第44話:運河のキーバス フィールドテスト!
異世界釣具テスターに就任した日の夜。
俺は町を縦に走る運河沿いを歩いている。
釣りができそうな場所を探してるのだ。
アルフォンシーノの運河は、御茶ノ水あたりの神田川くらいの幅があって、遥か先の港へと続いている。
かつてはもっと幅広で細かく枝分かれしていて、港からの物資を町中へ運んでいたらしい。
その頃はどっかの東南アジアの船市場みたいな風景があったそうだ。
しかし港が大型化し、巨大な倉庫が立ち、より細やかな陸路での配送が始まってからは段々と使われなくなり、埋められたり暗渠化されたり縮幅されたりで、今の姿になったという。
どこも似たような歴史を辿るもんだな。
在りし日の姿に思いを馳せつつ、ガス灯に照らされた運河筋を眺めていると、ちょうど下に降りられそうな階段があった。
お!
これはちょっとした遊歩道的なもんかな。
東京の湾奥シーバスゲームの心強い味方「階段で降りれるなんか一段下がったとこ」みたいなアレだ。
これは僥倖。
係留されてる船もいないし、いい感じに手すりもない。
今日はここを攻めてみよう。
「釣具召喚……」
ご近所の迷惑にならないよう、小声で釣具を召喚する。
9フィートのシーバスロッドに2500番のスピニングリールという運河定番セット。
ラインはナイロン12lbの直結だ。
運河のような子場所ではこれくらいがちょうどいい。
ルアーはもちろん、あの獣皮ルアー!……。
と言いたいところだが、まずは普通に9cmのフローティングミノーで探る。
運河にかかる石橋の下、ガス灯が照らす明暗の境にキャストし、トゥイッチを混ぜながらリトリーブする。
この明暗の境というのは、見過ごせない要素だ。
トンネルから抜けた時、一瞬目がくらむ現象は皆体験したことがあるだろう。
海面の明暗部でも、ベイトとなる小魚にそれと似た現象が起きると言われていて、その前後不覚の隙を狙い、肉食魚が襲い掛かるという説があるのだ。
実際運河筋に限らず、街灯や常夜灯、集魚灯の明暗部の境は好ポイントになるので、おおかた合ってるのだろう。
強い肉食魚とて、体力を無駄に使いたくはない。
そのため、使えるものは何でも使う。
それが人工の構造物でも、明かりでも、時には音さえも、だ。
この強かさを感じられるのも、俺が生前、湾奥でのシーバスゲームを好んでいた理由である。
5投目で、穂先にピクピクという振動が来た。
キーバスとかブラッキーのバイトではないな……。
巻き上げると、7~8cmくらいの小さな銀色の魚がルアーの針に引っかかって暴れている。
多分こいつがベイトだろう。
今使っているルアーのサイズは9.5cmなので、少し大きいくらいか。
ルアーを8cmのシンキングミノーに変更し、再び明暗部へキャストする。
キャストごとにカウントダウンでレンジを少しずつ下げ、ミディアムリトリーブ時々トゥイッチで、魚が食いつく隙を演出……。
よし食った!
ルアーを変更して5投目で、キーバスが見せる吸い込み反転特有のコツン!グイーーー!!という衝撃が穂先に伝わる。
そのまま巻き合わせを入れると、今度はロッドがグインと気持ちよく曲がった。
あまり大きくはないが、やはり自分の読みが当たって釣れる魚は嬉しいものだ。
それがシーバスであれ、異世界のキーバスであれ。
竿のしなりとナイロンの伸びでファイトをいなしつつ、足元まで寄せ、フィッシュグリップで下あごをキャッチした。
緑と黒の濃い、居付きの魚のようだ。
シャカ2.5……40cmくらいかなぁ。
よしよし、今外してやるぞっと。
魚体を水に漬け、プライヤーでフックを外す。
この時キバで手を切らないようにするのと、魚の柔らかな口元の膜を破壊しないように気を付ける。
しかし、この魚だが、立派な牙を持ってるのに、捕食のための行動はシーバスと同じ吸い込み型なんだよなぁ……。
何に使ってるんだろ?
まあ、生態調査はおいおいだ。
今はこの運河の攻略が先決である。
俺は先ほどと同じコースにルアーを通す。
すると、また同じくらいの魚が食ってきた。
ここの運河のアベレージらしい。
その後3匹目、ルアーをシンキングペンシルに変えて4匹目を追加すると、魚の反応がパタリと止まった。
うむ。
スレたな。
さて、ここからが俺の腕と、こいつの性能の見せどころだ。
俺はルアーをあの獣皮ルアーに変更する。
硬い獣皮を長い楕円形に切り、ウェイトを挟んで縫い合わせた構造らしい。
ウェイトはルアーの前半分だけに入っているようで、後部はフニャフニャと曲がる。
中を貫通した太めの糸で、ラインアイとテールの針が直結されているようだ。
ふむふむ……。
設計思想はワーム素材のシンキングペンシルに近いな。
獣皮素材には、そこから出す波動が魚に警戒心を抱かせにくいという説があり、皮素材を用いたシーバス用ルアーは数少ないながらも存在する。
かつては釣竿&リールの大手メーカーも、後ろ半分にレザーのしっぽを備えたシーバス用ルアーをラインナップしていた。
あの頃のあそこは尖ってたなぁ……。
いかんいかん、話が脳内で逸れた。
まあベイトについた食い気の高い魚など、言ってしまえば謎メーカーの粗悪ルアーでも釣れる。
真にルアーと釣り人の実力が試されるのは、スレっからしのフィールド。
ここで普段愛用しているワームを使えば、俺ならあと2匹は引き出せる。
腕には自信あり、ならば問われるのは純粋にルアーの性能というわけだ。
俺は期待に胸を躍らせて、そのルアーを橋の下へとキャスト……。
うわ!! 全然飛ばねぇこいつ!?
