゃぁ~ん……。魚も女の子も釣り上げまくるフィッシャーマスター様と、新進気鋭の炎剣使い様ご来店ですにゃ~ん」
などと、随分な肩書きで案内されたテラス席につく。
愛ちゃんは「何なんですか今の……」と、割と本気で引いている。
まあ、君の反応が正しいよ……。
冒険者や、それを見守る人々は、心躍るような活躍や、ちょっと下品なネタを好むもの。
なぜか女たらしと噂される俺と、一気に頭角を現した愛ちゃんとあれば、そりゃ向こうの気も乗る。
ウチのパーティーは至って品行方正だけどな。
……本当だよ?
ただこの店、味は間違いない。
ギルド本部の食堂や、近隣の店より少し値は張るが、それでもいつも混んでいるのが、店の実力を示している。
とりあえず俺は海鮮炒め麺、愛ちゃんは俺のオススメが食べたいと言ったので、前回ミコトが美味しい美味しいと言っていた、野菜とエビの温麺を注文した。
「にゃひひひ……。ミコトちゃんには飽きちゃったにゃ?」
不意に、横から下品な猫言葉が飛んできた。
「なんだとぉ……」と振りむくと、やはり、世界樹ギルドのマーゲイだ。
デカいカニを女の子と囲んでいる。
ダンジョン上がりの金でナンパでもしたのか。
「にゃひひひ……。まあそんなとこにゃ。ミコトちゃんと終わってないなら……。その子はまだフリーって感じにゃ? どうにゃ? 今夜僕とどうにゃ?」
「おいおい、ウチの舎弟に手ぇ出そうとすんなよ。誘った子達と遊びな」
「ちぇー。僕は複数もいけるクチにゃけどにゃぁ……」
とか下品な話をしていると、愛ちゃんがますます引いていく。
ご……ごめんよ……。
冒険者ってこういうとこあるの……。
「ま、気が向いたら僕と遊ぼうにゃ」
「お断りします」
「にゃひひひ……。手厳しいにゃ」
そう言うとマーゲイは席のカニを剥く作業に戻った。
ナンパでカニを黙って食うって……。
(先輩! ああいう人ですか? 気を付けなきゃいけないタイプって!)
(いや、あいつはああ見えてまともな奴だ)
(えぇ~……。私ああいう人ホント無理です~!!)
愛ちゃんは凄い嫌いようだが、特務戦力の冒険者はそこのギルドの顔。
とんでもないクズや、素行不良の人間は絶対に選ばれない。
ちなみに愛ちゃん、彼耳良いから多分、聞こえてるぞ……。
マーゲイは黙々とカニを食いながら、少し項垂れている。
チャラい言動だが、女の子に引かれるのは傷つくらしい。
これ以上彼を傷つけないためにも、話題を変えよう……。
「愛ちゃん、これまではコトワリさんと一緒にクエストで鍛錬してたみたいだけど、これからはどうするんだい?」
「一応、簡単なクエストは、同い年くらいの参加者を募ってみようと思います。初心者同士なら私も相手も気が楽だと思いますし」
「俺とかミコト誘ってもいいんだぞ?」
「いえいえ。先輩はシャウト先輩パーティーの戦法の要じゃないですか。ちゃちなクエストのお手伝いで疲れを貯めたら駄目ですよ。それに……」
「それに?」
「先輩がいたら私きっと甘えちゃいます。先輩達がいなくても冒険者として生きられれるように独り立ちしないと……。今後もずっと雄一先輩やミコト先輩、シャウト先輩のお世話になるわけにはいきませんから」
そう言ってキリっとした笑顔を向けてくる愛ちゃん。
いい子……。
いい子過ぎる……。
しかし、与り知らぬ場所で、知らない駆け出し冒険者とクエストを回すというのは不安だ……。
ちょうど料理が運ばれてきたので、一旦話を切る。
お! これ美味い!
大きめのエビと片栗粉でトロミを纏った白身魚が甘辛いタレで和えられてて、麺との絡みが抜群だ!
カイワレのような細い野菜がシャキシャキと良い歯ごたえで、張りのある麺とのコントラストが面白い。
「美味しいです! エビの風味がいいですねコレ」
愛ちゃんも気に入った様子で、麺を啜っている。
よかった。
ここを選んで正解だった。
「ねえ愛ちゃん」
お互い完食したタイミングで、俺は愛ちゃんに話しかけた。
愛ちゃんは食後の甘いお茶を飲みながら、「んへ?」と目をこちらへ向ける
「やっぱり、鍛錬とはいえ君一人でクエストを回すのは心配だよ。これからしばらくは、俺かミコトを誘ってくれないか? 何なら後ろから見守るだけで構わないから」
そう。
後方保護者面でいい。
俺が本格的に引き込んだ冒険者への道だ。
彼女の身体や命には俺に責任がある。
万が一で大怪我や落命されてはたまったものではないのだ。
愛ちゃんは一瞬困ったような表情をし、俯いたのち、「は……」と口を開こうとした。
「おいユウイチ。それは野暮にゃ」
思わぬところから口が挟まれ、俺も愛ちゃんも面食らう。
「おっと。僕は確かに無関係な立場にゃけど……」
マーゲイは俺にビシッと指を突きつけ、話を続ける。
「お前はずっとこの子の面倒見る気にゃ? 一生」
「う……それはだなぁ……」
「駆け出しが一番の踏ん張りどころにゃ。そこで先輩におんぶに抱っこじゃ、中堅になった後、一人での戦い方も、パ―ティの組み方も、臨時パーティでの立ち回りも覚えられないにゃ。そういうのはお前、自身であれ知人であれ経験してるんじゃないかにゃ?」
うう……。
確かに……。
この先、数多の岐路がある。
そのどこかで愛ちゃんは俺達のパーティを離れるかもしれない。
なんなら、俺達がどこかで死ぬかもしれない。
そうなった時、彼女が孤独に野垂れ死なないためには、早くから独立して動ける実力を得ていなければいけないのだ。
メンバーの増減や、度重なる臨時パーティにも対応し、高ランクで躍進を続けるエドワーズ達。
シャウト先輩無しでは高ランククエストを受けられない俺とミコト。
そこにあった隔たりは間違いなく、頼るものなしで踏ん張ったか否かの差だ。
「にゃ?」
そう言ってニヤリと笑うと、彼は女の子達を連れて店の外へと出ていった。
「私やっぱり、あの人案外無理じゃないかもしれません……」
愛ちゃんがボソッと呟いた。