第17話:若テイオウホタルイカ バーナクル港のエギング
夜、俺はミコトとコモモを連れてバーナクルの港を再び訪れた。
少しばかり確かめたいことがあったのだ。
「釣具召喚!!」
ウルトラヘビークラスのエギングロッド、PE4号+ショックリーダーフロロカーボン25号が巻かれたスピニングリール4000番、そしてエギを召喚する。
エギというのはイカを釣るのに用いられる日本製ルアーのようなもので、エビのような形状をした疑似餌である。
通常のエギではイカのパワーで破壊されてしまうことが容易に想像がつくため、今回はエギ本体の針を外し、ソデイカ用の超大型傘針をアシストフックの要領で装着してある。
既に情報は仕入れてある。
今のシーズン、テイオウホタルイカの1年個体が沖合での越冬を終え、浅場で活発に捕食活動を行うのだ。
1年ものとはいえ、テイオウホタルイカの寿命の3分の1、大きい個体は胴長5mにも達するという。
既にちょっとしたモンスターだ。
陸地での活動能力は寿命間際にならないと備わらないので、陸地にいる釣り人を襲うことはほぼ無いが、迂闊に海水浴などしようものなら彼らの餌食である。
そんなイカの被害を防ぐため、この地域の漁船は全体的に大振りで、その多くにバリスタや大砲が備え付けられているのだ。
「行くぞ、準備は良いか?」
振り返って彼女達に問いかけると、コモモは自慢のルビーロッドを、ミコトは新調したダガーナイフを構え、緊張した面持ちで頷く。
彼女達にエギが当たらないように気をつけつつ、7号の大型エギをフルスイングした。
ゆっくりと海底まで沈め、ロングジャークでイカを誘う。
4回目のジャークの最中、竿が「ズン!」と重くなり、同時に2kgに設定したリールのドラグが「ジ――!」と音を立てながら糸を吐き出し始めた。
かかった!!
イカ特有のジェット噴射がウルトラヘビーロッドを満月の如くしならせる。
ただ、一度目の噴射を凌いで分かった。
採れない獲物ではない!
ドラグを僅かに締め、糸の出る量を調整する。
そして力任せにリールを巻く。
ポンピングなどはせず、ひたすらに巻き続ける。
マリクイアゴダイ戦で用いた綱引きファイトに近い感覚だ。
しばらくは一方的に巻き取っていたが、再び強い衝撃と共に糸が送り出されていく。
2度目のジェット噴射だ。
その巨体故か、それとも水を取り込む機能が弱い種なのか、噴射の間隔はたっぷり60秒もある。
その際に送り出される糸の量と、60秒間で巻き取れる糸の量、比較すれば後者が倍以上になる。
なんか思ったより貧弱だな……!
噴射を耐え、巻き取り、また噴射を耐え、巻き取りを繰り返していると、少し先の海面が青色に光り始めた。
見えた!
テイオウホタルイカの若年個体だ!
サイズは想定よりだいぶ小さい2~3メートル程度。
体形はコウイカに近いように思える。
ジェット噴射が水面を爆発させ、再び水中へと潜っていく。
だが、そんな抵抗も2度が限界だった。
やがて噴射のパワーが弱くなり、弱々しくヒレで海面を叩きながら、巨大なイカが目の前に浮かび上がった。
最後の抵抗とばかりに、鋭い爪の付いた触腕を振り回して暴れ始めるテイオウホタルイカ。
それで糸を切られないように注意しながら、船を引き上げるのに使われるスロープ帯までイカを誘導していく。
「コモモ! 頼む!」
「はい!」
イカの巨体が浅瀬に乗り上げ、前にも後にも動けなくなったタイミングで釣り竿を消し、ギャフ付きロープでイカの体を陸地に固定した後、コモモに指示を出す。
「はああああ!! エレキボルト!!」
ルビーロッドが眩く輝き、はめ込まれた宝玉から電撃が迸り出る。
その閃光がイカに直撃し、激しく振り回されていた触腕の抵抗が止まった。
「今だ! ミコト!」
「了解っス!! はっ!」
ミコトが振り下ろしたダガーナイフがイカの眉間に突き刺さると同時に、赤茶色だった体色が一瞬でサッと半透明になった。
その命の灯が尽きたことを示すように、体表面を覆っていた青い光がゆっくりと消えていった。
「うっわ!! くっさ!!」
釣り上げたイカの身を切り開いて体内のとある器官を取り出し、そこへナイフを刺した瞬間、鼻が曲がるほどの臭気が辺りに充満した。
硫黄とアンモニアをたっぷりと混ぜたような刺激臭に涙が出てくる。
山で嗅いだそれよりも数段新鮮濃厚だが、この匂いで間違いない。
あの黒い物体の正体はテイオウホタルイカのイカスミだ。
つまり、あのへリング高地に潜む切り裂き魔の正体はテイオウホタルイカで間違いない。