遠投性とか微塵も考慮されていないそれは、固定重心のシンキングミノーを遥かに下回る飛距離を記録してへにょへにょと着水した。
早速前途多難だぞこいつ……。
小さな手帳に、遠投性×と記入する。
この世界の釣竿では遠投性もクソもないのかもしれないが、今後この町で産声を上げるであろう異世界式スピニングリールのため、ここも厳しめにチェックさせてもらう。
とりあえず、スローリトリーブ……。
う……うーん……。
泳がない。
ロッドアクションを付ければ、左右にふらふらとスライドしていくので、使えないことはなさそうだが、直進安定性に難ありだな。
一応沈むようなので、先ほどのレンジを意識し、ロッドアクションを付けながらリトリーブする。
ストレートタイプのワームをノーシンカーで使う感覚で……。
にしては水の抵抗を感じないんだが……。
などと考えながら投げること4度目、突然「ガツン!!」という衝撃が竿に走り、ドラグがジジッと鳴った。
うお!?
何だ!
重っ!
俺は腰を低くし、重いファーストランを耐える。
が、それはあっさりと終わり、そのままあっという間に足元へと魚が寄ってきた。
サイズは同じく40センチくらい。
ああ……スレか。
ルアーの針はキーバスの背中に掛かっていて、ちょうどバイブレーションプラグのような姿勢でキーバスが暴れている。
所謂スレ掛かりというやつだ。
どうりで重いわけね……。
暴れる魚から針を外してやると、キーバスはすぐに水底へと帰っていった。
うわ~……。
獣皮半分剥けてるぞこれ……。
今のスレ掛かりファイトのせいで、獣皮ルアーの後ろ半分の縫い目が解け、開いてしまってる。
強度にも難ありだな君……。
しかし、現状一つしかないこいつを使い続けるしかないので、俺はそれをそのままキャストした。
直してもよかったのだが、実のところ、ガッカリに次ぐガッカリで、このルアーへの期待が薄れてきたのだ。
「ん? なんか重いな」
そんな投げやりな状況下でまず最初に起きたことは、巻き心地の変化だった。
それまでの、ルアーが付いているのかさえ分からないような巻き抵抗だった獣皮ルアーの感覚が、急に重くなったのである。
あの広がったテールが作用してるのかね?
などと分析していると、今度はプルプルという微振動が伝わってきた
やっぱテールの形状変化っぽいな。
巻き抵抗が増したおかげで、ルアーの直進性が少し上がってるっぽいのもいい。
これ、この形状が吉かも……。
俺はいったんルアーを回収し、再び橋の明暗へとルアーを投げた。
少し飛行姿勢が良くなり、飛距離が伸びたように思うのは、多分、ルアーが水を吸ったからだろう。
もう一度丁寧にカウントダウンし、スローリトリーブする。
すると、ついに待ちわびた瞬間がやってきた。
「よしヒット!」
吸い込み反転のアタリがきたので、俺は重みを感じてからしっかりとアワセる。
ルアーが軽いので、水中ヘッドシェイクでもバラシは少なそうだ。
そのままスイスイっと寄せたのは、今日のアベレージよりほんの少し大きい。50cmクラスの居付きキーバス。
うむ……。
このルアー、絶賛は出来ないが、可能性は十分にあるな……!
釣り用語解説のコーナー
吸い込み反転型バイト
スズキ(シーバス)のように、大きく広がる口で小魚を吸い込み、反転する捕食方法のこと。
最初の吸い込みの時点で出る「コツン」というアタリにアワセてもあまりフッキングしないことから、「スズキは餌を食うのが下手」という俗説が流行ってしまった。
しかし、捕食が上手いという説も現状確定的な情報は無い。
ただ一つ言えることは、「あー! スズキは餌食うのが下手だからねぇ!」というフレーズは、バラした時の言い訳として非常に便利である。
シャカ
釣り用語ではない
ハワイで用いられるハンドサインである。
グーにした手から親指と人差し指を立てた状態で振ったり前後に動かしたりすることで、「やったね!」「ありがとう」「バッチリ」などの意味を伝えることができる。
この立てた2本の指を目いっぱい広げた状態で魚の体に添わせるとあら不思議、メジャーもないのに魚のおおまかなサイズが分かるのだ。
自分のシャカの幅を事前に調べる必要はあるが、非常に便利なテクニックの一つとされる。
一人で釣りをする時と二人以上で釣りをする時では、申告するシャカのサイズが違うという説がある。
あの頃のあそこ
言わずと知れた大手釣具メーカーの、ソルトルアー迷走期
コンセプトからデザイン、性能までいろいろと尖っていた時期があった
今ではすっかり垢抜け、人気ブランドと化しているが、多くのファンは当時のカタログにでかでかと載った「ヘリコプターモード」に変形したスピンテールジグの紹介写真と、添えられた真面目な解説を忘れはしないだろう
獣皮ルアー
シーバス界隈ではもはや殆ど見ることは出来ないが、バス、ナマズ界隈では今でも皮素材を使用したルアーは結構ある
スレ掛かり
スレと呼称されることが多い
魚の口以外の部分に針がかかってしまうことを指し、かかり方によっては、口にかかった時よりも引きを強く感じたりする
魚が警戒心を抱いてしまうこと(スレ)と文字面が同じなので紛らわしい