第31話:ネスティの愚痴
「き―――! なんですのあいつ! ムカつきますわ!!」
干潟での釣りの帰り、ギルド本部に立ち寄って依頼のチェックとラビリンス・ダンジョンの特務が届いていないかを確認していると、背後から聞き覚えのある怒声が聞こえてきた。
あの金髪ツインドリル娘……ネスティだったか。
何か気に食わないことでもあったらしい。
潮風に打たれて疲労が溜まっている中、相手にするのはしんどいので、俺は用事を済ませてそそくさと帰路につかせてもらう。
早くキバスズキの干物作りたいしね……。
「ムカつくって言ってますの!!」
「うわ! うるせえ!」
背中を向け、彼女の横を通り過ぎようとした俺の耳元でネスティが吠えた。
耳がキーンと……。
「なんだよ……こんないい昼下がりに……」
「あなたこそ、見るからに愚痴を垂れたいレディーがいるのに無視しようなどと、殿方としてあるまじき行為でなくて?」
「愚痴ならフェイスに聞いてもらえばいいじゃないか……」
「彼は今クエスト疲れで寝込んでますの。休養中のメンバーを叩き起こすなんてリーダー失格でしてよ?」
「その思いやりを俺にも向けてほしいんだがね」
結局、「まあいいから聞けですの!!」と、無理やり食堂の二人席に連れ込まれてしまった。
飯代は奢ると言ってるが……。
俺満腹なんだけどな……。
一方のネスティは、目に入る甘味メニューを片っ端から注文していく。
小柄なのによく食うな君。
「で! ですの。今日の私が怒りに震えている訳が聞きたいんですわね?」
「もうそういうことでいいよ……。どしたの?」
「私は天才的なマナ系魔法使いですけれど、接近戦が苦手ですの。その分フェイスが剣技でフォローしてくれますけれど、クエスト上がりには毎回毎回フェイスが疲労困憊……。リーダーとしてメンバーに無理をさせるのは、あまり心地のいいものではございませんわ」
「は……はぁ……」
運ばれてきた野苺のシロップ漬けを口に運びつつ、立派なリーダーっぽいことを言いだすネスティ。
でもこの年でマナ魔法使えるのは凄いな……。
マナ魔法っていうと、自然の力を借りて発動する高等魔法。
植物の根で敵を拘束したり、地面を隆起させたり、川の水を龍に変えて攻撃したりするやつだ。
シャウト先輩が使える雷を落とす魔法もその一種。
強力な上に、自身の魔力を殆ど使わないから、無茶苦茶ハイパフォーマンスだが、最低限、見えないものが見えたり、聞こえない声を聞けるような体質が無いと資質すらないという、足切りの厳しい魔法でもある。
元はエルフやハイエルフに備わっている“自然と対話する力”を元として生まれたものらしいが、純血が殆どいなくなったこの時代においては、源流を知ることは困難だろう。
……いかん思考がネスティの話から大幅に逸れた。
「んで、接近戦が苦手でどうしたって?」
「私も剣での護身術を学ぼうと思いましたの。それで剣技の講習会に行ったら……」
「行ったら?」
「ジロジロ見られた挙句『君はダメだ』とか言われて追い返されましたの!! き―――!! あの小童ムカつきますわ!!」
「そんなことってある!?」
「聞いたことありませんわ!! というかジロジロ見ながら『違う……』『違うっぽい……』『違う……』ってずっと思ってましたのよそいつ! 何ですのテンセイシャって!?」
「!!!」
突然脳天をズガンと殴られたような衝撃が走った。
転生者……?
「転生者って言ってたのか!?」
「ひっ!? いきなりなんですの!? ……受付の方はそんな言葉を考えていたようですけれど?」
これは……。
明らかに、俺達以外の転生者、ないし転生者を知る者が関与している……!
ネスティが弾かれたってことは、転生者と思しき人を集めて何かをしようとしてるのか……?
あ。
そういえば愛ちゃん、今日剣技の講習会があるとか何とか言ってたような……。
…………。
……。
俺の脳裏を、サウナの一件が掠める。
あの襲撃者は間違いなく俺に危害を加えに来ていた。
もし、転生者の暗殺を目論む何者かが開催した講習会だったとしたら……。
「愛ちゃんが危ない!」
「ブッ!! 何ですの一体!?」
「ゴメン! 愚痴はまた今度聞く!」
「ちょっと! お待ちになって!!」
呼び止める声をスルーし、俺はギルド本部の扉を蹴るように開け、大通りへ出た。
愛ちゃんが危ない!
危ない!
けど……愛ちゃんどこ!?
俺が間抜け極まりない右往左往をしていると、「レディーを置いて行くだなんて非常識ですわよ!」と、ネスティが息を切らしてついてきた。
俺がその講習会の場所を訪ねようとすると、彼女はすぐに「こっちですわ!」と駆けだした。
話が早くて助かる!
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「え……? どうしたんですか先輩?」
大慌てで向かった先で、愛ちゃんはピンピンしていた。
ちょうど実習が終わったところらしく、いい汗をかいてこれから浴場でも行こうかという雰囲気だ。
愛ちゃん以外の参加者も、明らかに転生者と思しき人ばかりという感じでもない。
あれ……あれ~……?
なんかもう……めっちゃ恥ずかしい……!!
この間の瞬撃くんの一件といい、俺ちょっとノイローゼ入ってんのかなぁ……。
「はぁ……いえ、私があなたに会いたいと言ったので……はぁ……。一緒に探してくれたんですの……はぁ……」
俺の羞恥を察知してくれたネスティが息を切らせながら、「もうあなたは用済みですわ」と俺を追い払ってくれた。
た……助かる……。
無論、彼女は愛ちゃんに特に用などないので、しどろもどろになっていたが、結局一緒に浴場に行った後、買い物して夕食に行こうという話にまとまったらしい。
うむ。
仲良きことは美しきかな。
二人の会話を背中で聞きながら颯爽と立ち去ろうとする俺の視界の端に、いつかの黒髪が見えた気がして、慌てて辺りを見回ったが、シュンくんの姿はなかった。
やっぱり俺ノイローゼ気味……?