「でもどうしてイカがあんな場所にいるんでしょう……? 海の生き物ですよね?」
コモモが生まれて初めて見る巨大イカを恐る恐る突きながら疑問を口にする。
「このイカ寿命間近になると陸上形態に変異して、産卵地の湖まで歩くらしいんだよ。何らかの原因で、その湖で産卵できなくなって、ここまで歩いてきたんじゃないかな」
20mに達する巨大イカが突然生息地に現れたとなれば、その土地の生物や魔物は逃げ出すだろう。
その巨体とパワーもさることながら、苦手な水をジェット噴射してきたり、激臭を放つ墨を乱射するとあっては尚更だ。
そして、イカに生息地を追われた熊や狼、ゴブリンやリトルオークが平原へ降り、騒動を引き起こしたというのが今回の一連の事件の真相ではないだろうか。
外敵を排除しきった産卵期のイカの群れは、夜を待って墨と共に卵を上空へ噴射、それがこの街の沖合へ降り注ぐというわけだ。
思えば少し前、産卵地であるクラム湖でイカの死骸が無数に漂着しているという旨の調査クエストが張り出されていた気もする。
「何はともあれ、明日もう一回高地に上って、イカを探して状況を確認、ギルドに報告しよう。俺達がこの高地に対してできる調査はそこまでだ」
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「おにいちゃんすごーい!」
突然大声をかけられ、驚いて振り返ると、ロリっ子がイカをまじまじと眺めていた。
気が付けば、巨大イカを釣り上げるまでに随分と大騒ぎしてしまったため、周りにかなりのギャラリーが並んでいる。
「これどうするのー! たべる!?」
イカの身をツンツンと突きながら聞いてくるロリっ子。
思えば、釣った後どうするか考えてなかったな……。
よく見ると身は厚いが、ナイフがスッと入るほど柔らかい。
コウイカの最高峰、カミナリイカのそれに近い触感だ。
「雄一さん! 私これ食べてみたいっス! ていうか食べましょう!」
「私イカ食べたこと無いから……食べてみたい……です」
ミコトもコモモも乗り気である。
「よっしゃ! それじゃあコイツでクエストクリア前祝いといこうか。せっかくだから見てるみんなにも振る舞おう!」
早速キャンプ道具召喚で特大のつる付き鍋を召喚する。
そこにウォーターショットで水を注ぎ、コモモに火をつけてもらう。
湯が沸くまでの間、イカをナイフで切り開き、薄皮を取って切り分けていく。
塩を振って下味をつけると同時に余分な水分を抜いて身を引き締める。
湯が湧いたらそこへイカの身を投入し、身が白くなったら即氷水に移して余熱を取る。
身が十分に冷えたらすぐに氷水から揚げ、清潔な麻布の上で水気を取って塩とレモンの絞り汁を振りかければ、テイオウホタルイカの湯引きの完成である。
「じゃあまずは私が毒見がてら頂くっス!」
出来上がった湯引きにミコトが飛びつき、モフモフと頬張る。
「ん~~~♡ 肉厚なのに柔らかくて甘くて美味しいっス~~!!」
幸せそうな表情で次々と湯引きを口に運ぶミコト。
いや食いすぎだろ!!
彼女の食べっぷりに触発されたのか、ギャラリーも次々と湯引きに手を伸ばす。
あのロリっ子も「おいしー!」とご満悦だ。
皆が旨い旨いと言いながら食べ進めていくので、あの巨体は瞬く間に減っていき。
非可食部の内臓を残すのみとなった。
それを海に放ると、アカシマメバルを始めとする小型魚達が次々に群がり、食い尽くしていく。
こうして、若き海の帝王は俺達被捕食者の糧となったのである。
釣り用語解説
・ジャーク
釣り竿をしゃくりあげ、ルアーやエギを水中で大きく上昇させるロッドアクション。
ロングジャークはより大きく、長くしゃくりあげる動作である。
・アシストフック
ルアーのボディに接続されているフックとは別に、道糸とルアーの接続部から釣り針を出す手法。
一般的に、ジグと呼ばれる鉛製ルアーに装着する。
針の動きに自由度が大きく、より大きく強固な釣り針を使用できるため、大物釣りで多用される。
・ドラグ
リールに一定以上の負荷がかかった時、糸が出ていくように設定する機構。
糸の強度が限界に達して切れるのを未然に防ぐだけでなく、魚が食いついたときに違和感を与えにくくする効果もあると言われている。
・カミナリイカ
コウイカの仲間。
甲にキスマークのような紋模様を持つ大型種。
肉厚ながら柔らかく、甘みの強い身を持つ、知る人ぞ知る高級イカである。
別名モンゴウイカだが、スーパーで安く売られているそれとは別種であり、食味においては天と地ほどの差があるといっても過言ではない。