第27話:クリスタル雪原迷宮 イシガキデメニギスを撃破せよ!
「いたっス! 空にカモフラージュしてるっスけど臭いで分かるっスよ!!」
一晩かけて治療も終わり、天候も回復。
持って来た食糧もしこたま食って英気も元気も万全に整え、俺達はイシガキデメニギスを追った。
シャウト先輩の魔方針で方角を特定し、後は目視で探すという手はずだったのだが、ミコトが自慢の嗅覚でいち早く発見してくれる。
見上げれば、灰色の雪雲に紛れて、銀と黒の斑を帯びた巨体が浮いていた。
腹を上に向け、まるで死んだ魚のような体勢だが、アレは下界の獲物を狙う構えに違いない。
目の構造を考えれば、ひっくり返った方が下方の視野を広くとれるのだろう。
(ああいう習性にしたのか?)
(いえ!? 私は岩場の底層に営巣して上から落ちてくる甲殻類やウニなんかを齧るって設定したはずっスよ!)
(となると……自力か他力かは置いとくにしても、やっぱりこの世界に順応して行動を変容させてるな…)
明らかに魔の者の手が加わっているとはいえ、そこは生物。
突然環境が変化しても、それに順応して生きていく逞しさを兼ね備えているようだ。
こういう例は高い知能を持たないとされる魚類でも少なからず見られるものである。
有名どころでは鳩を捕食するようになったヨーロッパオオナマズなどがあるだろう。
「む! 皆私の傍に集まれ! セイクリッドシールド!」
コトワリさんの声に、俺達はサッと密集して身を屈める。
地上から、あのクリスタルの結晶が次々に打ち上げられ始めたのだ。
そしてそれを放つ者は……。
やはり巨大なウニだった。
小山のような巨体。
透き通るような白色。
そして三角錐の長大なクリスタル結晶のトゲ。
間違いない。
深海でドリルユメナマコの餌食となっていた白いウニのオバケだ。
巨大なウニの周りに、小柄な……といっても優に2~10m前後はあるウニたちが密集している。
巨大ウニはトゲを激しく震わせ、その先端で風を切り、「ピイイイイイイ」という音を放つ。
恐らくは、威嚇音か警戒音の一種だろう。
本来なら、あのイエティコング辺りが襲ってきた時、この音やトゲの発射で身を守るのだろう。
しかし、敵は世界線を跨いで飛んできたトンデモ外来種。
次々射出されるトゲを、イシガキデメニギスは易々と回避し、群れの中の一匹に噛り付く。
2m程度の小柄なウニは、そのひと齧りで半身を削り取られ、やがて白色の発光を失い、動かなくなった。
「クリスタルは魔力を操作するのに用いられる素材だ。アレでクリスタルを補充して、あの透明な頭部に蓄えてるんだな……。恐らくあのウニは魔力を使って体を動かしてるんだろう。なんか光ってんのはマナを内部で循環させてるからだろうな」
俺の隣でそれを見ていたシャウト先輩が呟く。
クリスタルだけじゃなくて、魔力も取り込んでるってか……。
巨大ウニがトゲを放ちながら小ウニたちを連れてノソノソと逃げていくと、イシガキデメニギスは散らばった巨大なトゲを齧り始めた。
俺達に降り注いでいた流れトゲも止み、いよいよこっちの番というやつだ。
「ユウイチ! しっかり頼むぜ! 皆もユウイチの指示最優先でな!」
「了解です!」
「任せろ!」
「頑張るっス!」
「それじゃあ、いきます! 釣具召喚!!」
俺はイシダイ用の底物タックルに、サメ用の巨大針を4本装着し、転がっていた小型ウニの残骸に吸い込み仕掛けの要領で針を隠すと、ケミカルライトを詰めて雪原に転がした。
キャストなど出来ない。
だが、エサを置いて俺が後退すればいい話だ。
100mほど全力疾走して、仕掛けから離れる。
イシガキデメニギスはまだ遠い。
だが、落ちていたトゲを齧りながら、ゆっくりと餌の元へと近づいてくる。
わざわざ乱射されるトゲの中を掻い潜ってでも小型ウニを齧るやつだ。
トゲだけよりも、ウニそのものの方が好物なのは間違いない。
やがて、俺の仕掛けに気が付いたイシガキデメニギスがゆっくりと寄ってきた。
発光の色が違うためか、なかなか齧ろうとしない。
しかし、目の前に大好物を置かれて我慢が出来るほど、スレてはいなかったようだ。
ガリ……ガリ……と、硬質な音が響く。
この、ウニの殻を齧る時、針の一本でも口内に吸い込んだ時が作戦の発動だ。
俺は視線の先の魚の動きと、穂先の動きに全神経を集中させた。
………。
……。
…。
吸い込んだ!!
