第38.5話 幕間 ある日のデイスギルド食堂
「おーい! 後輩諸君! 元気にやってるかい!」
ミコト、雄一、シャウトの3人が去り、少し静かになったデイスギルド本部。
昼を過ぎ、冒険者もまばらな食堂で名物のイノシシステーキ1人前を4人で囲む新米パーティーに、一人の金髪青年が声をかける。
中堅冒険者の一人、エドワーズだ。
チャラそうな外見とは裏腹に、中堅冒険者の中では飛びぬけて好実績で、次の二つ名持ちと期待される優秀な冒険者である。
「……はい。元気ですけど?」
そんな優秀でイケメンなエドワーズの問いに、新米パーティーの女剣士、レフィーナが不機嫌そうに応えた。
あまりにも不愛想で高圧的なので、さしものエドワーズも「うおっ……」と小さく声を上げてひるんだ。
「す……すみません先輩。こいつ今朝のギルド画報読んでからすっかりこんな調子で……」
「も~……レフィーナったら子供じゃないんだからそんな拗ねなくても……」
「そうだよ。先輩に失礼じゃないか」
パーティーのリーダーである剣士、タイドや、魔法使いビビ、格闘家ラルスが口々に苦言を呈するが、レフィーナは「別に機嫌悪くない!」と言ってステーキを一切れ頬張り、プイっとそっぽを向いてしまう。
気になったエドワーズは、彼らのテーブルの隅に置かれたギルド画報を手に取ると、パラパラとめくる。
やがて、都ギルドからの記事を見つけ、「ははん……」と小さく呟いた。
「雷刃パーティー大型新人! 難関ラビリンス・ダンジョン連続攻略!」
エドワーズが記事を読み上げると、レフィーナがピクンと反応した。
記事には、ここ最近固定パーティーを組もうとしなかった雷刃・シャウトが二人の舎弟と一人の天使族、そして舎弟二人の妹分の5人でパーティーを組み、ラビリンス・ダンジョン攻略特務戦力として奮闘している旨が書かれている。
中でも特に大きく書かれていたのが「アイ」の話題だ。
あまり強くないが、パーティーの食卓をレストラン並みにしていると噂の釣り好き料理好きコンビが、すごい才能を持った暗黒大陸出身者の女ルーンナイト「アイ」をスカウトし、その「アイ」がぐんぐん頭角を現している……。
記事の内容はそんな感じだった。
「へぇ~。あいつら随分頑張ってるみたいじゃねえか。俺たちも、君らも頑張らないとな!」
「なんでそうなるんですか!?」
「いいっ!?」
エドワーズは、雄一をライバル視していたレフィーナが彼らの活躍に劣等感でも感じたのかと思い、前向きに励ましたのだが、その言葉はレフィーナの大声と、机を叩く音で打ち消された。
そのあまりの気迫に、エドワーズは数歩後ずさりし、ギルドの食堂にいた全員の視線がレフィーナに集中する。
「何にも分かってない! ユウイチ先輩が“あんまり強くない釣り好き”!? この記事書いた奴は先輩の戦いぶりを見たことがないわけ!!?」
「レ……レフィーナちゃん……?」
「先輩が自分で触れ回ってるのかも知れないけど、仮にも悪魔の化身を一方的に振り回すくらいには強いのよ!? おっとりしてるけど肝心な時にはすぐに行動してくれるし、困ってる人がいたら報酬もかなぐり捨てて手を差し伸べるような人よ!? それを……! まるで釣りと料理しか能がないみたいな書き方を……!!!」
レフィーナは鬼のような形相で、エドワーズの手から画報を奪取する。
そして該当のページを思いきり掴み、再びワナワナと震えだした。
「でも先輩も先輩よ……! この“アイ”って誰!? 都ギルドに行くとき、私に声もかけなかったくせに……! 私よりも冒険者歴の浅い子捕まえて舎弟にしたですって!? なに!? 何なの!? 私じゃ……才能がっ……足りないっていうのおおおお!!?」
叫びながらレフィーナは、ギルド画報の画師が描いたと思われる、雄一が愛にポーチを手渡している挿絵諸共、ギルド画報を引きちぎり、エドワーズめがけて投げつけた。
「おぶっ!?」と悲鳴を上げてひっくり返るエドワーズ。
叫びすぎて疲れたのか、彼女はゼーゼーと荒い息をし、再び席に戻った。
「いや~ ユウイチの奴も罪な男だねぇ」
「ミコトちゃん、シャウトだけじゃなくあんな若い子まで虜にしちゃってまぁ……」
「でも確かにユウイチ君ああ見えて結構しっかり者だもんね」
一瞬の静寂ののち、周辺でガヤガヤと笑い話が始まる。
タイド達パーティーメンバーは、あまりの悪目立ちっぷりに顔を真っ赤にしてふさぎ込んでしまった。
レフィーナもまた、あまりにも熱くなりすぎたことに気づき、辺りを見回して「ち……違っ! 私そういう意味で言ったわけじゃ!?」と、慌てふためく。
「レフィーナちゃん」
不意に名前を呼ばれ、レフィーナはドキッと動きを止める。
振り返ると、彼女に投げつけられた画報を顔面から持ち上げて、エドワーズがゆっくりと起き上がってきた。
レフィーナは自分が彼にひどい無礼を働いたことに気がつき、彼の怒声を覚悟して「す……すみません!」と頭を思いきり下げる。
彼女の視界の隅でエドワーズが右手を持ち上げるのが見え、レフィーナは貼り手かゲンコツを覚悟して目をぎゅっとつぶり、歯を食いしばった。
しかし、その痛みは訪れなかった。
代わりに、エドワーズの手が、彼女の頭の上にポンと置かれる。
恐る恐るレフィーナが顔を上げると、エドワーズはコクンコクンと頷きながら言った。
「分かる……」
エドワーズは受付カウンターで画報をもらってくると、それをテーブルの上にバサッと広げた後、ウェイトレスを呼び止めて料理と飲み物を5人分注文した。
「今日は奢りだ! 飲め!食え!」
そう言って彼もまた、新米パーティーのテーブルにつく。
5人の談笑は、その日の夜まで続いた。