第43話:異世界テスター
「これがベイトリール。このせか……大陸にも存在する、太鼓型の糸巻きの延長線と考えてください。そして、こっちがスピニングリール。飛距離とか考えると、こっちの方がお客さんには画期的に映ると思います」
「ふむ……。分解してみたいんだが……。ダメかい?」
「ダメではないんですが、無理なんですよね……」
俺は召喚したスピニングリールのメンテナンス用パネルに平らな針金を当て、ネジを外す。
すると、リールはシュッと光の粒子になって消えてしまった。
そう、これはあくまでも「釣具」。
釣具としての姿を失った瞬間、消滅してしまうのだ。
例えばロッドが折れたとき、ルアーが割れたとき、鉛オモリを溶かした時。
釣り糸も切れた瞬間、ハリス側は消えてしまう。
まあ、素材によってはこの世界の色んなものを変えてしまう可能性があるので、それで然るべきだろう。
タングステンとか下手したらこの世界のどんな金属より硬いし……。
「ふむ……それなら仕方がないな」
「すみません、一応内部ではこういう歯車がかみ合って回ってるのは分かるんですけど」
「いやいや、一向に構わないよ。むしろ、この大陸にもある機構で動いているのが分かっただけでも収穫さ。ちょっと触ってもいいかい?」
「ええ、どうぞ」
スピニングリールを再召喚し、ベイトリール、そして標準的なルアーロッドと併せて店長に渡す。
店長は「ふむふむ……これがこう動いて糸を均一に巻くのか……!」などと、言いながらハンドルを回したり、ベイルを起こしたりしている。
商工ギルド漁具部門の部長だけあり、工業にもある程度通じているらしい。
流石に精密な構造は分からないまでも、ギアとギアのかみ合う方向をイメージでスケッチしている。
無論、現代のリールにはドラグだのギア比だの防水機構、ベアリングなど、小難しい要素や部品が絡んでくるわけだが、スピニング型のリールが発明されるのは時間の問題だろう。
「でもいいんですか? こんなあやふやな情報だけでこんな良いもの貰ってしまって」
「構わないさ! 僕はもう大陸を飛び回って釣りをするなんて出来ないからね。その本も君に使われる方が幸せだろう」
技術提供料に加えて貰った冒険家ファントムの絵日誌だが、これはかなり有用な資料だ。
大陸の山、川、源泉、海域、採れる魚や生息している獣、魔物、特産品などが地図に合わせて描かれている。
全てを網羅とはいかないだろうけど、釣りもの図鑑としては十分だ。
それにモンスターや獣、野草の生息図もあるので、遠征先での野営や食糧調達にも使えそうだ。
こんな便利な本がなんで絶版されてんの……?
「まあ需要が無かったのさ。今本当に“冒険”してる冒険者は殆どいないだろう? 商人は地図とモンスター、動物の情報があればいいし、一般市民にゃ全土の地図なんて必要ない。もちろん地図そのものは今でも広く使われてるが、こういう余談みたいなもんまでは必要ないってこった」
な……なるほど……。
確かに俺達冒険者って肩書だけど、実態は何でも屋ないし傭兵みたいなもんだ。
一度所属した地域のギルドから動くことはあまりないし、移動の多くは飛行クジラを使う。
観光業はあるけど、空路や開かれた通商陸路で移動するから、隅々までのマップは必要ない。
それを考えると、こんなにゴツくて無駄な情報の多い本は不要ってことなのかな。
識字率もさほど高くないって言うしなぁ……。
「ふう……。一応ウチで再現できそうな部分は描けたよ。あとは僕らで頑張ってみるさ。ただこの釣竿の方だが……この素材は……竹かい?」
「いえこれは……俺にも分からないんです」
今日の釣竿の殆どはカーボンやグラスファイバーで作られている。
これをこの世界の工業水準で再現するのははっきり言って無理だ。
「例えるなら、人工のめっちゃ頑丈でよくしなる竹みたいなものです」
「ムムム……素材の再現は難しそうだが……この糸を通す部分や接合部くらいは参考にできるだろう。ありがたく描かせてもらうよ」
力になれず申し訳ない……。
でも、この世界にはすごい竹とかあるかもしれないので、ガイドと印籠継ぎの技術さえ会得できれば、新素材無しでもいい竿が作れるかもしれない。
「うん! これだけ描けたら十分だ。さっそくだが協力料を……」
「いや! いいです! いいです! これ一つで十分ですよ」
「ええ!? しかしそれでは商工ギルドの者として気が済まないよ」
「いえ、構いません。ただその代わり、出来上がった釣具は俺に真っ先にテストさせてください」
たったこれだけの情報しか渡せてないのに、協力料などとおこがましい。
それに、不完全なものを世に出して、この店が責められるような事態も避けたいのだ。
「君ってやつは……! 分かった! モノになったらすぐに連絡をしよう。それと、せっかくだ。うちの新作釣具やギルドの新漁具ができたらまず君に回そうじゃないか」
「マジですか! それは楽しみだなぁ!」
「手始めに……」と言って、店主は動物の皮で作られた疑似餌を持ってきた。
なんでも、大陸北方で昔から使われている漁具を改良したものらしい。
「これがよく釣れたなら、君の推奨疑似餌として売り出させてもらうよ。フィッシャーマスター殿の腕はインフィート首長のお墨付きなのでね」
「ははは……とりあえずその呼称は広めなくていいです……」
そう言ってものすごい勢いでハンドシェイク握手してくる店主。
こうして俺は、異世界で釣具屋契約テスターとなった。
しかしテスターかぁ……。
昔から憧れてたんだよね!
よっしゃ!
頑張って釣ろ!