第13話:買い物デートの日
「おはよう。ごめん、待った?」
「いえ! 全然そんなことないです!」
待ち合わせ場所である愛ちゃんのアパートの前に行くと、彼女は既に外へ出ていた。
彼女の服装は、白いパーカーにデニムという、見るからに転生時、元の世界から持って来たもの。
なんだか懐かしいな。
俺が転生した時フィッシングウェアだったから、そういうオシャレな現代の服持ってないんだよね……。
「これ以外だと、麻布のワンピースか鎧のインナーくらいしかないんです……。流石に先輩とお買い物するのにはちょっと恥ずかしいかなって……」
「でも、そろそろそれ暑いだろ」
「はい! だから今日、お買い物がてら先輩に服を見てもらおうかなって思いまして」
そう言いながら、シャウト先輩にもらった報酬袋をジャラジャラと揺する愛ちゃん。
俺は慌てて肩掛けタックルバッグを召喚し、その中に袋を押し込んだ。
街中で無防備な現金を晒すのは良くない。
「ご……ごめんなさい! 入れ物持ってなくて……」
「お……おう。驚いたよ。んじゃあ、まずは君の銀行口座と、ポーチ買いに行こう」
「え! 銀行あるんですか!?」
「そりゃあるさ」
「ATMとかも……?」
「あるわけねーだろ!」
この世界、元の世界の近世程度には社会も文化も発展している。
それに加えて魔法もあるし、さまざまな人種、亜人種が特殊技能を発揮しているので、土木、建築、インフラに関しては俺達の世界の近世よりも進んでいる部分さえある。
転生者の技術も入ってきてるみたいだしね。
銀行なんかは紀元前3000年には原型があったっていうし、日本でも奈良時代ごろには原型があり、江戸時代には両替商が銀行のそれを行ってたらしいし。
まあ、俺も大学の頃の楽単位で取った商学講義の聞きかじりだが……。
何はともあれ、この世界にはちゃんと銀行があるし、何なら株的なものもあるし、先物取引もある。
流石に勝手の知れない異世界のそれに手を出す気にはなれないがね。
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彼女を都の冒険者ギルド本部へ連れていき、ギルド銀行で冒険者用の口座を作ってもらう。
別に普通の銀行でもいいが、ギルド銀行だと冒険者カードをキャッシュ/デビットカード代わりに使えるのと、冒険者としての格に応じて利息優待があるのだ。
あとは報酬の一部を勝手に積み立ててくれるとか、色々と便利だったりする。
とりあえず、愛ちゃんの手元に必要十分な量の現金を残し、残りはまとめて貯金させておいた。
次はポーチだが、これはギルド直営ストアで買った方がいい。
冒険者が乱暴に使っても壊れない強度が保証されたものしか置かれていないからだ。
それでいて、色、形状、サイズともに結構バリエーションが豊富ときている。
「わー! これ可愛くないですか?」
と言いながら、ポーチ……の横に並んでいるポーチストラップの毛糸人形を見せてくる愛ちゃん。
いや、ポーチ選んで!?
「何言ってるんですか先輩! この子が似合うポーチを選ぶんですよ! コレとかどうですか?」
ああ……
なんか姉ちゃんとか、ミコトも言ってたなぁそんなこと。
普段使いのバッグはアクセサリー前提に選ぶとかなんとか……。
シラタマタヌマジロの毛糸人形を、小ぶりな革製ポーチに合わせて見せてくる愛ちゃん。
うーん……。
そのポーチちょっと収納少なくない?
「あれ!? そうですか!? それなら~……コレどうですか!」
彼女がワゴンから取り出してきたのは、先ほどのポーチと同じくらいのサイズのそれが3連結されたもの。
しかも一つは脱着可能で、肩掛けにもできるらしい。
ほほう……。
いいなそれ。
「じゃあこれにします!」
そう言って、会計に「これくーださい!」と、ポーチを持って行く。
俺は、そのポーチに合いそうな薬草入れや、小銭入れ、薬品ホルダーを見繕い、その後を追った。
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「ありがとうございます! 大事にします!」
俺が買ってあげた冒険者収納セットを腰に付け、クルクルと回って見せる愛ちゃん。
現代の服にはちょっと不釣り合いだが、サイズは丁度いい感じで、デザインも何となく、彼女に似合ってると思う。
それからは、彼女の部屋の家具や、衣類を買いに街へ繰り出した。
「先輩! このテーブル安くて可愛いですよ!」
「先輩! このソファ座り心地良いです!」
「先輩……。この服……似合ってますか……?」
等々と、こんな会話が数十回。
時間にして延べ3時間余り。
可愛い妹分の買い物とはいえ、流石に疲れた……。
まあ、女の子の買い物の荷物持ちには慣れてはいるけどさ……。
荷物が増え過ぎたので、一旦愛ちゃんの部屋へとそれを運ぶ。
普通、家具を買い揃えた後はヒポストリみたいな牽引動物付きの荷車を借りるのだが、俺の場合は以前身につけた飛行スキルの形質変化を使い、リアカーで運べる。
「先輩凄い! 力持ちです!」と、愛ちゃんに拍手され、ちょっといい気分だ。
こうやって俺を慕ってくれる年下……ユーリくんやレフィーナみたいな子達は、何かと失望させてしまうことも多かったけど、今度は……愛ちゃんにはそういう思いをさせないように頑張らないとな……。
俺の見せる一挙手一投足が、彼女の目に映るこの世界への期待にも、失望にも繋がるのだから。
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帰る途中で軽い昼食をとり、彼女の家に家具や衣類を運び込む。
家具を簡単に配置した後、「先輩、ちょっと待っててくださいね」と、俺は家の外に出された。
下着とかをしまっておきたいらしい。
「案外早く終わったな……買い物」
日はまだ高い。
家具と服を大量に買ったにしては、かなり早いだろう。
姉ちゃんの衣替えシーズンとか2着買うのに朝出て帰るの夕方だったもんな……。
冒険者に絡む黄色い歓声が聞こえないあたり、大体2時か3時くらいか。
「せーんぱい!」
大通りを歩く人たちの人間模様をぼんやり眺めていると、愛ちゃんが階段を下りてきた。
振り返ると、彼女は今日買った服に着替えている。
薄手の長袖シャツに短いケープを羽織り、下はショートパンツという、だいぶ涼しげな格好だ。
「どうですか!? 今日ちょっと暑いですから、着替えちゃいました! 似合ってます?」
と、クルっとその場で回転したり、ポーズをとって見せたりする。
愛ちゃんって意外とスタイルいいな……。
「今日は他に何かやりたいことある?」
そう尋ねると、彼女は
「一緒に釣り、行きませんか?」
と、にっこりと笑った。