第50話:影の遺跡迷宮 エビザメの具足焼き 関東おでん風
散らばったエビのパーツ。
エビというか、エビザメというか……。
サメガチャNみたいな奴の破片を拾い集めてみる。
「うわ! これ凄いですよ! 身がミッチリです!」
愛ちゃんが見つけたのはエビの尾部。
二人掛かりでようやく持ち上がるほどの殻の中には、透明感のある身がたっぷりと詰まっている。
実入りの悪い足はとりあえず捨て置き、俺たちはそれで腹を満たすことにした。
生でも旨そうだが、転がっていた環境を考えると、生食は賢明ではないだろう。
一応外気に触れていた切り口部分も10センチほど切り落としておく。
そして、召喚したガスコンロに置き、焼く。
エビザメの具足焼きだ。
ダイナミックですな。
「はぁ~……何でこんなにお腹減るんだろうって思ったら、私さっきまで戻しまくってたんですね……。少しの間で色々ありすぎてもう訳分かんないです……」
愛ちゃんが口元を覆いながら、ため息をついた。
シュンくんの死から数分。
やばい奴が襲ってきたり、サメが出てきたり、俺がサメと魚を召喚したり、小手先の戦闘テクで何とか戦いを乗り切ったり……。
俺も正直、何が何やらだ。
戦闘中、感知スキルの音が激しすぎて、今なおキンキンと軽い耳鳴りのように脳内で反響している。
あー! 結構不快!
ただ、激しい運動も、激しい嘔吐も、激闘も激情も最終的には空腹を招く。
感情の果て、最後に残るのは人類の最も初歩的な本能ということか。
やがてエビザメの殻が赤く染まり始め、香ばしい匂いが立ち始める。
エビの殻特有のいい香りだが、身の方はなんか、不思議な匂いだ。
何だこれ?
嗅いだことあるような……ないような……。
「なんかおでんみたいな匂いしません? いえ、おでんというか、具というか……?」
おでん……。
確かにそうだ。
ぐつぐつと煮え始めた殻の中から、おでんっぽい、練り物のいい匂いがする。
練り物の最高峰はサメの身だが、このエビザメは生の状態で練り物じみた身を持っているらしい。
元の世界に居たら乱獲されそうだな……。
あふれ出た汁が滴り始めたので、火を弱め、南方の醤油系調味料“キージャ・マ”を注ぐ。
出汁も醤油も濃いめの味付けだ。
所謂関東風おでんを意識している。
このおでんというもの、意外と奥が深いもので、入れる具材で俄然味が変わってしまう。
しかしその一方で、変わり種具材を受け入れる拡張性も持ち合わせている。
餃子、ロールキャベツ、ウィンナー、何ならトマトや肉詰めピーマン、万願寺唐辛子なんかも美味しくいただける。
その拡張性を引き出すものこそが、練り物から出る豊かな出汁だ。
冬の我が家では鍋よりおでんの方がメジャーだったなぁ。
「わあ! すごい良い匂いですよ!」
キージャ・マを注がれたエビザメの出汁は、いよいよおでん感を増し、絶対旨いことを確信させてくれる。
沸騰させない程度の火加減で味をなじませた後、二人分の皿に肉を取り分けた。
赤と白の、エビ感があるおめでたい色をしているが、切った感触はおよそエビのそれではない。
匂いもだ。
さてさて味の方はどうかな?
と、愛ちゃんを見つめていたが、食べようとしない。
あれ、あんまりお好みではない?
「あ、いえ、こういうのは先輩がお箸付けるの待つものかなと……」
ああ、そういうことなのね。
皆で飯食ってるとミコトとコトワリさんが先陣切って食い始めるから全然意識したことなかったよ。
ではまあ、ここは先輩風を吹かそうか。
うお!
何この触感!
練り物のすじみたい!
箸を入れると、少し硬めの、それでいてフワフワ感がある、まさに練りものといった感触があった。
口に運びひと噛みすると、ムチっとした食感と、サラサラとした食感が混じっている。
しかも、最高級のハンペンにおでん出汁をみっちり吸わせたような味だ。
要するに、激ウマい!
少し邪道かもしれないが、俺は煮込まれたしみっしみのハンペンが好きである。
こいつはまさにそんな味。
「あ! 美味しいです! 私おでんはお肉派なんですけど、これすっごく美味しいです!!」
愛ちゃんもたいそう気に入ったらしく、紅白の身をパクパク食べている。
ああ~……。
ご飯欲しい……。
あっと言う間に二人の皿は空になったので、おかわりをするべく、エビの尾に近づく。
すると、奇妙な物音が聞こえてきた。
カラ……カラカラ……。
カラカラカラカラカラ……。
まるで、多数の何かが骨の山を歩いているような……。
そして気づく。
軽微ながら、ずっと鳴っていた感知スキルに。
あの転生者とエビザメとの戦いの中、凄まじい轟音で鳴り響いていたため、残響か耳鳴りだと思っていたそれは、敵の接近を正確に告げてくれていたのだ。
俺は頭にヘッドライトを召喚し、周囲を照らした。
すると、赤く光る目、目、目、目……。
うわあああああ!?
「先輩! やばいです!! 周りゴブリンだらけです!!」
しまった!!
色々ありすぎてここがゴブリンの住処だって忘れてた!!
「ゴブゴブー!!」「ゴブッシャァァァ!!」と、激しく威嚇するゴブリン軍団。
雑魚の集まりだけど、この数はやばい!!
エビザメ焼きの匂いにつられて集まってきたか!?
「こうなったらヤケです! やってやります!!」
と、短剣突撃を始めようとする愛ちゃんを羽交い絞めにし、空中へ脱出する。
「ダメです先輩! エビザメを守らないと!」と、真顔で言い放つ愛ちゃん。
命より食い物優先する奴があるか!!
と、思いつつ、正直俺もアレを喪失するのは惜しい。
何とかして奪還できないか……。
などと馬鹿げた思考をしていると、黒い影がゴブリンの足元からスゥ~っと出てきて、エビザメ具足焼きの真下で止まった。
ん? 何だ?
その黒い影が円形になると、突然地面からシャドーメガマウスの影分身対が出現し、コンロ諸共エビザメを丸呑みにしてしまった!!
「「ああーーー!!」」
思わず悲鳴を上げる俺達。
同時にゴブリンたちも蜂の巣を突いたような騒ぎになって逃げていく。
しかし、その下からは、まるでニシンの群れを丸呑みにする鯨のように、次々と影の魚が突き出てきて、一度に数体を飲み込み消える。
空中にいる俺たちのすぐ下まで伸びてきて、俺は冷や汗をかきながら、逃げるゴブリンたちを追って部屋の出口へと向かう。
この混乱に乗ずれば、戦うことなくここから逃れられるだろう。
ようやく出口の横穴に迫った時、感知スキルがけたたましく警告を発した。
「先輩! そこは出口じゃないですーーー!!」という愛ちゃんの悲鳴が聞こえた直後、出口に化けていたシャドーメガマウス分身体の大口が、俺達めがけて勢いよく伸びてきた。
俺の視界は再び闇に包まれた。





