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異世界フィッシング ~釣具召喚チートで異世界を釣る~  作者: マキザキ
2章:ダンジョン・アングラー 大陸中央迷宮変
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第30話:アルフォンシーノ大干潟のスボゲンゲ 投げ釣り




 翌朝、待ち合わせの場所へ向かうと、既にターレルが待っていた。

 「ゴメンゴメン。待ったかい?」と聞くと、「いやぁ~。自分もさっき来たところさ~」と、おっとりとした返事が返ってくる。



「昨日の魚は美味しかったか~?」


「美味しかったのと、臭かったの半々かな……。げぷっ……」



 うう……。

 まだゲップがアンモニア臭い……。



 刺身は、激烈なアンモニア臭を除けば、固く締っていて脂の乗った白身で甘みがあり、美味しく食えなくもない味だった。

 まあアンモニア臭を除けないので、美味しく食えない訳だが。


 世界のアンモニア臭い発酵食品の食べ方に習い、臭いの強い漬物と一緒に食べたり、パンに挟んだり、薬味をたっぷりつけて酢で食べたりしてみたが、どれもこれもまー酷いこと酷いこと!


 まだ家で爆発したシュールストレミングもどきの方が旨かったくらいだ。

 それでも俺は大皿いっぱいの身を食いつくし、サバクカエルオコゼ(ミコト命名)をしっかりと供養した。

 しかし、おかげで俺の吐息は公衆便所状態……。

 口づけひとつでミコトが欲求を失う程の激臭故に、今朝の寝起きは妙に爽やかだった。



「……あっはっは~。確かにすごい匂いだねぇ。釣り餌に使えば良かったんじゃないかい……?」



 ターレルの言い分が正しい。

 あの時の俺はちょっと正気を失ってたよ……。


 実際臭いの強い釣り餌は、かなり効果的だ。

 東京湾のクロアナゴや、東北のソイ、カジカ釣りで使われるイカゴロなど、かなり臭いし、ブラックバスで使われる疑似餌「ポーク」には数年漬け液の中で熟成させ、デロデロになって激臭を放つものが最高などという謂れもある。


 俺の口を公衆便所にするよりは、夜の岸壁でアナゴや根魚を釣るのに使った方が良かっただろう。

 その方が、嫌々食われるよりかはあの魚も浮かばれたに違いない。



「ユウイチは頭がよさそうな顔して意外とおバカなんだな~」


「魚のことになると思考が回らなくなっちゃうみたいだよ」


「それは自分も同じかな~。あの魚取り込もうとして流砂の砂地獄に飲み込まれて死んじゃうかと思ったんだよ~。結果的にダンジョンの主のお化けスナゴカイの巣に落っこちて、討伐できたんだけどね~」



 等と談笑しつつ、干潟の水辺へと降りてく。

 今日は俺達の世界で言う所の大潮で、しかも上げの真っ最中。

 俺個人の考えだが、サーフや干潟は上げの方が食い気が立つように思う。

 エサの宝庫たる浅い干潟で思い切り食事をしたいと、手ぐすね引いて待っている魚たちが、沖からやってくるイメージだ。


 この干潟においては、おおむね正解のようで、実際既に水に覆われたスポットでは水面に波紋が多数広がっている。

 ボラ系の魚か、それともイワシ系の魚か。

 何にせよ、釣れる気配がムンムンだ。


 俺は早速、カレイの投げ釣りセットを召喚する。

 長めの投げ竿にセットされるのは、PE1号の道糸+1~7号の力糸をセットした遠投用リール。

 仕掛けはL字天秤にセイゴ針二本を全遊動でセット。

ちょっと大物を狙う時の投げ釣り仕掛けだ。

 エサは干潟で取った太めのゴカイを使う。


 ターレルは俺の竿や仕掛けを不思議そうに見つめている。

 「暗黒大陸の釣具は変わってるんだなぁ……」と、呟きながら彼が取り出したのは、巨大な木製ボビン。


 そこに巻かれた糸へ、ドでかい鉛の中通し錘をズドンとセットし、さらに、これまたデカい針を荒々しく巻き付けている。

 エサはこれまたワイルドに、魚の半身の塩漬けだ。

 おお……。

 これが南洋スタイル……。


 その武骨でヘビーな仕掛けを、ターレルはおもむろに回し始める。

 やがて、ハンマー投げのように全身で仕掛けを振り回すと、勢いよく沖合目がけてフルキャストした!

 手近な棒に通されたデカいボビンがカラカラと軽快に回り、糸が吐き出されていく。

 うおおおおおおおお!?

 めっちゃ飛んでる!


