第22話:クリスタル雪原迷宮 白い世界に潜む者
「先輩大変です! 大変です!!」
ライギョダマシとかマゼランアイナメに似た大型魚(レイキョクアイナメと呼ぶ)を鍋にして皆で囲んだ翌朝、俺は愛ちゃんの叫び声で目が覚めた。
寝ぼけ眼を擦りながら洞窟から出ると、愛ちゃんが歯みがき代わりのハーブ液で口の周りを泡だらけにして叫んでいる。
彼女が「ん―――! んんん―――!」と指さす先は、ただの吹雪に霞む大雪原だ。
目を凝らしてみても、およそ脅威となる存在は確認できない。
ど……どうしたの?
「山が! 山が歩いて行ったんです!!」
「ほへ!?」
「だ……だから向こうに見えてた山脈が! 歩いて行ったんです!! のっそのっそと!あっちに!! ……私何か変なこと言ってます!?」
「いや変だよ!?」
口の周りを白髭のようにしながら叫ぶので、とりあえずウォーターショットで朝のお目覚め洗顔&口ゆすぎをプレゼントしておいた。
これで多少は頭が冴えるだろう。
夢とか現とかじゃなく、何を見たのか詳しく教えてもらわないとダメだ。
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「あ~……。確かに遠景変わってんな」
「そんなこと分かるんですか!?」
「分かるもクソも……。ベースキャンプ構えたら周囲の地形覚えとくのは当たり前だろ! 誰もがテレポート使えると思うなよ?」
シャウト先輩が、細長い型紙に書き写した地形の簡易スケッチと、今の風景を照らし合わせる。
ラビリンス・ダンジョンで地形が動くことは珍しくない。
ただ、異界と外界を隔絶する魔力の壁たる迷宮外壁……ここの場合は周囲の山脈が動いてどこかへ行くというのはまずありえないという。
迷宮外壁とは聞きなれない言葉だが、オープンワールドゲームの「それより先に行けない山や谷や謎の壁」的なものと俺は解釈した。
「ちょっとお前飛んで見てこい」
「えぇ!? 結構遠くないですかアレ!?」
「あぁ!?」
「ヘイ雄一飛んでまいります!!」
突然起きた謎の現象に挑むのは怖いというのが本音ではあるが、愛ちゃんの手前ヘタレてもいられない。
俺はミコトにテレポーター業務を任せ、一人寒風吹きすさぶ空へと舞いあがった。
飛行スキルの速度は大体時速50kmくらい。
車と同じ程度だ。
俺を見上げる4人の姿はみるみる遠ざかり、やがて眼下には、延々と連なる氷樹と雪原が広がる。
よく見ると、氷樹の列、雪原、氷樹の列、雪原というふうに、緑と白の列が規則正しく並んでいた。
食材を探しに出た時は氷樹の森の隙間に雪原があるように思えたのだが、どうやら交互に続いているらしい。
そして、境目の木々は、どこも同じように倒れている。
不思議なことに、列によってその倒れている方向が逆なのだ。
例えばある列は向こう向きに、ある列は手前向き……。
突風が森の隙間ごとに違う向きから吹くとかあり得るのか……?
妙な薄気味の悪さを覚えつつ飛び続けると、吹雪に曇る遠景に、魔力外壁と思しき山脈が見えてきた。
ちょうど、俺達のベースキャンプの真正面部分だけ山が抉れており、そのために俺達の位置から目視出来なかったようだ。
……魔力外壁そのものは動いてないのか?
つまり、魔力外壁と俺達のベースキャンプの中間に「何か」があり、それがノソノソと動いていったと……?
俺は気温とは違う寒気に見舞われ、思わず空中で立ち止まり(?)辺りを見回す。
だが、舞い散る雪が雪原の全容を包み隠し、その「何か」は確認できない。
ただ一か所だけはっきりと見えたのは俺の足元。
何気なく落とした視界に映った光景に、俺は身も凍る想いがした。
足元の雪原いっぱいに、楕円形の足跡のようなクレーターが無数に並んでいたのだ。
しかもそれだけではない。
その隙間で所々赤い花のように咲いているのは、元が何なのかさえ判別不能になった、毛むくじゃらの動物の死骸。
いる!!
何か、得体の知れない何かがこの雪原にいる!!
猛獣の類か!?
イエティか……!?
はたまた魔物の類か!?
それとも全く未知の残虐生物!?
怯え切った俺の耳に「キィィィィィ」という、およそ自然の音とは思えない、笛のような音が聞こえてきた。
直後。
「!?」
俺の顔の右側を、固いものが掠めた。
温かい感触が右頬を流れる。
それが俺の血だということはすぐに分かった。
俺はおよそ人に見せられないほど怯え切った顔になりながら、全身全霊を込めて叫んだ。
「テレポート!!!」
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「なんだよ……これ……」
大慌てでベースキャンプに戻ると、そこには誰もいなかった。
あるのは、燻る焚火、ただそれだけ。
テントや寝袋、クーラーボックスの類は見当たらない。
おかしい。
俺は召喚解除なんてしていない。
指輪で確認しても魔力量は十分すぎるほどある。
よく見れば、焚火は何かに踏み消されたかのように弾けていた。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
俺が召喚した物が消える理由は二つ……。
一つ目は俺が召喚を解除すること。
もう一つは、それが物理的に破壊された時だ。
「!!」
俺の感知スキルが、嫌なピークを上げた。
何か明確な敵意を持った何かが、一つ、二つ……いや、一桁ではない!
十を超える敵意を持った何かがベースキャンプに近づいて来ている……!!
もしやそいつらがここを襲って……!?
俺は恐怖を押し殺し、洞窟の外へ滑り出た。
「「「「キィィィィィィィィィ!!!」」」」
それと同時に降りかかる、甲高い威嚇音。
猿!?
声のする方に振り返ると、およそ20頭にも上る大型の類人猿……というか白いゴリラが密集して俺の方に吠えていた。
俺は双剣を引き抜き、白ゴリラ軍団と対峙する。
白い雪原のゴリラ……いわばイエティ。
敵の方が数は優勢だ。
しかもその全てが、尖った氷柱で武装している。
もしやこいつらがみんなを……!?
感知スキルのピークだけで判断するなら、さほどの強豪でもない。
しかし、中には殺意や敵意を隠し、ベテラン冒険者をも食い物にする原生生物がいると先輩に教わったことがある。
仮にこいつらが皆を連れ去ったとするなら、シャウト先輩やコトワリさんが遅れをとったということだ。
油断はできない……。
腰を低く屈め、テレポート斬りの体勢に入る。
敵も体を密集させ、俺からの攻撃に備えている。
知能は低くはないようだ……。
俺は外輪の大柄な一頭に狙いを定め、テレポートを……。
「!!」
一撃をお見舞いすべく一歩踏み出した俺の視界に、赤いものが飛び込んできた。
狙いを定めた個体の手に握られていたもの……。
それは俺とミコトが贈った、愛ちゃんの腰マントに違いなかった。
俺の頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。