「フィーシュ!!」
定番の雄たけびを上げ、アングラースキルを全開にする。
俺の全身を光が包み、釣り竿に、仕掛けに力が宿る。
この能力は……返されない!
よし! 一先ずは作戦成功だ!
イシガキデメニギスは首を左右に振り、針を振りほどこうとするが、俺も糸のテンションをピンと張り、それを許さない。
錘をつけていないカブセ仕様なので、余計な遠心力も生じない。
絶対に逃がさんぞ!!
首を振りながら、上空へ逃げようとするイシガキデメニギス。
ドラグがうなり、糸が出ていく。
ここで焦ってはいけない。
タックルに無理をさせればさせるほど、アングラースキルによる魔力消費は激しくなる。
普段の釣りと同じようなやり取りをしてこそ、フルに生きるスキルなのだ。
呼吸を整えながら、引きが緩まるのを待つ。
この間にも、俺の正面では、パーティーの皆による作戦が着々と進行している。
大丈夫だ。
俺はこいつを釣ることだけを考えればいい。
天高く上り、体力を消耗したのか、糸の出が止まった。
今だ!
俺は仕掛けを一直線にし、綱引きファイトで勝負を仕掛ける。
イシガキデメニギスの引きは、アングラースキルを差し引いても、あまりに貧弱だ。
俺の身体を持っていくのではないかと不安になるほどの引きを見せた、高知のイシガキダイのそれと比べて、明らかにタフネスがない。
体のベースが虚弱な深海魚というのもあるのだろう。
グイグイとリールを巻けば、フラフラと寄ってくる。
明らかにパワー切れだ。
それでも、地上スレスレで再び暴れ出したので、今度は荒々しくそれを制しにかかる。
縦のポンピングで魚のバランスを崩し、すかさず横のポンピングと強引なリーリングで俺は巨大魚を雪原に叩き落とした。
叩き落とした先にあったのは、皆が掘ってくれた落とし穴。
巨大な魚体が、ズボ!っとばかりに雪原に埋まる。
「取り込み頼みます!!」
俺はすかさず、仲間たちに合図を送った。
「行くぞコトワリ!」
「任せておけ!」
「ぬおおおおおっス!!」
「えい! てぇい!!」
待機していたパーティーメンバーが、飛び出してくる。
先輩とコトワリさんは、地面に刺さっていたウニの巨大とげを、そしてミコトは自慢の大剣を、そして愛ちゃんは召喚したダガーナイフで、それぞれ魚体に止めを刺しにかかった。
先輩達が勢いよく突き刺したクリスタルは、イシガキデメニギスの背に勢いよく突き刺さり、ミコトの大剣の一振りは、ドーム状の頭に深いヒビを入れ、二撃目で完全に砕いた。
愛ちゃんが振り下ろしたダガーナイフは、敵の腹部にぶっ刺さり、小さいながらも確実な致命傷を刻んだ。
まさにタコ殴り。
初めはバタバタと暴れていたイシガキデメニギスだが、先輩達が二本目のクリスタルをエラに叩き込んだのを最後に激しく痙攣し、やがて完全に沈黙した。
「よっしゃああああ!!」
俺は釣具召喚を解き、皆の元へ駆け寄る。
ミコトもそれに応えるように駆けてくるが、途中で自分が掘った雪穴に足を取られ、魚の沈む落とし穴に凄い勢いで転がり落ちていった。
ちょい!
大丈夫か!?
等と彼女の元に走ろうとすると、「先輩~!!」という声と共に、横合いから愛ちゃんが飛びついてきた。
バランスを崩してズッコケる俺。
「凄いです!! こんな大きなモンスターも倒せちゃうだなんて……! 私、先輩みたいに頑張ります!!」
「わ……分かったからちょっと……どいてほしい……」
「あ! す……すみません!!」
完全に組み敷かれる格好になっていたので、ひとまずどいていただく。
愛ちゃんが俺の上から飛び退いた直後に、「うひ~……ひどい目に遭ったっス~」と、ミコトが穴から這い上がってきた。
今の見られてたら今晩寝られなくなってしまいかねないのでね……。
「さて、それじゃあこいつ解体してキーストーンいただこうぜ」
「キーストーンって……もしかしてこれですか?」
愛ちゃんが魚の腹から引き抜いたナイフの先には、キラキラと輝く結晶が刺さっていた。
それを指先で摘まみ上げる愛ちゃん。
うわ! ちょっと待った!! まだ魚の回収が!
見ると、コトワリさんは大慌てで懐からカードを取り出し……、それを雪中に落とした。
俺は思わず、そのカードに飛び込み、魚目がけて投げつけた。
目の前の光景がグニャリと歪み、やがて瑞々しい緑を湛えた平原へと変貌した。