第20話:クリスタル雪原迷宮 電動リールと失った未来
澄み切った水中にゆっくりと沈んでいく10本針。
エサはフレーバースプレーを吹き付けた人工イカタンだ。
半分の針にはケミカルライト、そしてタコベイトも何本かに装着しておく。
「わ~。すごい綺麗な仕掛けですね~」
と、水面を覗きながら呟く愛ちゃん。
淡い光を纏ったカラフルなエサがユラユラと沈下する様は、確かに綺麗だ。
この綺麗さに惹かれてくる魚がいれば、連釣となるのだが……はたして?
リールは快調に糸を送り出し、500mを過ぎた直後、その動きを止めた。
ドン深もドン深だな!
こりゃいよいよ何がいるが分からないぞ……。
普通ならここらで竿をシャクり、トントンと底を叩き、仕掛けを躍らせるところだが、今日は竿をスタンドに固定する。
そして、その隣に置きたるは、大容量バッテリー。
500mを超える水深ともなると、ロッドアクションも大ぶりにしなければならない。
なぜなら糸の伸びで竿の動きが吸収されてしまい、細かいシャクリでは仕掛けが微動だにしないからだ。
深海魚釣りでは、これが凄まじい負担だ。
巨大な水の抵抗がかかった250号、即ち約750gの重量物を延々シャクり続けるなど、常人にはハードすぎる。
今なら身体強化もされているし、筋トレもしてるし、何ならアングラ―スキルで負荷軽減もできるだろうが、そこまでしてハンディスタイルを貫く必要はないだろう。
俺はリールのスイッチを操作し、自動誘いをオンにする。
そう、これこそが深海釣りに革命を起こした大発明。
電動リールである。
これのおかげで、船キンメ、船アコウはかなり身近な釣りになり、女性でも楽しめる釣りへ変貌を遂げた。
無論、俺もその恩恵を受けて深海釣りを始めた一派である。
だって便利なんだもん。
リールがモーター音を上げて駆動し、仕掛けを自動で揺する。
あとはリールに任せておけばいいだけだ。
魚がいれば、何らかの反応があるはず……。
しかし、テントの中で氷に穴をあけ、そこに仕掛けを投入して電動誘いでウィンウィン……とは。
タックルのゴツさは違えども、電動リールを使った氷上ワカサギ釣りのような様相だ。
最軽量級のタックルから、最重量級のタックルまでモーターを装着し、より快適で楽しい釣りを提供している元の世界の釣具メーカーの皆さん。
あなた方のおかげで俺は異世界の超常現象の中でも快適に釣りができます……。
3年前、本来飛び込むはずだった世界に想いを馳せていると、愛ちゃんが俺の顔をジッと覗き込んでいるのに気が付いた。
おっと、いけない。
彼女のことを完全にないがしろにしてた。
「あの……涙が……」
そう言って俺の頬に指を添わせる愛ちゃん。
うわ! マジか!
俺この期に及んで元の世界に未練あったのかよ!
「ゴメンゴメン……カッコ悪いとこ見せちゃったね」
「先輩がそんなにしんみりするなんて……どうしたんですか……? 大丈夫ですか?」
愛ちゃんがえらく心配するので、俺は理由をザックリと説明する。
まあ、大したことじゃないんだが、自分が掴めたかもしれない未来が、もう手の届かないところにあると思うと少しクるものがあった。
それだけの話だ。
人は人生の選択のたびに、昔抱いた夢への道を失ったと後悔するもの。
それこそ高校卒業した時、幼い日に思い描いた野球選手とかサッカー選手とか、もうなれないんだなーとか思い、少し違う未来を想像して物思いにふけるのと同じようなものだ。
まあ、この異世界転生に関しては俺に選択肢が無かったんだけども。
「ミコトには内緒だぜ? 責任感じて傷ついちゃうから」
「は……はい。でも……安心しました。雄一先輩もそういうこと考えるんですね」
「まあね。一年目はミコトにもだいぶ恨み言吐いちゃったもんなぁ……」
「あはは……。でも、今はこの世界を凄く楽しんでますよね!」
「そうだね。失った未来を求めても仕方がない。自分の選択の果てにしか辿り着けない未来を目指して、今を目いっぱい楽しく生きることが大切だと思う」
「おお! 名言ですね!」
後輩相手だと臭いセリフを吐いてしまう癖でもあるのだろうか俺は……。
行った傍から恥ずかしくなり、「お茶とか飲む?」と、ガスバーナーを召喚しようとすると、竿がグインと曲がった。
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ウィイイイイイイイン!
アワセを入れ、スイッチを切り替えると電動リールがうなりを上げて巻き上げを開始する。
500mともなると、手動巻き上げは、まあ、しんどい。
文明の利器に頼りましょ。
引きを耐えながら、ゆっくりと自動巻きさせること数分。
かなり大ぶりな魚影が上がってきた。
何だ何だ?
ワクワクしながら穴を通して取り込めば、真っ白な身をした、タラ系の魚であった。
これ……図鑑で見たライギョダマシとかマゼランアイナメに似てる……。
極寒の地の深海ともなると、やはり到達する姿は限られているのだろうか?
収斂進化というやつだ。
試しにエラの付け根を斬り、血抜きをしてみると、おお!!
図鑑で見た通り血が無色透明だ!
極寒の極地に生息する魚の特徴と言われるこれだが、やはりこの世界の魚も持っていた。
さーて、せっかくだし胃の内容物を……。
と、腹を捌こうとした時、足元がえらくピンク色なことに気が付いた。
「うわあああああ!! 先輩! タコです! タコですよおおおおお!!」
愛ちゃんが氷の下を指さして叫ぶ。
そこにはピンクで半透明な、多数の「足」を持つ生物が、氷越しに俺達へキッスをかましていた。
スカートのような短い触手が10本以上、ピンク色に透けた身体……。
そしてその中心にある、唇のような器官……。
ち……違う! これはタコじゃない!!
その生物は、ゆらりと水中深くへと泳ぎ沈んでいったかと思うと、今度は高速で回転しながら俺達目がけて突っ込んできた!!
きょ……巨大ユメナマコ!!
咄嗟に愛ちゃんの身体を抱えてテントから飛び出す。
すると、さっきまで俺達がいた場所から、その触手をドリルのように捻じった巨大ユメナマコが、勢いよく飛び出してきた!!
きょ……巨大ドリルユメナマコ!!!