 もちろん、素手にしてはという注釈こそ付くが、多分、余裕で5~60mは飛ばしてる。

 勿論俺には不可能な芸当だ!

 恐るべし南洋マッチョガイ……!


 豊かな干潟故か、そんな原始的な仕掛けにもすぐアタリが来る。

 その恵体を生かして力づくで取り込んだのは、1.5mはあろうかというキバスズキだった。

 泥や水しぶきを浴びながら、巨大キバスズキを掲げるその姿は、荒々しく、逞しく、それでいて爽やかな南洋の男である。

 カッコいい……。



「ユウイチの釣りも見せてほしいなぁ~」



 と言われ、俺も慌ててキャスティングに入る。

 いかんいかん、彼の姿に見とれてしまっていた。



「ふー……んっ!! せや!!」



 天秤の重量を竿にしっかりと乗せながら、俺は渾身の回転投法を決めた。

 目下でリールのラインの色が目まぐるしく変わっていく。

 50m……70……100……。


 ここまでは序の口だ。

 120……130……。

 140!

 自己記録更新にはまだ遠いが、十分すぎる大遠投だ。


 後ろではターレルが「ひょええええ~!」と、素っ頓狂な、それでいておっとりした声を上げている。

 この分野に関しては、この世界のスタンダードとは文字通り次元が違う。

 その凄さに俺が占める割合は0.5割程度ではあるが、結構誇らしい。


 リールを巻くと、固めの泥の感触が伝わってきた。

 海流によって生まれた地形を竿で感じつつ、俺は海底の傾斜部に仕掛けを制止させる。

 あまり大きくはないようだが、カケアガリがあるようだ。

 このエリアには巨大なカニもいるので、それが身を埋めていた穴かもしれない。


 程なくして穂先がドスン!と抑え込まれ、同時にドラグの音が響く。

 よし! ヒット!!

 この引きは……。

 アナゴ系っぽいグネグネ感!


 引きはそれほどでもないが、そこそこ重量感がある。

 かなり遠方で魚をかけたため、リールを巻いてもなかなか近づいてこない。

 だが、慌てず、ゆっくりと確実に巻く。

 やがて、スタミナ負けした魚がスゥ……と寄ってきた。


 うお!?

 何だコイツ!?

 ワラスボ!?

 いや、ゲンゲ!?


