第19話:クリスタル雪原迷宮 食材探索
さて、持って来た食糧は、3日はもつ。
出来ることなら食べたくない、ギルド支給品の栄養丸を入れれば1週間少々はもつ。
うむ!
3日しかもたないものとする。
シャウト先輩が見込んだダンジョン攻略の目安は5~7日なので、早急な食糧の確保が必要だ。
こんな緩いことを言って怒られないか心配したが、先輩は洞窟の奥を覗きながら「早く行って来いよ」と背中を押してくれた。
以前先輩が一人でクエストに行った後「お前らの飯が恋しかったぜ」とか言っていたが、既に彼女の胃袋は俺達に屈しているのだろうか。
だとしたら、必要とされてるようで少し嬉しい。
いざという時の逃走力を考え、第一回食材捜索には俺と愛ちゃんが行くこととなった。
シャウト先輩とコトワリさんは拠点の防衛戦力として必要だし、ミコトは緊急時のテレポーターとして必要だ。
各々の特技を考えれば妥当な判断だろう。
ミコトさん、俺をそんな捨て猫のような目で見つめないで……。
能力が被っているせいで、クエスト中に分断されがちな俺達。
ミコトもそうだが、俺だってちょっと寂しさを感じている。
このダンジョン攻略したら、次のクエストまでミコトと二人きりのデートしよう……。
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クリスタルと氷木の森を二人並んで歩く。
白と淡い水色で構成された大森林は、それはそれは美しい。
氷に閉ざされた死の世界のように見えるが、意外にも逞しい生命が育まれていた。
例えば、クリスタルの底部に吸い付くように葉を伸ばし、その中で乱反射する光を捉えて光合成していると思しき大根の仲間。
地面を捨て、西部劇の背景で転がっているアレことタンブルウィードのように、雪に埋まることなく、光を常に浴び続けようとするブロッコリー的な植物。
ソーラーパネルのような羽根を持ち、持つと高温の熱を発する虫。
等々……。
各々が様々な生存戦略でこの極地に生きているようだ。
凍っている樹木も、よく見ると幹から葉まで瑞々しい緑色だ。
この色味も何か戦略があるのだろう。
というか、森と雪原の境目の木々がことごとく同じ方向に倒れているのはなんなんだ?
森と森を区切る雪原を、それだけの強風が吹くということなのか……?
吹雪だしたら注意が必要かも……。
とりあえず、食べられそうなもの、役に立ちそうなものはクーラーボックスに放り込む。
熱い虫は飯盒に入れておいた。
こいつホッカイロ代わりに使えるかもしれないね。
「先輩! このクリスタル持って帰って売ったらお金持ちになれませんか!?」
振り返ると、愛ちゃんがクリスタルをナイフでカリカリと削っていた。
「わー!!! ダメ! ダメ!!」
「ひっ!!す……すみません!」
この世界には採取に関する厳しいルールがある。
無断で採取していいもの、採取に許可が必要なもの、限られた組織、ギルドのみに許可されているもの……。
果物や野草、魚や獣、魔物に関しては、自然にあるものはごく一部を除き誰でも獲ってよい。
しかし、武器や金物の素材となったり、魔力や錬成術の触媒となる鉱物や宝石の採取には、それぞれを司るギルドの許可が必要だ。
俺達がそれらを採取できるとすれば、ギルドの認可を受けた採取クエストの時だけだ。
異界のラビリンスで採取できるものにもそれは適用され、勝手な採取と持ち帰りは許されない。
バレると怒られる。
そりゃもう、めっちゃ怒られる。
悪質な場合は、指名手配とかされて“討伐”されかねない。
という旨を、愛ちゃんに少し口うるさいくらい言っておく。
なにせ、彼女のパーティーリーダーは俺だ。
彼女が不正行為で賞金首でもかけられたら、俺が責任をもって討たねばならない。
ウチのパーティーの経験者に、それがどれだけ辛いことか、耳にタコができるほど聞かされてるからな……。
「すみませんでした……。気を付けます……」
シュン……と落ち込む愛ちゃん。
ちょっと強く言い過ぎたかな……。
と、何かフォローを考えていると、突然激しい地吹雪が始まった。
俺はとっさに愛ちゃんを抱き締めて地面に伏せ、周りに雪山用小型テントを展開した。
激しい風の音がして、テントが大きく揺さぶられる。
ラビリンス・ダンジョンが脈動しているのだ。
これこそがラビリンス・ダンジョンが生きているダンジョンと呼ばれる所以だろう。
細胞が作り変えられるかのように、短い間隔で地形が移り変わっていく。
幸いにも、テントが雪で埋まることはなく、やがて弱々しい光が空から降り注ぎ始めた。
良かった。
この程度なら、十分余裕をもって探索が出来そうだ。
「せ……先輩……。その……ちょっと恥ずかしいです……」
ハッとして体を起こすと、愛ちゃんが俺の下で顔を赤らめていた。
おっといけない!
俺はゴメンゴメンと言いながら体を起こした。
「大丈夫です……いきなり抱きしめられたのでびっくりしちゃいました……」と、何だかまんざらでもない様子……。
なんか俺も照れ臭くなるぞ……。
まあ……大丈夫ならいいか。
テントの召喚を解除してみると、「うわぁ!」と愛ちゃんが叫んだ。
俺も彼女の視線の先を追い、思わず「うわ!」と声を上げる
彼女が見ていたのは俺達の足元。
美しい藍色の深い泉が氷に閉ざされていた。
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氷上釣り用のドリルを、泉を閉ざす氷に突き立て、ゴリゴリと回す。
固い……!
厚い……!
いつか見た、北極の氷にドリルを突き立てて、数十メートル下まで掘り進む動画を思い出す。
掘れども、掘れども、まだ氷だ。
これ、底まで凍ってるんじゃないのか……?
などという疑問が脳裏を掠め始めた頃、「サシュ」という感触が手元に伝わってきた。
お! 良かった! 水面あった!
ドリルを引き抜くと、ミネラルウォーターかと見まごう透明な水がしたたり落ちる。
ふと、その穴に転がり落ちた石ころが、ゆっくりと、遥か下の青い闇へと落ちていく。
うわ! ちょっと怖い!
パッと見の生命感はゼロだ。
だが、見えない程の水深なら水温は安定しているはずだ。
何らかの生物がいる可能性がある。
俺は穴の周りを覆うようにワカサギ釣り用テントを召喚し、船キンメ用の深海胴つき仕掛けを召喚した。





