第35話:塩湖ダンジョン ヨロイヌタウナギとの出会い
さてさて、旨い焼き物としょっぱい汁物御前からの睡眠で英気を養った俺達は、早速ダンジョン攻略に乗り出す。
先輩の魔方針は塩湖の西方、白く折り重なった石灰棚群を指していた。
何はともあれダンジョンの主の存在を暴かないといけないので、ひとまず皆でそこを目指すことにする。
しかし……。
水着姿の美女たちがパシャパシャと塩湖の澄んだ水を蹴って歩いていると、およそ仕事ではないような気分になるな……。
モデル体型のコトワリさん。
意外と胸があり、すらりと伸びた手足が可憐な愛ちゃん。
全体的に細身でありながら、がっしりした肩腰太腿がセクシーなシャウト先輩。
そしてミコトは、胸、二の腕、お尻、太腿、そしてお腹、その全てに健康的なムッチリ感があって最高だ。
こんな、夏の砂浜にいたら全員3~4回は最低でもナンパされそうなメンバーと一緒に、こんなプライベートビーチじみたダンジョン攻略とは……。
俺は恵まれてるなぁ……。
うん、うん。
「おいユウイチ。もうお遊びは終わりだかんな。ちゃんと水着鎧分の働きはしろよ?」
俺の視線にいち早く気付いた先輩が、耳を抓りながら言う。
痛い痛い! すみませんって!!
「だ……大丈夫ですよ。こんな塩湖じゃ魚もいませんし、遊ぶ気なんてありませんって!」
「本当か~?」
「本当ですよ! こんな塩分濃度の水じゃ、普通の魚は生きられませんから!」
「そっちじゃねぇよ! 遊ぶ気がねぇってことに対してだよ!」
「ないですよぉ~」
などとやり取りをしていると、ミコトが「あ!」と声を上げた。
どうした!?
「あ……えーっと……いえ! なんでもないっス!」
俺と先輩の顔を交互に見ながら、笑って見せるミコト。
何だ何だ。
何か怪しいぞ。
俺がミコトに近づこうとすると、「ああーと! こっちは石が落ちてて危ないっスよぉ~!!」と、白々しい演技で俺を押し返してきた。
それも全力で……。
その圧倒的パワーを前に、俺は跳ね飛ばされて塩湖に尻もちをついてしまう。
痛てぇ!!
「あわわ! 雄一さん大丈夫っスか!?」
と、駆け寄ってくるミコト。
ふと、その刹那。
ミコトの向こう側の水面で、何かがモワッと波紋を立てた。
「魚か!?」
「魚じゃないっス!!」
「いや、今絶対いただろ! 魚見つけて、シャウト先輩に配慮して誤魔化そうとしたろ!!」
「いないと言ったらいないんス―――!!」
俺の視界を塞ぐべく、目の前で反復横跳びを始めるミコトだったが、その目論見は、思わぬところからの援護射撃で潰えることとなる。
「何を言っているんだミコト。いるじゃないか」
そう言いながら、コトワリさんが持って来たのは、エビのような甲殻を頭部に備えた、30センチほどの魚だった。
「ああ~!」と言って崩れ落ちるミコトと、「あ~あ……」と額に手を当てるシャウト先輩。
いや! そこまで落胆しなくても!
ていうかこれは魚……?
魚……だよな?
コトワリさんの指先でフラフラと揺れる尾は、およそ現代の魚のそれとは思えない形状だ。
ヌタウナギのそれのように、皮膚がそのまま平たくなった原始的な尾を持つその魚は、この超濃度の塩湖で、確かに生きていた。
頭は甲冑魚のような甲殻に覆われ、その後ろにはブヨブヨの身体が繋がっている。
ヨロイヌタウナギ……とでも呼ぼうか。
「この塩分濃度で生きてられるのは驚異っスよね。多分っスけど、この鎧の部分は半密閉状態になってて、塩分濃度を調節する機能があるんスよ」
最早これまでと、俺側に鞍替えしたミコトが、その魚を弄りつつ、体の構造についての持論を語り出した。
古代の甲冑魚が、浸透圧調整を甲冑部分で行っていたという説に則る理論である。
「こんなに鈍足で原始的な、顎も無い魚が生存してるということは、ここは遥か古代に海と切り離された場所だと思うっス。捕食者もいなくて進化の必要性がなかった環境なんスよ、きっと」
見ると、そこかしこの水底がモゾモゾと動き、ヨロイヌタウナギが這い出してくる。
そして、俺達の周りをゆっくりと泳ぎ、足先にコツンコツンとぶつかってきた。
ん? 何だ?
攻撃されてるのか?
「好奇心旺盛なのかも知れないっスね」
ミコトが手を水につけると、その掌に続々と群がってくるヨロイヌタウナギ達。
「キャハハハ! くすぐったいっス!」と笑っているが、彼女の掌はなかなか名状しがたいヌルヌル状態だ。
愛ちゃんは「うわあぁぁ……」と、目を背けている。
しかし、ミコトの「凄いっすこの子達! 角質食べてるっぽいっスよ!」という言葉に、様子が一変。
「うわああ……」と言いながらも、自分から塩湖に手を浸しに行った。
瞬く間に、その手に群がるヨロイヌタウナギ。
「うひいいいいいい!! なんかサラサラしてヌルヌルしてるううううう!」
愛ちゃんの手の表面で、甲冑をスリスリと擦りつけるヨロイヌタウナギ。
その後は、体をくねらせて手の周りをクネクネと泳ぎ回る。
なるほど……。
甲冑部分で表皮を擦って、剥がれた角質を食ってるわけか……。
角質除去だけじゃなく、垢すりみたいな効能もありそうだな。
「ドクターフィッシュことガラ・ルファと同じように、苔時々他の生物の角質を食べて生きてるみたいっスね。つくづく面白い生態してるっス」
ミコトが角質取りと粘液の効能でツルッツルのスベスベになった手を満足げに摩っている。
初めは嫌がっていた愛ちゃんも、段々と慣れてきたのか。
「あれ……意外と可愛いかもこの子達……」とか言っている。
可愛くはないんじゃないかなぁ……?
シャウト先輩にも勧めてみたが、「絶っっっ対やだね!!!」と、ものすごい距離を置かれてしまった。
先輩こういうの苦手なのか……。
そんな、思わぬ珍魚との出会いにほっこりしていると、コトワリさんが「なあミコト」と口を開いた。
「今君は、この魚たちが他の生物の角質を食べていると言ったな?」
突然の真面目トーンでの話に、「え。はいっス。そうやってたんぱく質摂取してるんだと思うっスよ」と、真面目に返すミコト。
「他の生物というのは、例えばアレみたいなものか?」
「え?」
コトワリさんが指差した先を、皆が一斉に見つめる。
その指の先には、ものすごい水しぶきを上げながら迫る、巨大な三角形のヒレがあった。
そのあまりにも特徴的な背びれに、俺は思わず叫んでいた。
「さ……サメだあああああああ!!!」