第16話:結束の潮干狩り大会
すっかり潮が引ききった干潟。
昨日、あの岸壁からも見えていたが、この巨大な湾は商船を迎え入れるドン深の船道がある一方で、遠浅の海岸も点在している。
東京湾よろしく、相当他種多様な生態系が存在しているに違いない。
俺達は今からここで、オオビーナス貝の潮干狩り親睦会を行うのだ。
釣具召喚でウェーダーに履き替えようかと思ったが、ここは支給された木下駄を使うとしよう。
俺だけ先進の装備というのもどうかと思うし、現地の道具も体験してみたい。
ただ、せっかくなので大型のテントとタープを召喚し、皆に簡易着替え室を作ってあげた。
あまりにも特異な召喚スキルに、皆目を丸くする。
ちょっと得意な気分。
支給された麻の服に着替え、木下駄を履く。
ほほう。
時代劇とかで出る忍者の水蜘蛛みたいだな。
足の表面積を上げ、干潟に沈み込まないようにするアイテムだ。
「こ……ここに浸かるんですの?」
俺がミコトと一緒にアキレス腱を伸ばしていると、後ろであのツインドリル娘“ネスティ”が尻込みしていた。
青髪糸目くん“フェイス”曰く、少し前まで良家の放蕩四女だったらしいので、こういう泥にまみれることは未体験なのだろう。
「大丈夫ですか? 無理はなさらない方が……」
愛ちゃんが彼女の身を案じて話しかける。
ネスティは一瞬顔を綻ばせたが、すぐにキッと表情を固め、愛ちゃんに振り返った。
「よ……余計なお世話ですわ! 誰かに身を案じられるなど屈辱でしてよ!」
そう言って、ズカズカと干潟に踏み込んでいき……。
あ、コケるぞ……。
すかさず後を追った愛ちゃんが、彼女の肩を押さえて助けた。
ネスティは顔を赤くしながら、再びズカズカと沖へ歩いていく。
今度はそれを追う愛ちゃんがバランスを崩し……。
ネスティが慌てて引き返して彼女の袖を掴み、フォローした。
何だあの良い光景。
「いいでしょう? ウチのパーティーリーダー」
いつの間にか横に来ていたフェイスが、恍惚とした表情で言った。
俺も「いい……」と応える。
尊さの表現に余計な言葉は不要だ。
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「よっと……よっと! 結構力いりますね!」
「へぇ……案外面白い感触じゃねーの」
「これで旨い貝が取り放題というわけだな……ジュルリ……」
愛ちゃんの後を横並びで追いかける我らがシャウトパーティー。
一人を除いて……。
「雄一さーん。待ってほしいっス~!」
俺達にやや遅れてついてくるのは、我らが天使タンク、ミコトである。
タンク過ぎて木下駄で沈んでしまう彼女は、木のソリを使っての移動である。
俺も有明海の干潟体験で使ったことがあるが、意外と動きづらいんだよねアレ……。
俺はミコトの元に引き返し、少し遅れて皆の後を追った。
「ねえ雄一さん。このポツポツって、魚の巣っスかね?」
干潟の地面に目線が近いおかげか、俺からは見えづらい地形変化がよく分かるらしい。
俺もしゃがんでみると、確かに小さな穴が開いている。
カニか……ハゼの仲間かな?
いや、それとも貝か……?
「大体なんでもアリじゃないっスかそれ!」
「確かに」
ミコトと談笑しながら、俺はスコップを召喚して穴を掘ってみる。
そして同じく召喚した撒き餌混ぜトレーに、その砂をドシャっと入れた。
「おお! いっぱいいるっスよ! ゴカイの仲間っス! こっちにはハゼみたいな小魚と、小ガニもいるっスね」
これは驚いた……!
掬った砂の中はゴカイでいっぱい!
以前、有明海の老漁師に聞いた、豊かだった頃の有明干潟のようだ。
都から流れ出るリンや、大河から流れ込む豊富な栄養素が、この“生きた干潟”を形成しているに違いない。
未だ産業革命の起きていないこの世界のこと。
化学物質や、油分を始めとする汚染物質が少ないのだろう。
素晴らしいなこの海は……。
正直、お節介もいいところだろうが、こんな豊かな自然が永遠に在り続ける世界であってほしいと思った。
「おい! 雄一! さっさと来い! 貝がデケェぞ!」
既にだいぶ遠くへ行ってしまった先輩が叫ぶ。
見るとその手には、俺の掌よりデカい貝が握られていた。
うおおおお!? 今行きます!
