第21話:クリスタル雪原迷宮 ドリルユメナマコ
「おう。目ぼしいもん獲れたか? うわぁ!? なんじゃそれ!?」
這う這うの体でベースまで戻った俺達と、その背後に転がる物体を見て、シャウト先輩が声を上げた。
そりゃそうだろう。
食物を探しに出たやつが、巨大ゲルを引きずって現れたら誰でも驚く。
巨大ドリルユメナマコ……苦しい戦いだったが、我々は勝利した。
氷手裏剣は傘みたいに開いた固い膜で止められるし、ダメージ与えたら氷海に戻るし。
かといって逃げるでもなく、足元の氷付き破って奇襲しかけてくるしで、まー大変だった!
飛び出てきたら愛ちゃんが炎弾攻撃、転倒したら俺が双剣乱舞、炎を当てたら双剣、炎を当てたら双剣……。
という、何とも冗長で爽快感にかける戦いであった。
いや、別に仕留めなくてもよかったんだが、あまりにも特異なその生物に、俺はある可能性を感じたのだ。
「あーーーーーーーーーー!!!!」
とまあ、あの悲鳴を聞くに、俺の直感は正しかったらしい。
ミコトが大慌てで洞窟から飛び出してくる。
「私のライブラリの子っス!! ドリルユメナマコちゃんっスよ―――!!」と叫びながら……。
その言葉を聞いたコトワリさんもミコトに続いて走って来た。
事情を知らないシャウト先輩は不思議そうに首を傾げると、ブルっと身を震わせて焚火の方へ戻っていった。
おっとこれは……先輩には悪いが好都合。
「ミコト。間違いないのか?」
「はいっス! 底生の生物の他に鉱物を摂食して、それで強固な皮膜を形成、触手で皮膜をドリルのように成形し、捻じれた内臓から水を螺旋状に噴射して敵を攻撃するんス。薄っすら見えてるこれが、水圧縮袋っス」
ベッチョリと溶け、既に原型が崩れ始めているドリルユメナマコの部分部分を指さしながら、これがこうで、あれがああでと解説するミコト。
すまん。
全然分からん……。
ただ間違いなく言えることは、この生物がミコトの研究室から盗み出されたデータの一つということ。
この世界には存在すべきではない異世界外来種ということだ。
このラビリンスから外へと解き放たれたら、生態系に著しい悪影響を及ぼすかもしれない。
実際、このナマコの腹からは、水晶のように白く、半透明で大きな体と針を持つウニの残骸がいくつか出てきた。
こういった極地に生息している生物は永く環境変化に乏しい世界に生きているので、突然現れる天敵に対応することが出来ないのだ。
もと居た世界でも、水温が上がった北極の深海にカニが到達し、そこにあった大型海綿、大型ヒトデなどの生存を脅かしていると聞く。
ナマコに罪は無いが、この世界に生かしてはおけない。
「君たち。少し離れてなさい」
コトワリさんの指示に従い、ユメナマコから離れる俺達。
彼女は何やらガサゴソと胸元をまさぐり、白いカードのようなものを取り出した。
それを二つ指でシュっと投げる。
彼女の指から放たれたそれは、グズグズになったゲルに突き刺さると、それを凄い勢いで吸収し始めた。
凄い吸引力だ。
ゲルと化したドリルナマコを吸収し尽くしたカードはコトワリさんの手元に舞い戻っていく。
なんだろう……。
俺の心の中のオトコノコがざわついている……。
「ふむ。コイツは確かにミコトのライブラリの生物だ。見てみろ」
そう言って手渡されたカードには、ドリルユメナマコの画像と、何か色んな情報が載っている。
んー?
何か……。
日本語とよく分からない文字が混同してて……。
あと何だ?
枠とかの切り分けが斬新すぎるような……。
そのどこの記載が投入許可されてる世界で~とか、どこそこがミコトが手掛けた生物であるという表記で~とか言われても、サッパリ頭に入ってこない。
目を細めて首をかしげる俺を見て不思議そうにしていたコトワリさんだが、急に「ハッ!」と叫んでカードを俺の手から取り上げた。
「すまない。よく考えたら人間である君には天界文字が読めないんだったね。失敬失敬」
うわ!
言ってることは分かるけど何かムカつく!!
「まあ、とりあえずこれで、この世界からドリルユメナマコは回収された。もう君が出会うこともないだろう」
「え! 今のでそんな処理が完了したんですか!?」
「ああ。一応私は官憲天使だぞ! こういう天界の不始末をサッと解決してこそだろう?」
そう言って、人差し指と中指で挟んだドリルユメナマコカードをひらひらとさせるコトワリさん。
どうしよう。
なんかカッコよく思えてきたこの人。
ていうか……俺もあのカード欲しい。
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「なんか随分騒がしかったな。んあ? さっきのデカいスライムみてーなのは無ぇのか?」
採取できた獲物をキャンプに運び込み、並べていると、シャウト先輩が当然の疑問を投げかけてきた。
あれだけデカい物体が跡形もなく消えたとあらば、そりゃ誰でも違和感を覚える。
……まあ、いい感じに誤魔化しておこう。
「ええ、ミコトに試食してもらったんですけど、もうマズくてマズくて……。捨ててきちゃいましたよ」
「へぇ……。まあ見た目も不細工でマズそうだったしなぁ……」
一瞬ミコトが凄い顔になったので、俺は咄嗟に彼女の目元を手で遮った。