第18話:クエスト ~へリング高地の異変を調査せよ~ 後編
「はぁ!? イカ!?」
高位魔術師の超高度回復魔法により、一日で無事退院したエドワーズが素っ頓狂な声を上げた。
そりゃ高原地帯に巨大イカが群れを成して産卵に来ているなど誰も思うまい。
だが、現状それが最有力の説であり、今日の現地調査はその確認の為だけと言っても過言ではない。
「何だよ~。お前美味しいとこ持っていきやがって~」と文句を垂れているが、彼が勇気をもって前進してくれなければヒントに辿り着けなかったのだから、この手柄の大半は彼にあるだろう。
そんなことを言ってやると、「そ……そうか?」と照れている。
こいつは詐欺とかに気をつけた方がいいな。
「あなたから母の怒りと悲しみを感じます……」
「うわあ!! びっくりした!!」
そんなことを考えていると、早速胡散臭いお姉さんに絡まれている。
ミコト達によると、昨日半狂乱で山を指さしていた占い師のお姉さんらしい。
「そ……それって人間の母ですか? それとも動物の……例えばイカとかの母ですか?」
と、試しに俺の仮説について聞いてみた。
すると、「母は母です」と言われてしまった。
た……頼りにならねぇ……。
「無数の腕、鋭利な刃、霧に紛れるその姿……。母の怨念があの高地に潜んでいます!!」
そう叫んだ後、彼女はまた倒れ、病室に連れ戻されていった。
ふむ……やはり産卵期のイカを指しているようにも思う。
呪術や精神攻撃に対する耐性が高くないと務まらないジョブである占い師がこれほどまで取り乱しているのだから、あの高地に潜むイカたちは相当な怒りを抱いているのだろう。
クラム湖で何かあったのか……?
今ここで考えていても仕方がないので、ひとまず4人で再びへリング高地へと向かうことにした。
今度は歩きではなく、俺とミコトの飛行スキルを使ってである。
俺がエドワーズを、ミコトがコモモを背負い、針葉樹の森の上を飛行する。
昨日俺とエドワーズが襲われた森の切れ目を飛び越し、岩と低木の広がる高原エリアを飛行し、柱のように切り立った大岩の上に着地した。
高さ50mを優に越える巨岩である。
流石の帝王といえどもこんなところには来ないだろう。
初めからここにキャンプ地を構えて観察でもしていればあんな怖い思いをせずに済んだのだろうが、まあ、それは後知恵である。
「テント召喚!!」
キャンプ道具召喚スキルで4人が入ることのできる大型テントを出し、手早くペグを打つ。
現代のテントを始めて見るエドワーズとコモモはその薄さ、内部の明るさ、そして防寒性の高さに驚愕していた。
ふふふ……化学繊維を敬うがいい……。
テントの前に大ぶりな石や丸太を集めて布を敷けば、監視基地の完成である。
眼下には高地の美しい景色が広がっている。
だが、鹿や熊、ゴブリン等動くものは何もいない。
原生動物、魔物たちは巨大イカに恐れをなして平原へと降りて行ってしまったのだ。
そしてそのイカもまた、港で出会った謎の老人曰く、「姿をくらます名人」とのことなので、相当の光学迷彩能力を持っていると見て間違いない。
コウイカによく似た外見だったし、体の凹凸パターンを変化させて木々や岩に姿を変えているということもあり得るのだ。
ああ、あのお爺さんに見た目とかまで聞いとくべきだった……。
「あ! 今あの辺ボワって揺らぎました」
コモモが小さな泉の淵を指さした。
急いで双眼鏡を召喚し、その方向を見る。
すると確かに、何か半透明の塊がモゾモゾと動いている。
そして、泉にポワ……ポワ……と波紋が広がるのが見えた。
どうやら姿を消して水分を補充しているらしい。
よく見ると、その泉の傍にある倒木が時折ユラユラと動き、低木の中にも表面がやけにツヤツヤしたものがある。
擬態して身を潜めているようだ。
この高地で現在最大最強の生物だろうに、全く警戒心の強い生物だ。
だがそれこそが繁栄の理由なのだろう。
気になるのが、時折現れるそのシルエットだ。
ツツイカ特有の三角頭でも、コウイカ系の楕円形とも違う、やけにズングリムックリした形状に見える。
例えるなら象やリクガメのような4足歩行生物のような姿だ。
あれがいわゆる陸上形態なのだろうか。
その半透明なイカたちは基本的に草や岩に擬態し、時折水を補給しに動くくらいで、暴れまわるでも、産卵活動を行うでもない。
やはりそこは夜行性。
日中は活発な活動は行わないようである。
まあとりあえず、夜までノンビリ待つとしよう。
キャンプ用の折り畳みテーブルを召喚し、昼食の準備にかかる。
クーラーボックスに詰めてきたアカシマメバルを捌き、塩水と生姜っぽい根菜を入れた鍋に入れて水から煮る。
塩煮というやつだ。
ドシンプルゆえに魚のうま味を堪能するにはもってこいである。
塩焼きが香ばしさを引き立てる調理法なら、こちらは魚の身の甘みと風味を際立たせる調理法と言えよう。
ひっくり返すと身が崩れてしまうので、お玉で魚に煮汁をかけてやる。
煮立ってから10分ほど。
魚に火が通れば完成だ。
皿に盛り、付け合わせにその辺で摘んできたセリを乗せる。
あとは飯屋で買ってきた塩おにぎりを皆に1つずつだ
