第36話:塩湖ダンジョン ダンジョン・シャーク
「散れ! 食われんぞ!」
「ひい!」
シャウト先輩の指示で散開する俺達。
俺は愛ちゃんを、ミコトはコトワリさんを抱えて飛び上がる。
その眼下を青黒い背びれがザーッと通過していった。
「雄一先輩!! あのヌルヌルちゃんが!」
俺の腕の中で愛ちゃんが叫んだ。
その指さす先で、サメ30m近い巨大な全容を現す。
「う……ウバザメ!?」
白い湖の砂底から飛び出したその頭部は、元の世界の大型鮫、ウバザメのそれに酷似していた。
首元から大きく広がる菱形の頭部、そこから長く伸びた三角形の鼻先、そして、ガバっと開かれた、巨大な口。
上から見るぶんには、完全にウバザメだ。
……。
ああ……。
やっぱミコトのライブラリーから奪われた奴らしい。
「あのタコ悪魔マジ許さんっス!!」と、叫びながら、手近……というか腕の中にいたコトワリさんを凄い勢いで締め上げている。
そのウバザメ似の巨大ザメは、大きく広げた口で、ヨタヨタと逃げ惑うヨロイヌタウナギを一口に掻っ攫っていく。
泳ぎの下手な古代種では、サメの遊泳力には全く敵わない……。
広げたエラからは塩と水が噴き出していて、どうやら口の中で獲物を濾しとっているようだ。
俺達と戯れていた一群は、その一瞬で消滅してしまった。
「魔方針が反応してらぁ……こいつが主だぜ! オメーらそこから動くなよ! サンダー……」
早くも体勢を立て直した先輩が、手近な石灰棚に着地し、高位電撃魔法の詠唱を始める。
ヤバい!!
この塩湖で全力の雷撃たれたら、あのサメ消し飛んじまう!!
封印しないと……!!
俺は先輩を止めるべく叫ぼうとした。
が、適当な文句が思い浮かばない!!
と、
「先輩!! やめてください!!」
俺が声をかけるよりも先に、愛ちゃんが大声を上げた。
「んああ!?」と、キレ声で応える先輩。
ただ、それでも部下の意見は聞くデキる上司のこと、先輩は既に彼女の頭上で形成され始めていた電撃の塊を解いてくれた。
愛ちゃんナイス判断!
と、思っていたが、彼女の口から飛び出した言葉は、意外なものだった。
「塩水は電気を通しやすいんです! ここで電気を撃ったら……ヌルヌルちゃん達全滅しちゃいます!!」
え!?
そっち!?
いやいや愛ちゃん……。
ラビリンス・ダンジョンは現実を映し絵に異次元へと切り取った世界。
ここの生態系に何か影響があったところで……。
そう言いかけた俺よりも早く、今度はコトワリさんがミコトの八つ当たりチョークスリーパーを振りほどき大声を上げる。
「愛くんの言う通りだ! ゲホッ……ゲホッ……! ラビリンス・ダンジョンの中には現実と相互リンク関係にあるものも存在すると物の本に書いてあった。仮にここがその類のダンジョンだとするならば、お前の一撃は一つの貴重な種を絶滅に追いやりかねない!」
「ああ!? 何訳分からねえこと言ってやがる!」
え、何それ知らない……。
天界視点のメタデータか何かで?
当然ながら、シャウト先輩は眉をひそめ、俺達に食って掛かる。
「だったらあんなデケェのとどうやって戦えってんだ!!」
「雷は使わないでください!」
「無茶言ってんじゃねえぞ!?」
そうこう言い合っている間に、サメは塩の中へ再び身を沈め、直後!
「うあああ!?」
こっちに気を取られていたシャウト先輩に飛びかかり、一飲みにしてしまった!
や……ヤバい!!
俺は慌てて氷手裏剣を最大サイズで放ち、サメを牽制する。
しかし、2連撃と化した特大手裏剣は、その鮫肌で易々と弾かれてしまった。
ミコトの手から離れて塩湖に降り立ったコトワリさんが結界魔法でサメの進路を妨害にかかるが、塩の湖底に沈んでいく巨体を押さえつけるのは至難の業だ。
ミコトが大剣を抱えてヒレに斬りかかるも、サメは一瞬の隙を突いて完全に塩の中へ姿を消してしまった。
……そんな。
先輩が……。
「しゃ……シャウト先輩―――!!」
「だぁああああ!!」
俺達が悲壮に暮れる間も無く、絶叫と共に先輩が湖底から飛び出してきた。
先輩を吐き出したサメは、塩湖の彼方へと悠々と泳ぎ去っていく。
コトワリさんは先輩とサメを交互に見やった後、ぐったりした先輩を抱き上げて背中を強く叩き、飲んでいた水と塩を吐き出させにかかる。
俺とミコトと愛ちゃんは、その光景を呆然と眺めていることしか出来なかった。
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「すみません……」
仁王立ちしたシャウト先輩の前で正座をし、縮こまる愛ちゃん。
先輩は組んだ腕の上で人差し指をトントンと動かし、いかにも怒っている様子だ。
俺は愛ちゃんの後ろで背筋を丸めて立っている。
コトワリさんは俺の横で先輩に負けないくらいの仁王立ちをしながら彼女と対峙中だ。
そしてミコトは気まずそうな顔で昼食づくり中……。
「んで。お前はどうしたいんだ?」
「……」
「どうしたいんだって聞いてんだよ!」
「ひっ……!」
仮にも一番の下っ端が、誉れ高き二つ名持ちのパーティーリーダーの足を思い切り引っ張った。
それどころか、あわや命の危険さえ与えたのだ。
冒険者界隈では普通、パーティー追放案件である。
「どうしたいんだ」という言葉の意味は、相当に重いだろう。
愛ちゃんが選べるのは、「追放」か……「離脱」か……。
「先輩……」
「ユウイチ。今アタシはアイに聞いてんだ」
「は……はいぃ……」
擁護しなければと口を開いたが、先輩の目でギッと睨まれるとどうにも引き下がってしまう……。
愛ちゃんゴメン……。
俺はやっぱり駄目な先輩だ……。
「責任は取ります……」
「へぇ……。マジか」
「はい……」
「いいんだな?」
「はい……」
険しい顔で愛ちゃんの目を見据えた後、先輩は口元に小さな笑みを作って言った。
「んじゃ、いっちょ無茶するか!!」
…………。
え!
「え、じゃねぇよ。アイが責任取って、アタシの電撃なしでアイツ倒すって言ってんだ。お前も腹決めろ」
そう言って笑う先輩。
ああ……。
この人はこういう人だった。
愛ちゃんの顔が驚愕から安堵へと変わり、そして……。
「先輩―――!!」
そう叫びながら、シャウト先輩に飛びついた。
「一生ついていきます―――!」などと言いながら、先輩に凄い勢いで頬擦りしている。
「愛くんを追放するような真似をしたら私も抜ける気だったが、やはり私が見込んだ女だ……」
とか、なんかコトワリさんも理解者面だ。
なんかムカつく!
「ところでなあ、ユウイチ、一つ聞きたいことがあるんだが」
「はい?」
愛ちゃんの頬擦りを片手でいなしつつ、先輩は真顔で俺に問いかけた。
「お前がさっき言った“サメ”って何だ?」