第32話:夏コーデと出世街道
「じゃーん!っス! どうっスかこれ! 似合ってるっスか!?」
家に戻ると、初夏コーデに身を包んだミコトが立っていた。
ゆったりとした、水色のブラウスに白いフレアスカート。
あのブラウスの形は確か……カシュクールというやつだろうか。
お洒落な都会ガールって感じだ。
渋谷とか池袋で山盛りスイーツ食べてそう。
「シャウト先輩とお買い物してきたんス! ほら! シャウト先輩も夏コーデっスよ!」
そう言って、主役登場とばかりに、廊下の奥へ手を向けるミコトだが、その主演女優は現れない。
代わりに、「やっぱアタシこういうの似合わねぇってぇ……」という声が聞こえてきた。
ミコトがトテトテと歩いていき、「そんなことないっス! 先輩めっちゃ麗しのお嬢様っスよ!」などと言いながら、先輩を引っ張り出そうとしている。
お嬢様……お嬢様かぁ……。
まあ先輩は目つきが無駄に鋭い以外は普通に美女だし、似合わないことはないだろう。
しかし、普段から夏真っ盛りって感じの格好をしている先輩だ。
あれよりも夏っぽいって、いったいどれだけの露出度なんだろう……。
そんなことを考えていると、ミコトのパワーに根負けした先輩が、テトラからずっぽ抜かれるカサゴのごとき勢いで引きずり出されてきた。
ドテドテと男勝りな足音で現れたのは……。
麗しのお嬢様だ……。
ふんわりとしたパステルイエローのワンピースに、少しロールさせたポニーテール。
そして白いサンダル。
青山とか歩いてそう!
「だ……だからアタシはこういうの似合わねぇって……」
「いえ! めっちゃ似合ってます! お美しいです先輩!」
「ばっ……! やめろよお世辞は!」
と、顔を赤くする先輩。
お世辞じゃないんだけどなぁ……。
スタイルは抜群にいいし、肌も奇麗だし。
威圧的な鋭い目も、恥じらいが混ざればなんとも奥ゆかしい表情だ。
「ほら~ 私の言った通りっス! 先輩これからお買い物のときはこのコーデで決めるっスよ! 皆の視線はくぎ付けっス!」
「だ……だからくぎ付けにしなくていいんだっつーの……!」
俺に言われて少し自信がついたのか、玄関脇の鏡の前で恥じらいつつもポーズをとって見せる先輩。
麗しいです、すごく。
ミコトはセンスがあるな。
「もちろん、雄一さんのも買ってきてるっスけど、それよりもこっちを先に見てほしいっス!」
そう言って彼女がクローゼットより持ち出してきたのは、紺色の服。
いや、軽量鎧だ!
なんか見るからにゴージャス!
「そうっス! 皆の装備も更新したんスよ! これが雄一さんので、こっちが先輩、これが私でこれとこれがコトワリさんと愛ちゃんのっス!」
俺たちが今まで使ってきた鎧と並んで、ピカピカの防具が吊られている。
5人分だけあって壮観だ……。
でもこれ……結構したんじゃねぇの!?
妙な借金でもこさえてないだろうな!?
「ご安心をっス。全部ニコニコ現金払いっスよ」
「んじゃ貯金切り崩したか……?」
「違うっス! クリスタル迷宮の攻略報酬っスよ!」
「マジで!? どんだけもらえるんだよ!」
「こんくらいだ」
そう言ってお嬢様が俺の目の前に無駄に奇麗な紙を突き出してきた。
これは……先輩宛の報酬明細……。
こんなん貰ったことないが、指名依頼なんかだと普通らしい。
えーっと……。
ちょっと待って何このゼロの数!?
桁間違えてない!?
「な? すげーだろ? 案外二つ名も、特務も悪くないって思えるだろ?」
自慢げに明細をひらひらさせる先輩。
改めて俺は自分が思いもよらないエリート街道に踏み込んだことを悟った。
そして、同郷の後輩をそれに巻き込んだことも……。
「先輩」
「んあ? なんだ畏まった面して」
「明日、空いてますか?」
先輩は一瞬ドキッとした表情で頬を染めたが、すぐに何かを悟った表情になると、「ああ」と言ってニヤリと笑った。
ミコトもまた、「雄一さん! 私も頑張るっス!」とガッツポーズをとっていた。
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「ハァ!」
「遅い遅い!」
「うぐっ!」
俺の双竹刀は先輩の目前で空を切り、次の瞬間には先輩の短竹刀が俺の脇腹を捉えていた。
鈍い痛みに思わず片膝をついてしまう。
「テレポートとガードスキルに頼りきりのツケがそれだ。無駄な動きが多すぎて、攻撃と攻撃の間で体勢を立て直す間がデカすぎる! テレポート無効のダンジョンやガードスキル貫通してくる敵が相手になったら死ぬぞ!」
「うう……。耳が痛い限りです……」
雑に強いスキルを生まれ持った者の末路は、必ずしも明るいものではない。
その能力が通じない相手、もしくは封じられた状況に遭遇し、思わぬ脆さを露呈して死ぬなど、この世界ではありふれた話なのだ。
ていうか、俺もレッサーダゴン戦で物理的にも、精神的にも痛いほど理解させられた。
辺境で緩いクエストをこなし、先輩の庇護下で自分の特技だけ披露していればよかった時期はもう終わり。
これからは、俺もシャウトパーティーのサブリーダーとして、二つ名持ちに準ずる働きを見せなければならない。
その第一歩が、この先輩との模擬戦だ。
魔法やテレポート、オートガードはもちろんオフ。
体と竹刀のみで先輩と戦い、片膝をつかせたら俺の勝ちという単純明快なルールである。
言うだけなら簡単だ……。
俺は使い慣れた双剣とほぼ同じリーチの竹刀を使っていながら、その半分以下のリーチしかない先輩に一太刀入れるどころか翻弄され続けている。
「オラ! 手首だけで振ろうとするな! 当たっても痛くねぇぞ!」
「斬撃の入りが雑すぎるだろ! どこ斬ってくるか丸わかりだぜ!」
「二本持ってるメリットが全然生かせてねぇぞ!!」
「懐まで飛び込んでおいて及び腰になんな!」
先輩の指導が飛ぶたびに、俺の体に竹刀がめり込む。
死ぬほど痛てぇ!!
実戦なら何度死んでるか分かったもんじゃない。
どうせ模擬戦だし、死なないし……と、俺が捨て身の攻撃を仕掛けるのを防ぐためらしいが、回避に専念しても全然避けきれない!
俺……。
スキル無しだとここまで弱かったんだね……。
「お前は能力上、攻守一体のオールラウンダーになってもらわなきゃならねぇ。攻撃の時だけ魔力を使えるように、自力で避けて、そのまま反撃に出れるくらいになってもらうぜ」
「はぁ……はぁ……はい……!!」
一瞬にして懐に飛び込んできた先輩の突きを、左の竹刀で受け流す。
姿勢を崩した先輩に右の一撃を……。
という、俺の企みを一瞬で見破った先輩が、体を捻って俺の左側に回り込んでくる。
体をそれに追従させ、右の突きを打ち込もうとすると、今度は蹴りが左足に叩き込まれた。
「うぐぁあ……!?」
天地がグルンと回り、次の瞬間には、先輩の短竹刀が俺の喉元に突き付けられていた。
「だいぶ動きは良くなったが、武器だけが攻撃じゃないんだぜ?」
俺を見下ろし、笑う先輩。
ただ、その額には汗が伝い、肩は少し大きく上下していた。
「もう一回やるか?」
そう言って差し出された手を、俺は強く掴み返した。