 上がってきたのは、頭部から腹にかけてでっぷりと太く、そこから尾にかけて細く絞られたような体を持つ、エイリアンのような魚だった。

 有明海に生息する、ワラスボを肥大化させたらこうなる……といったような感じだ。


 ワラスボと異なり、コイツには上へ突き出た目が二つある。

 側線もはっきりとあるあたり、視覚も波動もどちらもフル活用して捕食行動をとる魚のようだ。

 歯はかなりしっかりとしていて、噛まれたらかなり痛そう……。


 こういう、いかにも動き回る獲物を捕らえるタイプの魚が、投げの置き竿にかかるのは珍しいな、と思いながら針を外そうとすると、その理由が明らかになった。

 ウミケムシである。


 俺の仕掛けに付けられたゴカイを飲み込んだウミケムシに、こいつが食いついていたのだ。

 ウミケムシは遊泳するので、そこを捕えたのだろう。

 海中わらしべ長者である。


 しかし、ウミケムシが元の世界の姿ほぼそのままで生息しているのには驚きだ。

 体の両サイドの針は、半透明のベールのようになっていて、遊泳力が元の世界のそれよりも高そうだが、それ以外はほとんど変わらない。

 収斂するほど優れた生物の形なのかウミケムシ……。



「ユウイチ~。こっちでも釣れたよ~」



 見れば、ターレルのテグスにも、小型ながら似たような魚が掛ってきた。

 割と普通に釣れる魚のようだ。

 その後は、そのスボゲンゲ(即席命名)を含む何種類かの割と平凡な魚。

 それはキスっぽい魚であったり、コチっぽい魚であったり、エイであったり……。

 豊かな干潟ならではの多様な魚が顔を出してくれた。


 ただ、ある時から回遊してきたキバスズキの群れに当たったらしく、投げても投げてもキバスズキがヒットし、流石に飽きたので、昼を待たずに竿じまいとした。




////////////////




 さて、釣りが終われば、楽しい昼食タイムである。

 釣れたばかりの魚を捌き、現地で食べる。

 日本では火の取り扱いやら、場所の占有やらの兼ね合いで、バーベキュー場のある海浜公園やら、キャンプサイト付きの海岸でしか出来ないが、この世界では問題なしだ。


 バーベキューセットを召喚し、その上でおろして串に刺したキバスズキを焼く。

 遠火の強火でじっくりと、だ。


 スボゲンゲは……。

 どう料理しよう……。

 身はワラスボのように赤っぽく、それでいてタナカゲンゲのようにしっかりとした弾力がある。

 肉厚なので食いではありそうだ。

 一応、ワラスボもゲンゲも味噌汁にして美味しい魚なので、それを試してみようかな。


 皮ごとぶつ切りにしたスボゲンゲを鍋に入れ、水から出汁をとる。

 灰汁はあまり出ないし、臭みとかも全然感じない。

 タナカゲンゲなんかは皮のぬめりが臭かったりするのだが、コイツは特にそんなことは無いらしい。

 乾燥キノコや干した根菜を入れて、味噌玉を放り込めば、野趣あふれるスボゲンゲ汁の完成だ。



「ユウイチ~。こっちも焼けたよ~」



と、手慣れた手つきで火を扇いでいたターレルが声をかけてきた。

 やはり南洋の釣り人だけあって、こういったアウトドア調理もお手の物のようだ。

 適度に落ちた脂で見事に燻されたキバスズキの身が、金色に輝いて見える。

 すげえ旨そう。


 俺はターレルにスボゲンゲ汁をよそい、持って来たスパイス味噌おにぎりを手渡す。

 彼も俺に焼きキバスズキと、やたら綺麗に握られたおにぎりを渡してくる。

 やだこのマッチョマンなんだか家庭的……。


 ターレルは「デイスいちのグルメパーティーのお手並み拝見だねぇ~」と、俺のスボゲンゲ汁を一口啜り、すぐに「美味し~い」と、にこやかな笑顔を浮かべた。

 お口にあったようで光栄だ。



「このお汁って、もしかしてユウイチの故郷の料理なの~?」



 一杯目をあっという間に飲みほしたターレルが、目を輝かせながら聞いてくる。

 随分気に入ってくれたようで、俺も嬉しい。



「ああ。味噌汁って言うんだ。こっちじゃあんまりメジャーじゃないけど、結構美味しいだろ?」


「そうなんだぁ~! 奇遇なこともあるんだねぇ~」


「奇遇?」


「自分の村でもこれとよく似たもの作ってるんだよ~。キージャ・ソっていうんだけどね。もうちょっと味は甘めかなぁ~」


「マジで!? 原料は?」


「豆と麦だねぇ」



 おっとこれは思いもよらぬ展開。

 大陸南方では味噌に似たようなものが既に存在していたのだ。

 キージャ……なんかインドネシアとか中国でソース的なものを指す言葉に似てる気がする……。

 偶然の一致か、それとも渡来者か……。

 なんにせよ、この世界でも俺謹製以外で発酵調味料が調達できる見込みが立ったのは嬉しい限りだ。



「ほら、自分の焼いたこれも熱いうちに食べてみて~」



 思いを巡らせる俺の目の前に、キラキラと脂で輝くキバスズキの身が差し出された。

 おっと、脂が垂れる垂れる……。


 彼の手から串を受け取り、今にも滴り落ちそうな脂を湛える焼き魚を頬張った。

 旨い!

 やっぱりキバスズキはシンプルに塩焼きが一番うまい気がする。

 特にこの炭火なり薪火なりであぶったのが最高だ。


 不要な脂が落ち、その落ちた脂で立った煙が身を燻し、素晴らしい風味としつこ過ぎないうま味を両立させているのだ。

 俺がその旨さを噛みしめていると、「そうそう、これも試してほしいんだ」と、ターレルが横から手を伸ばしてきた。


 その手に握られていたのは、銀製のボトル。

 そこから滴り落ちたのは、黒い液体。

 むむ!

 この香りは!



「キージャ・マっていうソースなんだ。自分の村では焼いた魚にはこれをつけて食べるんだよ~」



 まさかまさかだ!

 かなり甘みが強いが、この風味は間違いなく醤油系!

 やや濃いめの味が、力強いうま味を持つキバスズキにベストマッチだ。


 そのソースの味はインドネシアで食べたマニスケチャップに非常に似ている。

 大陸南方は発酵調味料の宝庫か何かかい!?

 別に焼いてあったスボゲンゲの塩焼きにもかけてみるが、うん! めっちゃ旨い!

 やっぱり焼き魚には醤油だよ醤油!!



「お~。気に入ってくれたみたいで嬉しいよ~」



 あまりの感激に涙を浮かべて魚を頬張る俺を見て笑うターレルの手を、俺は思わずむんずと掴み、こう言った。



「お取り寄せできる!!?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 200話目到達おめでとうございます! 記念すべき回がアンモニア臭に包まれて終わりじゃなくて良かった…大事ですよね魚に醤油 [一言] 時間を見つけて少しずつ読んでましたがお話にガッツリ魚と釣…
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