第37話:塩湖ダンジョン ヒゲウバザメのヌルヌルトップゲーム
「作戦会議します!!」
「おー」
「何ですか先輩その返事は! 私今めっちゃやる気なんですけど!」
このダンジョンの主であるサメが泳ぎ去っていった塩の轍に沿って歩きながら、愛ちゃんが俺の右肩にグイグイ迫ってくる。
シャウト先輩は、その様子を少し後ろから微笑みを浮かべて見つめていた。
なに面白がってるんですか……。
……。
しかし、この世界にサメが存在しないとは驚いた。
デイスに居た頃は全く意識もしていなかったが、確かに、これまでサメに由来するモノと出会ったことがない。
歯を使った装飾品とか、武器とか、はんぺん、フカヒレ等の食材さえ見た試しがなかった。
思えばバーナクルの市場にもそれらしき魚はいなかった……。
「サメ」という言葉が無いのか、シャウト先輩が知らないだけなのか、等と疑ったが、コトワリさんの天界メタトークよると、本当に居ないらしい。
時々太古の地球の魚感がある種と出会うのはそのためだろうか?
「アレはヒゲウバザメっス……。髭状の鱗がエラの周りに並んでて、そこで小動物を濾し取って食べるんスけど……。あんな生態設定してないっスよぉ……。絶対あのタコ悪魔が何か手を加えてるっス!! んがー!!」
息まく愛ちゃんの反対側、つまり俺の左側では、ミコトが頭から輪っか状の湯気を放ちつつ、落ち込みながら怒っていた。
まあ、ひとまずはパーティーの皆がアレを何とかしなければという点で一致団結しているのは間違いない。
今日もシャウトパーティーは和気あいあいとした職場である。
「先輩があのサメを釣ります! そこを私とミコト先輩がタコ殴りにするんです! これならあのヌルヌルちゃん達への影響は最低限ですよ!」
「魚とあれば雄一さんの独壇場っスからね!」
なんか愛ちゃんとミコトの元で作戦(?)が勝手に作られていくが、ボスに聞かずに実行するわけにはいくまい。
「先輩はどう思います?」と、振り返りざまに尋ねると、「アイが責任もってやるって言ってんだ。今回は任せるぜ」という返事が返ってきた。
随分楽しそうでらっしゃる……。
まあ先輩からすればあの程度の敵、本来一捻りだろうし、俺達がどうやってアレを攻略するか見ている方が楽しいのだろう。
それに、ここの所独学で鍛錬に励んでいる愛ちゃんの技量を計っておきたい気分もあるに違いない。
「んじゃ、アタシはここらで見物させてもらうとすっかねぇ」
「せっかくだ。私もシャウトと同伴しようじゃないか」
そう言って、二人は小高い石灰棚の上に登って行ってしまった。
なんでコトワリさんまで……。
ただ、それに反対しないあたり、シャウト先輩的には若人3人で何とかして見せろということなのだろう。
やるっきゃないかぁ……。
「じゃあ先輩! サクッと釣ってください!」
ナイフを召喚して構えた愛ちゃんが、塩の大地を見据えながら言う。
鍛錬の成果か、ナイフは以前より二回り以上大きくなっている。
心地よい潮風に髪をなびかせた彼女の横顔は、少し凛々しく見えた。
へえ……。
いい顔するようになったじゃないか。
ミコトも俺の前に陣取り、大剣を構える。
後は俺がサメを釣れば万事OKってかい。
よし! 任せてもらおうか!
