第23話:クリスタル雪原迷宮 銀世界の仇討
「てやっ!! せい!!」
白い景色がグニャリと歪み、白い大猿の厳つい顔に、屈強な腕に、頑強な胸板に変わる。
そこへ斬撃を叩き込む。
一瞬風景に白い太刀筋と赤いラインが流れる。
既に目に映るものは滅茶苦茶だ。
だが、それでも俺の双剣は確実に大猿の身体に裂創を刻む。
俺が本来持つものなのか、それともトリックスタースキルの知能バフか、そんなことはどうでもいい!
斬る!
斬り殺す!!
小柄な個体は一撃でその身を斬り捌かれて倒れ伏せる。
大柄な個体も、首や腕、胸を深く斬りつけられては助からない。
20匹はいた群れは、この数分で10頭以下に減っていた。
「キキー!」と、愛ちゃんのマントを掴んでいた、とりわけデカい個体が叫び声をあげると、周囲の生き残った群れがそいつを円で囲むように集まり、後退を始めた。
逃がすか!
一匹も生きて帰さん!
特大の氷手裏剣をデカい奴の背中に打ち込み、群れの円陣のど真ん中へウォーターシュート、そして蜘蛛の巣上のフロロバインドを放つ。
全ての個体の足に高強度フロロカーボンが巻き付き、同時に頭上から凍てつくような水流が連中を襲う。
冷水の激流を浴びせられた群れと、背後から撃たれたデカい奴の思考は一瞬にして大パニックに陥った。
デカい奴が激痛にのたうちながら単独での逃亡を始め、群れは円を広げるように四方八方へ逃走を始める。
群れの力に足を奪われ、デカい奴は雪原に倒れ伏せた。
そこだ!!
上空からの急降下斬りで、その剛腕を斬り飛ばす。
そして、その手に握り込まれていたマントを奪う。
愛ちゃん……!!
俺は彼女のマントをすぐ傍の木にかけ、のたうち回る大猿たちへと歩み寄る。
言葉も通じないこいつらに、交渉もクソもない。
俺はデカい個体の首筋に斬撃を撃ち込み、パニック状態で暴れまわる残りの連中に最大出力のウォーターブラストを撃ち込んだ。
斬られた奴は雪原を赤く染めて息絶え、激流に飲まれた奴らは、その衝撃で吹き飛び、急激な体温低下でその動きを止めていった。
討伐完了だ……。
「っはぁ……はぁ……!!」
全身の力が急激に抜け、俺は雪原に膝をつく。
皆の仇を……とった……?
同時に思考が急速に冷静になっていく。
少し考えれば分かる。
俺如きが無双できるレベルの猿。
シャウト先輩やミコト、コトワリさんが遅れをとるはずがない。
だとしたら、早く合流を……!
……愛ちゃんは!?
彼女なら、突然襲われればやられてしまうかもしれない。
そうだ、あのマントに血とかついてたら……。
戦闘中とは打って変わって、何から手を付けていいのかチグハグになりながら、マントをかけた木を振り向くと。
「あ……ど……どうも」
なぜか妙に嬉しそうな愛ちゃんがいた。
いや、愛ちゃんだけではない。
ニヤニヤと笑う先輩達も、その後に続いて現れた。
「随分カッコいいじゃねーか。見直したぜ」
「雄一さん今の凄かったっス! かっこいいっス!!」
「まさか私たちの増援が不要とは思わなかったぞ」
え……えぇ~……?
「ありゃイエティコングっつってな、降雪地帯に広く分布する猿の仲間なんだが、執着心と復讐心が強いんだ」
「私がその……ちょっと洞窟の奥に行ったら一頭と鉢合わせしちゃいまして、ビックリして攻撃したら手負いのまま逃げちゃったんです」
「んで、興奮したそいつがいきなりキャンプに突っ込んできて滅茶苦茶に暴れまわって逃げて行きやがってよ、あいつら手負いの仲間の復讐に仲間連れてカチコミに来る性質があるから、アタシらは洞窟の外に出て、連中を待ち構えてたわけよ」
で、そこに俺がやって来たと。
俺があの白ゴリラたちと戦いだしたから観戦してたと。
普通にひでぇな!!
「いやぁ~悪い悪い。お前がヤバくなったらすぐ助けに行けるように待機してたんだぜ?」
そう言ってカラカラと笑うシャウト先輩。
ミコトと愛ちゃんはやれ「カッコよかった」だの「凄いかった」だのと口々に褒めそやしてくるし……。
まあ、悪い気分ではないか……。
ていうか愛ちゃんなんで洞窟奥に行ったんだ?
しかもマントだけ綺麗に奪われるって、どういう状況……?
そう尋ねると、彼女は頬を赤らめて「あの……その……」と視線を泳がせ始めた。
んん?
(雄一さん、察するっス! 人は食べたら出るっス!)
俺の耳をミコトが勢いよく摘まみ、グイと引っ張ると、呆れたような声で囁いてきた。
ああ、おトイレ中だったのね……。
洞窟の奥に縦穴があり、そこから落ちてきた個体と遭遇してしまったそうだ。
出してる最中に敵と会いたくはないなあ……。
「さて、さっそく偵察の報告を聞こうか」
笑っていた先輩が俺達の会話をそっと遮り、真面目な口調で話しかけてきたので、俺は見て来たものを余さず説明した。
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「無数の足跡と、なぎ倒された木の列ねぇ……」
ベースキャンプに戻り、温かいスープで体を温めながら、俺の簡易スケッチと睨めっこする先輩。
「お前は何かクソデカいものが雪原を往復してるって言いてぇんだな?」
「ええ、多数の何かが運んでいるのか、それとも自力で動く何かなのかは分かりませんでしたが……」
俺は頬の傷を摩る。
コトワリさんが治療魔法をかけてくれたので、それは既に柔らかなかさぶた跡になりつつあったが、あの恐怖は未だ癒えていない。
感知スキルにも反応せず、異様な音と共に飛来する鋭利な物体……。
思い出しただけで寒気が襲ってくる。
「お前の言い分を絵にすると、こういう奴がこの雪原に潜んでるってわけだな?」
先輩が出してきた二つの絵を見て、俺はプっと噴き出してしまった。
コトワリさんと愛ちゃんも驚き、同時に口を塞いで俯く。
「わ……笑うんじゃねぇ!」と、俺にだけ電撃ビンタが飛んできた。
不公平!
そりゃ笑うだろ!
何だよこの山担いで歩くかんたん作画ゴリラと足いっぱい生やして歩く山!
特にゴリラの方!!
「仕方ねぇだろ! オメーの言い分はこういうことなんだから!!」
「流石にこんな図は思い描きませんよ!」
「んだとぉ……!」
「しびびび―――!!」
などと盛り上がっている俺達を尻目に、一人神妙な顔つきで絵を眺めていたミコトが「これはもしやっス……」と呟いた。
その言葉に、ベースキャンプは一瞬にして静まりかえり、皆の視線がミコトに集中する。
「先輩が最初に描いた地形図とコレを合わせると……ちょっとこれっぽくなるっスね……」
彼女がそう言って取り出したのは、あのドリルユメナマコが飲み込んでいた、白いウニ。
「雄一さんは知ってるっスよね?」と、ウニの裏側を見せてきた。
……確かに。
その可能性は無くもない……かも?
「おい、オメーら何二人しか分からない会話してんだ。アタシらにも分かるよう教えやがれ!」
先輩が俺の頬を抓る。
痛ててててて!!
説明するから待ってくださいって!!
「単刀直入に言うと、無茶苦茶デカいウニがこの雪原にいるかもしれません」