第18話:クリスタル雪原迷宮 銀世界とポカポカすいとん
美しい……。
凍てついた森と、地面から生えた無数の巨大な水晶。
こんな光景、見たことがない……。
だが、美しさと共に、生命の危機も感じる。
一定の周期で眼前が全く見えなくなるほどの地吹雪が吹き荒び、水晶が形作る回廊を埋め、同時に道を塞ぐ雪を吹き飛ばし、攻略の糸口を掴ませない。
ベースキャンプを張ることも許さない強風が、挑む者たちの生命を脅かし続けるのだ。
こんな迷宮、俺達以外が挑んだら、死人が出ていただろう
「この服やべーな! だいぶあったけーぞ!」
俺が召喚した防寒ウェアを身に纏い、歓声を上げる先輩。
それに対して、服へのリアクションが少ない他3人。
思えばこのパーティー、現地人先輩だけだな……。
俺と先輩はその能力上、機動力を要するので、3枚重ねた発熱下着に、発熱ウィンドブレーカー、それに防寒グローブとネックウォーマー、靴下で服隙間を塞ぎ、冷気の侵入を防ぐ。
そこまで動く必要のないミコトと愛ちゃん、コトワリさんには、ウィンドブレーカー代わりに厚手のジャケットを着せておく。
俺と先輩が真冬のロックフィッシャーマンだとするなら、3人はワカサギ釣り人といったところか。
「先輩いいなぁ~。こんな便利な能力持ってて……。私コレで限界ですもん……」
そう言って、ダガーナイフを召喚する愛ちゃん。
いや……。
普通は君の方が便利だよ?
これでこのダンジョン攻略は余裕だぜ!
とは問屋が卸さない。
優れた防寒具がある元の世界ですら、遭難者、凍死者が出るのだ。
幾度も吹き曝しで地吹雪を浴び続ければ、いずれ行倒れてしまうだろう。
低体温症も怖い。
どこかに風と雪を防げる地形はないものか……。
と、彷徨う俺達の眼前に、灰色の壁が現れた。
「こいつは早々に僥倖だぜ」
シャウト先輩が呟いた。
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俺達は、偶然見つけた岩山の洞窟にベースキャンプを設営し、入口を半分、雪で塞いだ。
一酸化炭素中毒に気を付けながら、愛ちゃんが背負っていた薪で火を焚き、内部の温度を上げる。
そこに厳寒期用の大テント、同じく厳寒期用の寝袋を召喚すれば、快適なキャンプ地の完成だ。
召喚スキルのレベルを上げておいて良かった。
愛ちゃんはまたもナイフを召喚して口を尖らせている。
まあまあ。
俺も一年目はテント一つでヒーヒー言ってたんだ。
少しずつ能力を高めていけばいいさ。
「ある程度の長期戦は覚悟だな。魔方針の反応、かなり遠いぜ」
先輩が外を眺めながら言う。
小高い所にあるこの横穴からは、大森林を上から眺めることになるのだが、やはり広い!
あの水没迷宮と同等か、それ以上の規模だ。
これほどの大きさともなると、ボスも相応に強力だろう。
凍え死なない程度に素早く、それでいて、慎重に攻略を進めなければなるまい。
先輩と並び、幻想的な風景を見つめながら目配せし合っていると、背後から
「おーい! そろそろお昼の時間だと思うのだが!」
と、緊張感のない声が聞こえてきた。
「そういえば私もお腹減っちゃったス!」
と言いながら、ミコトがクーラーボックスいっぱいに持って来た食材を使い、簡単な鍋料理を作り始める。
ちょうど俺の隣に座っていた愛ちゃんもお腹から「くぅ」と可愛らしい返事をした。
コトワリさんはともかく、今さっきまでミコトと愛ちゃんはソリに道具や食料を載せて運んでいたのだ。
そりゃお腹も減るだろう。
芋、練った小麦粉、春の葉野菜、果物、そして俺と一緒にこさえた魚介系保存食。
気合を入れて持って来た食材だが、5人で食べるとなると結構心許ないな……。
生鮮食材、特に果物や野菜が欠乏すると、コンディションに著しく悪影響が出るのだ。
早く現地調達をしなければ……あの激マズいギルド特製緊急栄養丸を齧る羽目になる……。
「はい! できたっスよ! ちょっと簡素っスけど」
彼女が差し出したのは、すいとんに近い感じのスープだ。
少し刺激的な香りがする。
「特売してたスパイス野菜持って来てて正解だったっス!」とのこと。
なんでも、見たこともないスパイス野菜が山積みで売られていたらしい。
一口啜ると、ピリッとした刺激が舌に走った。
ああ、生姜とトウガラシっぽい風味がする。
この環境では、最高の組み合わせだ……。
「実に旨いな! おお! これは干しオオビーナス貝か! いい出汁出てるじゃないか」
「この葉野菜も美味しいです。お家で食べる料理みたいな味がこんな場所で食べられるなんて……」
口々にミコトの料理を褒め称える新入りコンビ。
そうだろう、そうだろう。
ウチのパーティーはダンジョンでも飯のクオリティは手を抜かない、類まれなグルメパーティーなんだぜ。
俺もスパイスの辛みを含んだ出汁を吸い、ぷっくりと戻った貝の身を頬張る。
うわ! 旨い!
生のオオビーナス貝はシャキシャキとした食感だったが、この干し貝はクニッとした歯ごたえで、その後ホロホロと崩れていく。
この時沁み出てくる貝のうま味と、出汁のうま味がたまらない。
浮かんでいる小麦粉ボールもモチモチといい触感だ
スパイスが体を温め、汗が染み出してくる。
あ、暑くなってきた……
他のメンバーも暑そうなので、発熱下着を2枚ずつ召喚解除した。
それでも少し暑いくらいだ。
この世界の生姜的なスパイスは、相当の防寒性を発揮するのか!
生前遊んだゲームの飲むだけで防寒できるドリンクも、この世界ならあながち嘘じゃないな……。
皆、ウェアの前をはだけさせて、手扇で汗を引かせている。
この料理、うまく使えば、このダンジョンの攻略に相当有用だな……。
多分、俺以外のメンバーも、似たようなことを考えているのだろう。
ミコトはそのスパイスたちの残り個数を数え、愛ちゃんは外から吹き込む寒風に素肌を晒し、体感気温の高さに感心している。
先輩もスープ残量と外を交互に見て、動ける範囲を計算しているようだ。
そうだなぁ……。
真空魔法瓶にスープ入れて動けば、かなり長い距離を移動できる……か?
「なあ、こう寒いところで汗をかくと、風呂に入りたくならないか?」
悦楽主義天使の呟きは聞こえないフリをした。