第38話:塩湖ダンジョン 史上最強の戦利品
「しゃあああああ!! 行けええええ!!」
「了解っス!!」
「やりますよっ!」
俺の竿の先でのたうち回るヒゲウバザメ目がけ、突っ込んでいくミコトと愛ちゃん。
ミコトがショートテレポートで宙に飛び、ジャンプ斬りの体勢に入った。
愛ちゃんは暴れるサメの側面に回り、サメ目がけてナイフと火炎弾を放つ。
彼女達の攻撃を有効打たらしめるため、俺は竿を傾けて、跳ねようとするサメの動きを制しにかかった。
竿は満月を描き、両腕にはドン!ドン!という衝撃が肘を叩く。
シロギスの肘叩きなどというレベルではない。
腕どころか体ごと持って行かれそうなパワーだ。
普通に掛けたら瞬く間にラインブレイクか竿が折れるか、もしくは俺諸共水落ちだろう
それでも何とかファイト出来るのは、アングラ―スキルがそれを防いでくれているからだ。
しかし相手は30mはあろうかという巨大魚。
指輪の魔力ゲージが凄い勢いで減少していく。
前のイシガキデメニギスと同じくらいの勝手でファイトしていたら、瞬く間に魔力切れを起こしてしまうに違いない。
「りゃああああっス!!」
サメのファーストランを食い止め切った直後、ミコトが高速で降ってきた。
彼女のウェイトと大剣のウェイト全てを乗せた急降下斬りに、サメの左胸鰭が切れ飛ぶ。
よし! ナイスヒット!
俺はミコトの斬撃が有効打を与えたのを確認し、リールのドラグを一旦緩める。
すると、サメはこれ幸いと、慌てて潜行を始めた。
しかし塩の水底を掻く片方のヒレを失ったためか、その動きは怠慢だ。
サメが水底に潜ろうと四苦八苦している隙を見て、俺は息を整え、サイドポーチからキバスズキの焼き干しを取り出して齧った。
香ばしい味に、爽やかな酸味、そして噛めば噛むほどに甘みとうま味が口に広がる。
これには味噌にイエローハーブを練り込んだタレをつけているので、キバスズキの持久力、パワー強化に加えて魔力回復、増強作用が期待できる。
指輪をチラリと見れば、魔力ゲージは大体150%くらいになっていた。
よし、体もだいぶ軽くなったし、セカンドファイトといくか!
ミコトに目を移すと、彼女もまた、パワー増強、疲労回復効果のあるブラッキーの昆布漬けを頬張っているところだった。
第2ラウンド行くぞ!と、視線を送れば、コクンと頷いて返事をしてくる。
……。
あれ?
愛ちゃんどこ行った?
周囲を見渡すと、彼女は塩湖の浅瀬に這いつくばって激しく肩を上下させているのが見えた。
大丈夫か!?
「先輩……! 私の短剣、全然効いてません……! はぁ……はぁ……! もうこれ以上は炎魔法も使えそうにないです……!」
あらら……魔力切れ……。
愛ちゃん慣れないのに中級魔法撃ちまくってたからなぁ……。
イエローポーションとブルーポーションの小瓶を彼女の方へ投げ、回復するように促す。
「愛ちゃん! 相手は結構頑丈だから、ここぞという時まで魔法チャージして待機してて!」
「はい……ありがとうござます……」
俺は今度こそミコトと視線を交わし、2ラウンドを開始する。
まず手始めにドラグを絞め、水底でもがくサメを掘り起こしにかかった。
ギイイイイ!と竿が唸り、纏う光が大きくなる。
釣具が纏う光量は、アングラースキルの負荷とほぼ比例状態にある。
まさに今、高負荷状態というわけだ。
指輪の魔力ゲージがモリモリと減っていく。
だが、それよりも早くサメが再び全容を現した。
そして、また激しい抵抗が始まる。
だが、そのパワーは明らかに先ほどより弱い。
動きも怠慢だ。
「せやああっス!! うりゃあっス!!」
ミコトもその動きの変化に合わせて戦い方を変える。
今度は先ほど切り落とした鰭側の胴体に、縦斬り、回転切りを撃ち込んで出血ダメージを蓄積させる戦法だ。
鋭い歯を持たないウバザメをベースに作られたヒゲウバザメに近接戦を挑むなら、頭側の方が安全である。
そこは流石魚学者天使、冷静で的確な判断だ。
頑丈な鮫肌に守られたサメの巨体も、ミコトのパワーと重量がどっしりと乗った斬撃を何発もくらっては、そう長くは持ちこたえられない。
大きく開いた傷口からは血が激しく噴き出し、サメの体力を奪っていく。
俺の手元に伝わってくる抵抗も、明らかに弱まり始めた。
これはこのラウンドで削り切れるな……。
可哀そうだが、出来る限り早く楽にしてやるのが俺の務めというものだろう。
「ふん!! ぬぬぬぬ……エンジェル・大! 回転! 斬りっス!! てりゃああああっス!!」
そしてついに、暴れるサメのエラから腹にかけて、ミコトの大回転切りが深々と入り、サメの巨体が大きくのけ反り、痙攣を始めた。
よし! これは決まった!
