第47話:影の遺跡迷宮 シャドーメガマウス
シャドーメガマウス。
例によってミコトが生み出した新生物である。
その能力は、影分身……。
自分の影で分身体を作り出し、その影分身で敵を襲う。
メガマウス特有の巨大な口は分身にもあり、その口は別の分身の口と繋がっている。
それを使い、シャドーメガマウスは狩りや防御を行う……らしい。
君はこんなの作って何がしたかったの!?
(い……いえ、ちょっとトリッキーなサメもいいかなと思ったんスけどね……)
俺の後ろで、ミコトが気まずそうに呟いた。
まあ、これが解き放たれたのは君のせいじゃないけどさぁ……。
よりによってこんな閉鎖空間でそいつと出会ってしまうとは酷い巡り会わせだ。
「ユウイチ、テレポートはどうだ?」
「ふん!! ……無理ですね」
「あいつ感知できたか?」
「いえ、あの影に関しては気配すら感じられませんでした。俺を狙ってきたら感知できるかもしれませんけど……」
「ヤベェな……」
小部屋で焚火を囲み、作戦会議をする俺達。
いつ襲ってくるか分からない影分身を警戒するため、俺とミコト、愛ちゃん、コトワリさん、シャウト先輩で部屋の四隅に散らばって位置取っている。
どうにも変な感じだ。
「でも、狩りをするってことは、影の口の先に本体がいるかもしれないんですよね? 逆にチャンスじゃないですか!?」
愛ちゃんの言葉に、先輩が「ほう……」と目を細めた。
なるほど……。
先輩の魔方針が反応したのはそれかもしれないな……。
愛ちゃん賢い。
「しかしどうやって飛び込む? 5人一飲みにするような大きさではなかったぞ」
「入れて二人くらいだったっスねぇ」
と、暗視能力抜群の二人が言う。
俺は黒い塊にしか見えなかったのだが、この二人にはそのシルエットがはっきりと見えていたらしい。
入れて二人って……。
そんなんシャウト先輩とコトワリさん行ってくださいよ。
「ああ、突っ込むならアタシらが適任だろうな。狙って突っ込めたら、の話だが」
「なら私たちは密着して待機するとしよう」
「おいちょっ……お前!?」
コトワリさんはおもむろに立ち上がると、シャウト先輩の後ろに回り、そのままひしと体を密着させた。
人との触れ合いに慣れていない先輩は頬を染めて立ち上がろうとしたが、「何をしているんだ? そういう作戦だろう」と、腕を回されてコトワリさんの膝の上に乗せられてしまった。
あら。美しい光景。
「おい、ニヤニヤして見んのやめろ。アタシはいつまでこうしてればいいんだ?」
「そりゃもう、アレが襲ってくるまでですよ」
「そうだな、ところでシャウト、髪がサラサラで良い匂いだが、良い石鹸でも使っているのか?」
「ひぁっ……! てんめぇ……! ダンジョン抜けたら覚えとけよ……!?」
無神経な行動と誉め言葉で先輩をナチュラル言葉責めするコトワリさん。
見てる分にはたまらねぇなこの光景……。
「ところで私たちはその間どうしてたらいいんスかね……?」
「一応、俺達もくっついとく……?」
「愛ちゃんどうするんスか! 一番襲われたら危ないっス!」
しれっとミコトをハグしようとしたら、怒られた。
彼女はこういう時、公私を混同しないいい女である。
ひとまず我々チーム若人は3人で固まって身を守ろうと愛ちゃんに提案したら、彼女は笑って首を振り、「先輩たちもサメ待ちしててください! 私は……えーっと、サメをおびき寄せる係しますから!」と、部屋の真ん中あたりに移動した。
いや、危ないからやめときなって!
俺の口が忠告を吐くよりも早く、彼女は焚火の薪一本を手に取り、頭上でグルグルと回した。
部屋の中で影がグルグルと回る。
「えい! えい! シャドーメガマウス! ここに格好の餌がいるぞー! なんて……」
彼女が言い終えるより早く、俺の体は動いていた。
こういう時、俺は咄嗟の判断力が滅茶苦茶増すんだよなぁ……。
損なのやら、得なのやら……。
そんなことを考える余裕さえ感じつつ、俺は彼女の元へ全力で飛んだ。
「愛ちゃん!!」
「えっ!?」
冴え渡りすぎた思考と手足に遅れること数秒、俺の口がようやく彼女の名を音として発した。
俺の眼前には、キョトンとして固まった愛ちゃんと、部屋の壁から出現したサメのシルエットがデカデカと映っていた。
僅かにシャウト先輩の「ユ……!!」という言葉が聞こえたが、それ以降、皆の声は聞こえなくなり、俺の視界はブラックアウトした。
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暗い……狭い……。
あとなんか手が柔らかくて重いものの下敷きになって動かない。
いい匂いと、少し汗っぽい匂いが……。
「んんっ!? だ……誰ですか!? ま……まさか痴漢!?」
俺の体の下で、愛ちゃんの声が聞こえた。
思わず「違います!! 弁護士呼んでください!!」と言ってしまいそうになったが、ギリギリ踏みとどまった。
異世界にはこんな暗闇の満員電車など存在しない。
「愛ちゃん……。大丈夫か……?」
「えっ!? 先輩!? あのっ!! ち……痴漢が! 私今腕掴んでます!!」
「愛ちゃん……。俺の手の上からお尻をどけてくれぇ……血が止まる……!」
「あっ! ご……ごめんなさい!!」
愛ちゃんが姿勢を変えたらしく、手の上の重量感が無くなった。
すかさず手を引き抜き、ブラブラと振って止まりかけた血を指先まで流す。
「先輩……ここ、どこですかぁ……?」
「分からないが……サメの胃袋ではなさそうだ……!」
上体を起こすと、狭かった空間が少し上に広がった。
どうやら、ちょっとした瓦礫の下らしい。
俺は飛行スキルを形質変化させて発動し、上から圧し掛かっている物体を投げ飛ばす
ガタンガタンと音を立てて、俺たちの頭上が解放された。
同時に、血なまぐさい臭いが鼻を突く。
「釣具召喚!」
俺は慌てて夜釣り用のヘッドライトとLEDランタンを召喚し、辺りを照らす。
直後、愛ちゃんが「ヒッ!」と息をのんだ。
俺たちがいたのは、無数の骨が散らばった石室。
そして、血の匂いを発していたのは、人だった。
「瞬撃……」
そして俺はその顔に見覚えがあった。