第42話:交換条件
「どうしたユウイチ。随分嬉しそうじゃねぇか」
「あ、分かります? ちょっと最強アイテムを入手しましてね」
「最強アイテム……。釣り針かなんかか?」
「先輩俺のことどういう目で見てんすか……」
翌朝、ミコトと一緒に部屋に戻ると、シャウト先輩はソファーでゴロゴロしていた。
途中、ギルド本部で受け取った今日のギルド画報を先輩に手渡す。
「朝ごはん食べました?」と聞くと、「うんにゃ、いま起きたとこだ」と返事が返ってきたので、買ってきた堅パンを3人分に切り、バターを乗せる。
これをオーブン窯に入れて焼く……痛てて……。
腰曲げると痛てぇな……
そんな俺の様子を、ミコトは顔どころか全身をツヤツヤさせながら、無言の笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「面白れぇニュースがねぇなぁ……」
先輩はゴロゴロと姿勢を変えながら、画報をポイっと放り投げた。
まあ、ここ最近平和だしね。
モンスターの異常発生とかもないし、賊の跳梁もないし、特務組も順調にダンジョンを封じてるし、邪神教連中もすっかり大人しい。
それに、夏は大きなイベントも無いので、ギルド画報は毎日似たような内容になりがちである。
まあ、事件や動乱は無いに越したことはないが、ずっと特務待ちでは体が鈍ってしまうし、何より退屈だ。
「ちったぁ腕ごなしになるクエストでも来ないかねぇ」と言って、また姿勢を変える先輩。
暑がりのシャウト先輩は普段着の布面積が日に日に小さくなっていく。
麗しい足も腹も胸元も腋もむき出しで伸びをしたりゴロゴロ転がるので、正直目のやり場に困るんですけど……。
ミコトの方を見ると、優しそうな笑みを浮かべてテカテカしていた。
愛情をたっぷり補充したミコトはいろいろと寛容になる。
パンが焼きあがる前に、俺はフライパンで卵とハムを焼く。
ハムエッグトーストを作るのだ。
安全なのかどうか分からないガスコンロから噴き出す青い炎によって、ハムエッグはすぐに完成した。
オーブンからパンを取り出し、その上にハムエッグを乗せる。
味付けには塩と胡椒。
それから……。
「先輩これ試してみます? こいつが最強アイテムです」
俺は小樽からキージャ・マを小さな瓶に注ぎ、食卓に置く。
食卓に醤油瓶。
今この部屋は実質日本の一般家庭の居間と言えるだろう。
今は……居間……。
……。
「お、なんだそれ? また旨いもんか?」
「ええ、特務仲間の故郷から取り寄せてもらったものなんですけどね。俺の故郷の旨い調味料そっくりなんですよ」
「へぇ! そりゃ楽しみじゃねぇか」
それまでソファーで腋丸出しガニ股という、およそ外では披露できない姿勢で寝そべっていた先輩が、ピョイっと起き上がってテーブルにつく。
衝撃で肌着の肩紐がずれ……。
おっと、俺は何も見てないですよ。
「なんか嗅いだことのねぇ匂いだな……」
そう言いながら、キージャ・マをハムエッグにかける先輩。
流石に今日の日本で流通しているそれほどではないが、芳醇ないい香りだ。
もはや俺たちが提供する料理に対しての警戒心が消失している先輩は、味見とかせずに大口でトーストごとザックリと頬張った。
「お! こりゃ旨ぇじゃねぇか! 塩っぱさと酸味と……なんかいい感じの味がグッと来るな!」
「オメーらの作ってるミソっつーのに似た感じがするな。味は全然違ぇけど」と言って、あっという間に一枚を平らげてしまう先輩。
流石先輩。
どちらも豆が発酵して生み出されるうま味成分を多分に含んでいるわけですよ。
俺もキージャ・マをかけてハムエッグトーストを頬張る。
口に広がる醤油と黄身の味と、バターの甘み……。
いやぁ~たまらない!
