第51話:影の遺跡迷宮 地獄のボスラッシュ
暗く狭い影の中を通り抜けた先。
俺は突然激しい浮遊感に見舞われた。
いや……違う! 落ちてる!!
咄嗟に飛行スキルを全開で展開し、体の急降下を止めた。
「ひうぅ……!!」と、腕の中で小さな悲鳴が聞こえる。
よかった……俺が抱えてたの愛ちゃんだった!
どさくさに紛れてゴブリンに変わってたらどうしようかと思った!!
ヘッドライトを召喚し、降り立つことが出来る場所を探す。
するとお誂え向きな幅広の梁が見えたので、大急ぎで着地した。
「大丈夫か愛ちゃん」
「なんとか……。なんか暗い中ですごいお尻触られたんですけど……」
「俺じゃないぞ!?」
ゴブリンは暗闇の中において、聴覚と触覚を頼りに行動する。
手を伸ばした先に、柔らかな物体があったのでついつい触りまわってしまったのだろう。
本当に俺ではない。
少なくとも9割は俺ではないのだ。
とりあえず、自分達の置かれた状況を理解するべく、俺は梁から下を覗き込む。
「ゴギャッ!」「ゴブーーー!!」など、ゴブリンの悲鳴らしき声は聞こえるが、下は全く見えない。
もっと強い光源が必要だ。
というわけで、俺は集魚投光器を召喚してみる。
電源はアウトドア用品のポータブル電源だ。
大型の投光器を3つ並べて下に向けると、縦穴状の巨大な空間が広がっているのが分かった。
地下都市の吹き抜けみたいなものなのか……?
底は闇に覆われていて、よく見えない。
何か見えないかと眺めていると、吹き抜けの天井から何かがボトボトと落ちてきた。
……。
ゴブリンだ!!
シャドーメガマウスはあんなところに分身からの出口を繋げて何をしようとしてるんだ……?
と、ゴブリン達を目で追っていると、突然吹き抜けの床が白銀の輝きを放った。
うわ! 眩しい!!
慌てて偏光グラスを召喚して、輝きの発生源に目をやると、銀色に輝く穴が、大きな口を開けていた。
その中へ消えていくゴブリン達。
いや……。
穴じゃない!!
シャドーメガマウスの本体だ!!
でっけぇ!!
メガマウスの名の由来となった、巨大な口。
優に幅20mはある。
プランクトン食のメガマウスをベースとした魚がなぜゴブリンを襲うのか分かった。
アイツからすれば、俺達やゴブリンなど小魚小エビの類なのだ。
俺が飛行スキルを使えなければ、今頃二人仲良く胃袋の中だっただろう。
影分身を操って、丁度いいサイズの獲物を捕らえ、本体が潜む大吹き抜けに放り込む。
獲物が少しデカいと感じたら、骨空間へと捨てる。
本体はここで口を開けて待っていればいいだけってかい。
贅沢な生態してやがるな!
「あんなの……どうやって倒せばいいんですか!?」
隣で愛ちゃんが絶望に染まった声を上げる。
そうだ。
アレ倒さないとダメなんだった……。
あんな規模の敵、シャウト先輩無しで倒すのは無理だ。
呼びに行くか……。
いや待て、先輩達は魔方針でこの部屋を目指して動いているはず。
なら、下手に動いて迷うよりも、先輩達の到着を待っていた方がいいのではないだろうか?
幸い、俺達のいる場所へ繋がる道はない。
シャドーメガマウス分身体に感知されなければ、完全な安置と言えよう。
よし、果報は寝て待てだ。
俺は投光器とバッテリーを召喚解除した。
煌々と明かりを付けていては、分身体に見つかって攻撃を食らうかもしれないからだ。
あたりは再び完全な闇に包まれる。
「振動で敵を探してるかもしれないから、静かにね」
「はい……分かりました。手だけ……握っててもらって良いですか……」
「ん? ああ、いいけど」
何も見えない闇の中、分かるのは、俺達の吐息と、手から伝わってくる愛ちゃんの体温。
とにかく静かで、まるで体の感覚さえも狂ってしまいそうだ。
中世の拷問に、真っ暗で音も聞こえない地下に身動き出来ない姿勢で閉じ込めるというものがあったと聞くが、それをかなりマイルドにしたような状況と言える。
ただ、これだけ静かなら、シャウト先輩達の接近にもすぐ気づけそうだ。
先輩やミコトのことだ、今頃血眼になって俺達を探していることだろう。
無用な心配をかけてしまった以上、戦闘が始まったら全力で支援させてもらおうじゃないか。
そんなことを考えながら、目をつぶって聴覚に意識を集中させる。
時折、ゴブリンが落ちていく悲鳴に驚かされるが、それ以外は基本的に無音。
好都合だ……。
十分……30分……1時間……?
言葉も発さず、身動きもせず、暗闇の中で瞑想状態に浸ること体感3日。
悟りでも開こうかと考え始めた頃、ふと、何者かの足音が聞こえた気がした。
瞑想という名の仮眠状態から脳を目覚めさせ、慌てて耳を澄ます。
やがて、俺の耳に、粗暴な口調の声が聞こえてきた。
先輩……?
……。
………。
…………。
いや……。
それは聞きなれた、荒っぽくも優しい人の声ではない。
しかし、俺はその声を聞いたことがあった。
嘘だろ……。
やめてくれ。
マジで冗談キツイ。
先輩の声と誤解した愛ちゃんが、思わず声を上げようと息を吸ったのを察知し、俺は慌てて彼女の口を塞いだ。
「ギシャーッシャッシャッシャ!! 今度の奴はなかなかの大物みてえじゃねぇか!! これならこの世界の連中にもサメの恐怖ってもんがよく理解できんだろ!!」
レッサー……ダゴン!!
なんであいつがここに!!
見えずとも、ものすごい瘴気が吹き抜けの下から漂ってくるのが分かる。
冷気ではないのに、体が凍ったように冷えるのが分かった。
同時に、針で刺されたような痛みが全身に走り、俺は歯をくいしばって耐える。
愛ちゃんは経験したことのない恐怖にかられ、俺の腕の中でビクビクと痙攣を始めた。
俺の手で抑えられた口元からは、ブクブクと泡が噴き出す感触。
鼻息はいつになく荒い。
耐えろ愛ちゃん!!
あいつに見つかったらマジで終わりだ!!
体を走る痛みに耐えながら、声を、物音を押し殺す。
だが、そんな些細な抵抗は、レッサーダゴンの一言であっさりと終焉を迎える。
「天使臭ぇ奴がいやがるなぁ!!」
その声は、はっきりと指向性を持って俺達の元へと届いた。
直後、愛ちゃんが一層激しく痙攣し、そのままがっくりと項垂れた。
瘴気の圧に耐えられなかったか!!
こうなったらもう……俺が戦うしかない!
「釣具召喚!!」
俺は出せる限りの集魚投光器を召喚し、一斉に点灯した。
眩い光芒の先に、いつか俺とミコトを死の淵まで追いやった化け物が佇んでいるのが見える。
しかしその姿は、大きく変わっていた。
三角形の頭、巨大な歯、そして、小ぶりながら特徴的な背びれ……。
「サメ……!」
「ギシャーッシャッシャッシャ!! 今度こそ食い殺してやるよぉ!!」
悪魔、暗闇、連戦、友軍ゼロ。
あまりにも絶望的な戦いが幕を開けた。