俺達は先輩たちの元へ急いだ。
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「あっはっは~! ユウイチ~。この海豊かだなぁ~!」
南方マッチョ君の“ターレル”が、立派な貝と、掌いっぱいのゴカイを持ってやってくる。
意外と知られていないが、南の綺麗な海は栄養価が低い。
これほど豊かな海が出来上がる条件は限られるのだ。
「ひいいい!! そんなもの近づけないでちょうだい!!」
「いやああああああ!! 何ですかそのモサモサ―――!」
俺の近くで恐る恐る貝を掘っていたネスティと愛ちゃんが悲鳴を上げる。
その声に驚いたのか、彼女達の真下でハゼの仲間がピョンピョンと跳ねた。
「ほら、愛ちゃん。オオビーナス貝はちょっと顔を出してるから、スコップでこう掘ればいいよ」
俺がテコの原理を利用して干潟を掘り起こすと、巨大な二枚貝がモッっと出てくる。
それは掘り起こされたと察するや否や、ベロンと大きな足を出して、ピョンピョンと跳ねて逃げようとする。
名前はもと居た世界の大アサリこと「ホンビノス貝」に似ているが、その性質はトリガイやバカガイに近いらしい。
大きく、重い貝を動かすためか、足が大きく、太く発達している。
俺の握力程度は優に振り切って逃げてしまいそうだ。
逃げられないうちに、その貝を網に入れる。
辺りを見回せば、猫獣人くんが潮だまりの魚を追っていたり、フェイスが深みにハマったちびっ子ホビットちゃんを救助している。
他の冒険者達も、談笑しながら貝を掘ったり、魚を追ったり、巨大ガニに挑んだりしていた。
シャウト先輩とコトワリさんはどっちが多く獲るかで白熱しているし、ミコトは世界樹ギルドにいた鳥人の子と和気あいあいと喋っている。
「ほ! 掘れましたわ!」
「わー! ネスティちゃん凄いです!」
「ほら! 貴方の足元にもいましてよ! ……せいぜい頑張って掘ることですわね!!」
愛ちゃんも気さくに話せる知人を見つけられたようだし、俺もちょっと話し回ってこようかな……。
俺は貝掘り用の大熊手を召喚し、苦戦しているらしい東方高原ギルドのメンバーの方へと向かった。
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「何だこれは!? 旨い! 旨すぎるぞ!!」
コトワリさんが声を上げた。
俺達の目の前に並ぶのは、自分達が獲ってきた貝を始めとする海の幸の数々。
オオビーナス貝は茹で、焼き、揚げ、そして生に柑橘汁をかけた踊り食いまで色々な料理に姿を変えた。
特に、踊り食いが抜群に旨い!
薄い塩で味が付けられているが、それがこの貝の淡白なうま味を引き立てている。
少し硬いが、それもまた心地の良いサクサクとした噛み応えを生む。
旨い……旨いよぉ~この貝!
奥の方では、ようやくゆで上がった巨大ガニを、仕留めた剛腕の南方ギルドチームが切り分けている。
俺もカニ味噌と身をどっさり分けてもらったが、コレもまた旨い!
身は少し大味だが、カニ味噌のコクが尋常じゃない。
日本酒飲みたいなぁ……これ。
世界樹ギルドの猫獣人くんが「ユウイチィ。コレも食ってみるにゃ」と、ウナギのような魚のかば焼きを持って来た。
うわ! 旨い! 白身で弾力があってホックホク!
干潟にこんな魚がいるとは……。
今度釣らねばなるまい。
ミコトは幸せそうな顔で食べると評判になり、方々から今日の収穫をおすそ分けしてもらっている。
彼女が貝を、カニを、魚を頬張るたび、東方高原ギルドのお姉さん達がすごい、可愛い可愛いと歓声を上げていた。
今やほぼ絶滅したといわれるハイエルフの血を引くらしい東方高原ギルド勢は、食への関心がやや乏しく、あまり多くの動物性タンパクを摂取出来ないそうで、ミコトの姿が愛らしくてしょうがないらしい。
食うだけでモテる社会もあるんだな……。
なんというか、生まれも境遇も違う人たちが、こうやって仲良く海の恵みを楽しむ姿っていいもんだなぁ……。
似たようなことは、俺以外の皆も感じているだろう。
世界に危機が迫る今だからこそ、この世界の恵みで連帯感を得る。
法王の爺さん、良い采配するじゃないの。
うん。
このラビリンス・ダンジョン異変。
頑張って挑んでみよう……。