この味が異世界でも味わえるとはなぁ……。
「これ卵にかけても旨いですけど、魚と合わせるとマジで最高なんですよね」
「へぇ……。アタシらと相性抜群じゃねぇか」
「近々新鮮な魚で披露しますよ。焼き魚だけじゃなくて生魚とも相性抜群ですから」
「そりゃいい。楽しみにしてるぜ。あと、こういう旨いもん食う時はアイとコトワリも呼んでやれよな」
「そうですね。二人がクエストから戻ってきたら誘ってみますよ」
「あ? あいつらクエスト行ってんのか。どっかの釣りバカと違って随分やる気満々じゃねぇか」
「へへへ……」
そんな他愛もない談笑をかわしていると、ふと、ミコトがやたら静かなことに気付く。
彼女の方を向くと、相変わらずミコトは天使のような笑みを浮かべてツヤテカしていた。
ただ、彼女の皿に乗っていたハムエッグトーストは綺麗さっぱり無くなっていた。
一応、生きているらしい。
この様子なら、今日は運河筋のキーバスゲームに洒落込めそうだ。
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「おお! ユウイチくん! どうだい? 釣れてるかい?」
既に顔なじみになっている釣具屋に入ると、店主が声をかけてくる。
普段からにこやかな人だが、今日はいつにもまして機嫌がいい。
「君が教えてくれた“カブラ”が大当たりでね。よく釣れるって馴染みの連中が大喜びなんだよ! いやぁ~。やっぱり大陸西方のフィッシャーマスターは違うねぇ」
どっから聞いたんだよそのあだ名!
久々に聞いたわ!
「はっはっは! インフィート商会のサステナ嬢からさ! こう見えて僕は商工ギルド漁具部門の部長をしていてね、会うたびに君の安否を聞かれているよ。魚だけじゃなく女の子を釣るのも得意なようだね! はっはっは!!」
サステナちゃん……あの子は……あの子はまったく……。
妙な噂が商工ギルド経由で広がっても困るので、一応否定すべきところはしておこうと思い、あの赤い子、つまり愛ちゃんは別に恋人とかじゃないですよと言うと、えらく驚かれた。
冒険者連中に限らず、この世界の連中は一緒に何かしているだけで即惚れた腫れたに繋げるから困る……。
店主は一通り大笑いした後、「まあそれはさておき、なんだがね」と、真面目な顔になる。
なんだなんだ。
「君は僕らの知らない、遥かに先進的な釣具を持っているだろう?」
「ええ、まあ暗黒大陸由来のものですが」
「その釣具をもっと伝授してほしいんだ。もちろんタダとは言わないよ。特に君の使っている不思議な素材の竿や、糸巻き……リールと言ったかな? それを僕たちが作れるよう手助けをしてくれないだろうか」
そう言って店主が持ってきたのは、俺が使っているベイトリールのような外観の、“リールらしきもの”だった。
これは……?
「君が前、港で使っていたものを見よう見まねで作ってみたんだが……。全くモノにならなくてね……」
「ま……まあ中身は俺もよく分かりませんからね。ていうかいつ見てたんですか! こわいんですけど!!」
「はっはっは! 申し訳ない。どうだい? ひとつご享受してもらえないだろうか」
なんか圧がやべぇ!!
でも……商工ギルドの部長と言われると、なんか納得できる……!
どこの街の人らも新技術とか新商路とか聞くとすごい熱量で挑んでるもんなぁ……。
しかし、俺は自分の釣具の作り方なんて知らないし、どういう機構でパワーや軽さが実現されてるのかも分からない。
教えろって言われても難しいな話だ。
「む! 渋そうな顔だねぇ……。それならこれを見ても首を横に振れるかい?」
店主は棚の裏に隠されていた鎖をジャラジャラと引っ張った。
え、何!? 何なの!?
戸惑う俺の前に、天井から何かが下りてきた。
それは……本。
焦った!
知らない間に人質になった愛ちゃんとか出てきたらどうしようとか思った!!
ていうかこの本は何よ。
「これはね……かつてこの大陸の全てを渡り歩き、地図を作ったとされる冒険“ファントム”の絵日誌のレプリカさ! 絶版されてるからそう簡単には手に入らんよ!」
「そ……それが一体俺にとって何のメリットが……」
「彼が歩測した大陸全地域の水系図や生息する魚896種の記録付き。スケッチもあるよ」
「協力します!!!!」
俺は勢いよくその本を掴み取った。