俺は両手を前に突き出し、エクストラヘビークラスのショアジギングロッド+5000番のスピニングリール(ノーマルギア)を召喚し、GT用ダイビングペンシルをセットする。
そして、サメの背ビレが残した轍の先目がけ、フルスイングした―――。
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「先輩~……まだですか~……?」
「案外釣れないもんっスねぇ……」
参った……。
初投から一時間半くらい経つというのに、全くレスポンスがない。
ヨロイヌタウナギの出す波動につられてきたのなら、これだけドッグウォークさせてたら何か反応しそうなんだけど……。
あれだけやる気に満ち満ちていた愛ちゃんとミコトも、既に武器を置き、膝下くらいの深さの湖面でパシャパシャと涼んでいる。
年長組二人は、既に遥か後ろに遠ざかった石灰棚の上でうたた寝中だ。
なんか……。
生前、大学のサークルの後輩ガールズと釣りに行って、全然釣れなくて俺だけ必死に投げ続けた記憶が蘇る……。
あの時はキツかったなぁ……。
あからさまに飽きてるのに、気を使ってる感がアリアリで……。
「うあぁ~……」
思わず腑抜けた声が漏れる。
作業中、突然黒歴史が襲ってきて叫びたくなる現象のマイルド版だ。
苦い思い出にゲンナリしていると、背後から突然、「ひいいいいい!!」「うひゃああああっス!!」という悲鳴が聞こえてきた。
「どうした!? ってうわああ!?」
振り返れば、二人の浸かっていた湖面が触手に覆われている!
黒くうねるヌルヌルの中で、悲鳴を上げて暴れる二人。
……。
なんか恍惚としてるような……。
「ひひゃひゃひゃひゃ!! ダメっス! こんなの……お肌スベスベになっちゃうっス~!」
「いひゃあああ!! くすぐったい! くすぐったいけど……何この感じ~!!」
よく見れば、ヨロイヌタウナギの大型個体の群れである。
二人の汗ばんだ身体に反応して這い出てきたらしい。
だ……大丈夫か……?
「大丈夫じゃないっスけど―――!! でも何だか出たくない気分なんス~!!」
「先輩これ駄目です! 全身アカスリマッサージされてるみたいで……! 癖になっちゃいます―――!!」
……。
……割と大丈夫そうだ。
まあ、彼女達がお楽しみの間に、俺は少しでもあのサメに近づくとしよう。
サメの轍へ向き直り、再度ルアーをキャストしようとした時、背後でミコトが再び叫んだ。
「来てるっス!! 感知スキルに何かが来てるっス!!」
「何!?」
俺は上空へ短距離テレポートする。
白く広がった塩の湖が眼下に広がり、見渡す絶景のその中に……いた!!
塩と湖面を掻き分けながら、こちらへ向かって突っ込んでくる黒い魚影!
ヒゲウバザメだ!
「アイスブラスト!!」
俺が放った冷凍魔法が鼻先を掠め、その冷気に怯んだのか、サメが進路を逸らして大きく後退していった。。
その隙に、ミコトと愛ちゃんが武器を手にして体勢を立て直す。
そうか……ヌルヌルか!
着地した俺は、すかさずルアーをキャストする。
サメに向けてではなく、ミコト達が使っていた深みへ、だ。
回収したルアーには、べっとりと付着したヨロイヌタウナギのヌメリ……。
俺は今度こそそれを、遠方に見えるサメの背ビレ目がけてフルキャストした。
ロッドアクションでドッグウォーク、ダイブアクションをつけ、弱った小魚が水面をのたうつように演出する。
すると、これまでの無視っぷりが嘘のように、激しい水柱がルアーを追って迫ってきた!
「二人とも! 準備はいいか!?」
「お任せっス!」
「頑張りますよ!!」
「よっしゃ! それじゃあやるぞ! フィーッシュ!!」
アワセと共に竿が大きく曲がり、同時に、俺の身体と竿が光を放ち始めた。
釣り用語解説
・ダイビングペンシル
ルアーの一種
シイラや青物、マグロ、GT等、大型の肉食魚釣りに使われる。
シーバスゲームで用いられるペンシルベイトに性質は似るが、より大きく、より重く、海面下へ潜り込むようなアクションが特徴である。
このアクションの性質により、大きな波が立つ沖合でも、しっかりとアクションさせることができ、海面下で捕食行動を取る肉食魚へ有効にアピールすることが可能。
シンプルで大味な見た目をしているものが多いが、それがビッグでダイナミックなルアーゲームを予感させ、なかなかに所有欲を満たしてくれるものである。