「お前らクエスト中こんな豪勢なもん食ってんのか!?」
配膳された食事を前に、エドワーズが驚愕する。
一般的に冒険者のクエスト中の食事は簡素だ。
持ち込める道具も限られるし、洗う手間等を考えると干し肉や乾パン等がメインになる。
俺たちの場合、道具を持ち込んだり、片付けたりする手間が一切不要なので、思う存分料理出来るのだ。
生活する上では釣具召喚よりもよほどチートである。
「美味しいですね。あっさりしてていくらでも食べられそうです」
既に俺の魚料理の虜と化しているコモモが早くも半身を平らげつつ、「魚の滋養が染み渡る~」などと言いながらホッとため息をついている。
エドワーズも一口食べ、「こりゃうめぇ!」と言った後は黙々と魚の身を口に運び続けていた。
うん。
今回も上出来だな。
8匹あったアカシマメバルはあっという間になくなり、召喚解除で片づけを済ませる。
エドワーズは「便利な能力だなぁ~」と感心しきりだった。
「ふぁ~~暇っすねぇ……」
しこたま食べてご満悦のミコトがテントの中で大あくびをしている。
コモモもその横で寝転がり、ミコトとガールズトークに花を咲かせている。
実際非常に暇だ……。
下の風景は昼食前と何ら変わらず、生真面目に監視を続けるエドワーズすらもコクリコクリと船を漕いでいる。
ちょうど気温も上がりきり、気温の低い高地と言えどもポカポカと温かく、うたた寝には丁度いい時間帯ではある。
俺も眠くなってきた……。
この巨岩の上でいる限りは安全だろうし、ちょっと俺も……ひと眠り……。
新緑の心地よい香りに包まれ、俺の意識は途絶えた。
どこかでキーンと金属のような音が聞こえたような気がした。
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「雄一さん! 雄一さん起きてください!! すごいですよ!」
ミコトの声で目を覚ますと、空は既に真っ暗だった。
いかん……寝過ごした……。
寝ぼけ眼を擦りつつ、大岩の下を覗き込む。
同時に俺は「うおぉ!? すげぇ!」と声を上げた。
眼下はまさにパレードの様相。
青や緑、紫の光がピカピカと点滅している。
それまでズングリムックリとした形状だった胴が、ケンサキイカのように尖った三角形になり、クリスマスツリーのイルミネーションのような輝きを纏ってユラユラと揺れている。
「綺麗……」
「ロマンチックっス……」
女子二人は目を輝かせてその光景に心奪われていた。
「おいユウイチ! あれ見ろ!」
エドが指さした先、紫色に光るイカが、緑色に光るイカへ近づいていくと、互いに青い光を発し始めた。
一体何が起きてるんだ……?
その様子にじっと目を凝らしていると、やがて2体の巨大イカはペタリと張り付き、足をウニョウニョと動かし始めた。
ああ、アレ交尾だわ。
イカは人と同じように抱き合い、互いを愛撫し合い、そして精子の詰まったカプセルを雌の体内にそっと手渡すのだ。
最後以外はおおよそ人間と同じ手順である。
「な……なんか生々しいことするんですね……」
コモモは少し赤面しているようだった。
まあ、その精子カプセルは雌の体内で炸裂して表皮を食い破り、内部に食い込んで受精するという過激極まりないフィニッシュになるのだが……。
やがてその2体以外にも、至る所で青い光が瞬き始めた。
今までどこに隠れていたのかと思う程、無数のイカが盛り合っている。
岩場の周りは青い光の湖のようだ。
こんな化け物だらけの山に挑んでいたのかと思うゾッとするが、それはさておき、眼下に広がる光景はあまりにも綺麗で、この世のものとは思えない美しさだった。
「綺麗っスね~」
ミコトが肩に頭を乗せてきた。
俺も彼女の肩に手を回し、しばし絶景を堪能する。
光の祭典もいよいよ終わりに近づき、受精を終えた母イカが胴を地面に勢いよく突き刺し、空目がけてイカスミと共に光る粒子を放ち始めた。
産卵である。
黒いスモークが光とコントラストになり、その美しさを一層際立たせている。
怖い目にもあったが、初めて挑んだ高難度(俺達にしてみれば)クエストのフィナーレとしては最高だ。
これでギルドに報告すれば、この調査は完了である。
産卵が終われば数日と経たずしてイカは皆寿命で死に絶え、元の静かな高原に戻る。
もう春も終わりが近いことだし、平原に下りた厄介な連中も高温を避け、この地に戻ってくるに違いない。
もう少しの間だけ彼らの跳梁を食い止めれば、この異変は収束することだろう。
そんな感慨に浸っている俺の鼻先に、強烈なパンチが飛んできた。
「うわっ!! 臭っ!!!」
「ゲホッ……ゲホッ……! ぐざい゛っズぅぅぅ」
殴打されたかと思う程の衝撃。
そうだった。
こいつらのイカスミめっちゃ臭いんだった……。
その臭気は港で釣った個体の比ではない。
エドワーズとコモモも這いつくばって嗚咽を漏らしている。
「テ……テレポート……! テレポートで逃げるぞ!!」
ミコトが手ぬぐいを口に当て、這う這うの体でコモモに縋りつき、俺もまた、凄い勢いで吐いているエドワーズに覆いかぶさり、激臭の高原を離脱した。
こうして、俺達のクエストはとんでもなく後味の悪い幕引きとなったのだった。