第46話:影の遺跡迷宮
「ダンジョンはかなりスタンダードな遺跡型。明かりは無し。ただし、横にも縦にも結構デカそうです。魔物の気配はかなり多かったので、戦闘頻度は高めになるかと」
まだ少し二日酔いの残る頭で、たった今見てきたラビリンス・ダンジョンの様子を報告する。
生憎、魚がいる環境ではなさそうだ。
報告する相手、シャウト先輩は、昨日の乱れぶりが嘘のようにケロッとしている。
「なるほどね。んじゃ、嵩張る生鮮系の食い物は避けた方がいいな」
「魚とかお肉も避けた方がいいっスねぇ……。臭いを察知して狭い部屋に魔物が殺到して来たら大変っス」
「はぁ……つまりはあのマズいギルド行動食が主食というわけか……。一刻も早く攻略して脱出せねばならんな」
旨い野営飯抜き。
その絶望的な情報に、皆残念そうだ。
だが、一人ムンムンと燃え上がる者がいた。
「戦闘なら任せてください! 先輩に貰ったコレでバンバン戦っちゃいますから!!」
愛ちゃんの手でキラリと輝くそれは、俺が彼女にあげたユミウオの頭蓋骨。
通称モンスター☆ジャック。
せっかく武器になるのなら、飾るだけよりも使った方がいい。
高額ルアーやレアルアーもそうである。
自分で使ってもよかったのだが、俺は生憎双剣使いだ。
腕が4本あるならともかく、双剣と弓との両立は難しい。
ということで、まだ遠距離攻撃魔法が苦手な愛ちゃんにあげることにしたわけだ。
彼女は大層喜び、俺がダンジョン偵察を終えるまでの間に、ギルドの小物屋で買ったであろう装飾品……例えば宝石の破片とかでデコりまくっていた。
おかげで少し禍々しい雰囲気さえあった魚ガイコツも、なんかオシャレっぽく見える。
「私、召喚スキルのおかげで武器とか持たないじゃないですか? 雄一先輩やミコト先輩みたいに、愛用の武器を腰や背中にぶら下げるのカッコいいなぁって思ってたんですよ! 大事にします!」
とは彼女談。
まあ、気に入ってくれたなら嬉しいよ。
魔法弓は意外とレアらしいので、上手く使いこなしてくれよな。
そう言うと、愛ちゃんは「はい!」と言いながら、指をかけてピンと弾いて見せた。
すると、線香花火くらいの大きさの火球が俺目がけて飛んで来る。
って熱っ!!
「ふふーん! どうですかこの絶妙な火加減!」
愛ちゃんは誇らしげだ。
えっと……。
これはシャウト先輩式教育施した方がよい?
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「お前ら前衛後衛の役割忘れんなよ~。つかず離れず、んで無駄口は避けろよな」
「はい! 頑張ります!!」
「……声もあんまり張らなくていいぞ」
愛ちゃんはこういうザ・ダンジョンは初体験だ。
「すっごーい……。ゲームの世界みたい……」と、俺の隣で絶賛感動中である。
こらこら、ゲームとか咄嗟に言うのやめなさい。
今回は俺と愛ちゃんが前衛、コトワリさんが中衛、そしてシャウト先輩とミコトが殿を務める。
直線のダンジョンならいざ知らず、入り組んだダンジョンでは前後どっちから敵が来るか分からない。
感知スキルを持つ俺とミコトが前後に分かれて前後を警戒し、パーティーの回復の要かつ、光源要員のコトワリさんを中央に据えて守る。
そして愛ちゃんが俺を、シャウト先輩がミコトをフォローする。
愛ちゃんの実力不足分は、俺がカバーしろとの仰せだ。
まあ、防御スキルも感知スキルもあるし、大丈夫だろう。
前みたく、悪魔にでも遭遇しない限りは……。
嫌な思い出を脳裏に浮かべつつ、俺は眼前の暗闇へと意識を集中させた。
……。
いるな。
反応を見るに雑魚だが。
愛ちゃんの肩を叩き、右手を上げて皆に注意を促す。
フィンガーサインは人差し指を上に向ける。
これは事前に決めていた、危険性の低い雑魚を意味するサインである。
シャウト先輩によると、ゴブリンやオークの類ように一定以上の知能を持つ魔物は、声の数で相手の人数を把握して、これに応じた作戦行動じみた真似をしてくることがあるらしい。
それを防ぐための秘訣がフィンガーサイン、ハンドサインによるやり取りである。
俺が敵を発見したことを悟った愛ちゃんはフン!と鼻息を鳴らして弓を構えた。
いや、そんな張り切らなくてもいいんだが……。
俺も双剣を構えて、ゆっくりと前進する。
すると、「ゲギギッ……」「ゴブゴブ……」という鳴き声が近づいてきた。
ゴブリンか……。
愛ちゃんに促して、腰を低くする。
こうすると、相手からは光源魔法を灯すコトワリさんの姿がよく見え、俺達のシルエットに気付きにくくなる。
これもサインと同じく、シャウト先輩の知恵だ。
敵を油断させることで、斥候の逃走を防げるらしい。
めっちゃ為になります先輩……。
「ゴゲゴゲ!」「ゴッブゴブゴブ!!」
早速その罠にかかったゴブリンの斥候が、こん棒片手に駆け寄ってきた。
2体1なら有利と踏んだのだろう。
確かに普通のゴブリンよりは大柄だが……。
その強さは感知スキルで見破っている。
(愛ちゃん!)
(はい!!)
合図をすると、愛ちゃんはモンスター☆ジャックに力を籠め、俺に撃った時よりもより強く指を引き、魔力光弾を放った。
「ゴブギャッ!!」
お見事!
その一撃は先行していた一匹の胸に命中し、燃え上がった。
断末魔もそこそこに、崩れ落ちるゴブリン。
愛ちゃんは返す指で、突然の攻撃に狼狽したもう一頭にも魔力光弾を放つが、こちらは外れた!
踵を返して逃げようとするゴブリン。
おっと! そうはいかん!
俺はすかさず氷手裏剣を撃ち込み、沈黙させた。
(ナイス!)
俺はサムズアップした拳を上に挙げ、「敵殲滅」のサインを送った。
ついでにゴブリン達に検死手裏剣を一撃食らわせておく。
これしないと、追剥中に思わぬ反撃食らうことあるからね……。
さーて、何かレアな宝石とか持ってないかなぁ……。
と、ゴブリン名物、ゴブリン・ポーチの物色にかかろうとした時、突然背後からシュっと風が吹いた。
同時に何か重量感のある楕円形の物体がパーティーのど真ん中に現れる。
うわ! 何だ!?
それは俺と愛ちゃんの間を勢いよくすり抜け、衝撃で吹っ飛ぶ俺達を尻目にゴブリンに飛びかかった。
そして、ゴブリン諸共、石畳へと消えた……。
まるでブラックホールへ消滅したかのように……。
あ……あれは……!?
「おい今、魔方針動いたぞ」
シャウト先輩の声が、沈黙した遺跡の回廊に響いた。