ミコトは大技を使った後、塩湖に尻もちをつき、ハアハアと荒い息をしている。
さしもの重戦車天使も、あれだけ斬り続けたら、そりゃへばる。
そしてかれこれ40分以上ファイトしていた俺も大概限界が近い。
さっさとキーストーンを抜いて帰ろう……。
おっといけないいけない。
封印もしなきゃ駄目だったな。
俺はコトワリさんと先輩が休憩している石灰棚の方へと大きく手を振り、敵が片付いたことを伝える。
コトワリさんは半身を覗かせながら、小さく手を振り返してきた。
ふと、何かキラキラしたものが飛んできたと思ったら、それは小さな羽根を生やしたコトワリさんの封印カード。
うわ!
あの人帰るギリギリまであそこでビーチバカンス味わう気だ!
全く……。
相変わらず悦楽に弱い天使……。
えーっと、キーストーン抜いて、封印だったな。
手順を頭の中で復習していると、背後から突然ミコトの悲鳴と、「先輩! 危ない!!」という愛ちゃんの大声、そしてすさまじい感知スキルのピークが脳内に聞こえた。
ハッとして振り返ったが、俺が目の前の光景を理解するよりも早く、強い衝撃が背中を襲う。
視界にデカデカと入ってきたのは愛ちゃん……と……サメの口!!
最後の力を振り絞って体当たりを仕掛けたサメから俺を庇い、愛ちゃんがドロップキックを食らわせてきたのだ!
俺の背中から離れた彼女の身体は、そのままサメの口内へと消えていく。
あ……愛ちゃん!!
「やああああああ!! ファイヤー・シュートセイバー―――!!」
彼女は俺を踏み台のように使い、爆炎を纏わせた短剣を思い切り突き出した。
//////////////////////
「ううう……血なまぐさいよう……」
ジメジメとした気味の悪い森に、愛ちゃんのボヤキが響く。
そして、先輩の満足げな笑い声もセットで響く。
「はっはっは!! 油断バカップルと違って最後の最後でいい動き見せるじゃねーか!」
「は……はい! かなり偶然でしたが、不肖愛! 巨大ザメ撃破いたしました!」
結局、今回のキーストーンも愛ちゃんがゲットしてしまった。
俺とミコトは瀕死のサメ相手に油断していたが、愛ちゃんはサメがどれくらい追い詰められているか分からなかったので、魔力と体力が回復してすぐ、中級魔法を詠唱しながら俺の近くで機会を伺っていたらしい。
奇しくも、俺が指示した通りの行動だったが、当の俺は最後の足掻きの可能性を忘れ、あわや丸呑みプレスを食らうところだった。
まあ封印には成功したからいいが、なんかこう……。
不甲斐ない……。
「ま! 舎弟が出来て改めて知る自分の問題行動なんざ、いくらでもあるさ。次の糧にするんだぜ?」
そう言って俺とミコトの肩を叩く先輩。
……。
はい。
不肖ユウイチ、励みます……。
まあ戦闘そのものは塩っぱく終わってしまったが、それ以上の戦利品を入手できたので良しとしようか。
俺はミコトと二人で抱えているクーラーボックスの重量に、えもいわれぬ満足感を覚えていた。
「楽しみだなぁ……本当に楽しみだなぁ」と、コトワリさんが呟いた。